生き地獄
地獄だった。
布団から動けない、嫌な事が頭の中をぐるぐるぐるぐるぐる。
動けない、体が拒否している。
携帯のバイブが怖い、電話がきてる。
インターホンが鳴るのが怖すぎてインターホンの音量をゼロにした。
家から出られなかった。
お風呂に入れない、入りたくないのではないのだ。
入れない。
ギリギリできた人間らしい行動は排泄のみだった。
体の仕組みが可笑しくなるのだろうか。
冷蔵庫まで這って行って何か食べ物は無いかと漁る毎日。
精神が参ると体の全ての機関が少しずつ少しずつズレていくのか。
まず味覚がなくなった、粘土を口の中に入れてるみたいであまり気持ちのいいものではない。
次に聴覚、誰かの声が聞こえるようになる。
視覚、視界の端に黒いナニカが見えるようになる。
そのうちお腹が空かなくなり、便が出なくなる。
夜には自分の中の黒くて汚いものがドロドロと溢れ出てきて私はこのままドロドロの怪物になってしまうのではないか、不安に押しつぶされながら必死に寝ようとするけれど、脳みそは思考に賛成のようでなかなか眠ってくれない。
そんなことを部屋で一人ぐるぐると考えていると締め切ったカーテンから薄く青い光が入ってくると同時に鳥の鳴き声が聞こえ朝が来たことを感じる。
今日こそは学校に行こうと思い体を起こそうとする、動かない。
布団に張り付けられている、体が重い。
動きたい、動けない。
グレゴール・ザムザの気持ちがわかった気がした。
誰も頼れない、助けてくれない。
自分がどんなダメ人間かを思い知りながら、しかしどうすることも出来ず日々を浪費していく。
親は何も言わずにサボり続ける娘をどう思っているのだろう。
考えることが多すぎた。
考えるには精神の健全も必要だったのに。
そんな生活を続けていたら頭が可笑しくなった。
徹夜の頭で自転車に乗ってカミソリを買いに行った。
カミソリを手に持った時の高揚感とこれから起きる事への期待。
久しぶりにワクワクした。
カミソリだけを買って家に帰る。
座椅子に座り、パッケージを開ける。
カミソリを一つ手に取りカバーを外す。
腕にカミソリを沿わせて、引く。
ザク…スーッ…ザク…スーッ…ザク…ザク…
痛い、痛い、痛い痛い痛いいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたい
わからないわからないわからない
でもこわくないふしぎ
あかいのふえていく
いっぽん いっぽん
きれいすごくきれい
カーペットにあかいのおちた
ぜんぶあかいろになればいいあかはすききれいだから
うでにたくさんのあかいせんきれい
なかにぷちぷちのまるかわいいね
うつくしいかわいいきいろいぷちぷちとまっかっか
かわいいね
起きると布団が血まみれになっていた。
腕をそのままにしたまま寝落ちていたらしい。
机の上には血が赤黒く固まってこびり付いたカミソリと赤黒く染まったティッシュ。
パジャマは血を吸ってガビガビになっている。
動きづらい、右腕は血が固まって動かすと鈍痛が走る。
リスカをした後は腕が腫れて動かしにくい。
ギプスを嵌めた時みたいに腕を機敏に動かせなくなる。
リスカをした後は体が軽くなる。
腕が汚れているからお風呂のハードルも下がる。
この頃はお風呂に入るための口述にもリスカを使っていたと思う。
夏休みが終わって学校が始まる日になった。
相変わらず私は動けないでいる。
また学校から父親に連絡が入ったらしい。
父が家に来た、流石におかしいと思ったらしく、何があったのかと聞いてきた。
言えるわけがない。友達の彼氏に襲われたなんて。
何も言わない私を見て、父は
「ちゃんと行けよ、行かないなら実家に連れ戻すぞ」
といって帰っていった。
私だって行けるものなら学校に行きたい。
「こころ」も彼と話したらしいが、なぜか私が責められる図になっているようで、当たり前か彼氏と友達だったら彼氏か。
自分を訳わからない理由をつけて納得させてはまた考えて。
話し合いの予定を立てたが当日になれば動けなくなり、家に「こころ」が来てくれたりしたのだが、ドアを開けられずに帰らせてしまった事も多々あった。
行って「こころ」とちゃんとお話したい。
しかし私の足は動いてくれない、頭は考えても無駄な暗いことをぐるぐるひたすらに考えている。
私はもう回らなくなった頭で、この現実から逃げる事を考えていた。
どこにも行けない、現実からも逃げたい。
限界の頭で考えついた結果が死だった。
死のう、死んでしまおう。
死んで何も無くなって仕舞えばいいんだ。
電車に飛び込む、ドアノブで首を吊る、包丁でお腹を刺す…
色々考えました、結局一番成功率が低いであろう包丁をチョイスしたのです。
後々考えてみると、死にたいとは思いつつ本当は死にたくなかったんだと思います。
リスカをした後に思いついたよし死のうという意気込み。
包丁をキッチンから持ち出して布団の上に座りました。
呼吸を整えてお腹に向かって包丁を向ける。
3…2…1…
包丁をお腹に向かって振り下ろす…が、刺さらなかった。
勢いが足りなかったのか、はたまた包丁が丸かったのがいけなかったのか、多分前者でしょう。
死を何よりも望んだのに何よりも生にしがみ付いていたのです。
何と惨めな事でしょう。
私は泣きました。
どうして?答えはわかりません。
でも涙が止まりませんでした。
ここにいたらまた死のうとしてしまうのではないかと思い、嫌になったので逃げました。
ちょうど月曜日になる日でした。
可燃物のゴミの日。
箪笥に入っていた洋服を気に入っているのだけリュックサックに詰めて、後は全て捨てました。
嫌なことと一緒に消えて無くなって仕舞えば良い。
カメラリュックと着替えが入ったリュックとスケッチブックを持って家出をしました。
最後の逃避行でした。
ネットで愛理あった人たちの家をハシゴで転々とするつもりでした。
死んでもいいと一度でもなった人間は思いの外強くなるもので。
殺されてもいいやと思っていたので怖くありませんでした。
失うものなんてありませんでした。
とにかくここでは無いどこかに行きたかったのです。
人生 潤 @Uxuki
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