専門学校

母の口癖

「勉強しない子にはお金は出さない」

これがブレる事はなかった、本当は出していたのかもしれないが、お金は父のイメージだ。

将来が何も決まっていない私にここはどうかと勧めてくれた専門学校。

小さな学校だったが、小中高とほぼ変わらないメンツだった私にはすごく新鮮に見えた。


新しい友達ができた、好きな先輩ができた、仲良い先輩ができた。

一年目は必ず皆寮に入ることになっていた。

初めての集団生活、友だちと毎日お泊まり会をしているようで何もかも楽しかった。

一年目は楽しいこと色々あった。

楽しい事より悲しい事の方が鮮明に思い出せるのは何でだろう。

楽しいことだけ思い出しておきたいのに、記憶とは残酷なものだ。


私の入った学校は女子の比率があまりにも男子に比べ少なかった。

しかし私にはそれがちょうど良かった。

そのなかの一人「こころちゃん」と言う子がいた。

ずっと仲が良かった、五人のなかで一番と言っても良いほど。

実習の班でも一緒だったから何をするにも一緒だった。

ずっと仲が良いと思っていた。


寮生活だったため実家に帰ることは多くなかった。

それでも初めの方は帰っていた。

でもうっすらとわかってしまうのだ、この家に私はずっといちゃいけないと。

初めて寮から実家に帰った時、実家の空気が変わっていることに気付いた。

明るいのだ、雰囲気が、久しぶりに娘が帰ってきたからかもしれない、もしかすると。

私はそれで納得するほど素直じゃなかった。

でも私は一番納得いく答えを直視したくなかった。

あの時行った母の言葉は本当だったのだ。


「あんたを病院に連れて行くかで喧嘩してんや。」


本当だったのだ。

私のせいで両親は喧嘩していたのだ。

私のせいだ。

自分の中でほぼ確定していた気のする疑惑が確定に変わった。

罪悪感でいっぱいになった。

私のせいで、夫婦の仲は悪くなった。

一番可哀想なのは弟たちだ、酷い事をしてしまった。

物心はもう二人とも付いているだろうから、私のせいで嫌な記憶を作ってしまっている。

実家に帰るたびに思い知るんだ、この人たちは私が居ない方が綺麗に幸せになる。

弟達は私が帰ってくると嬉しそうにしてくれる。

私は母の顔を見るが辛い、父の顔を見るのが辛い。

幸せそうだから。

あの時のことがなかったくらいに仲良くしている。

一切声なんてかけなかったのに、一緒にご飯作ることなんてなかったのに。

二人は笑顔でキッチンでご飯を作っている。

二人の顔を見るのが辛い。

私が居なければ、この二人はこんなに笑えたのかと思うと心がはち切れそうになるのだ。

家族に存在を否定とまでは行かないが、否定まがいの事をされると流石の私も傷つく。


実家に帰るついでに祖父母の家による事もあった。

母方の実家で、祖父母はかなり私を甘やかしてくれた。

私に会うと祖母は


「あんたのやりたいことをしなさい。」

「写真でも、楽器でも良いから、やりたい事を言葉にして伝えなさい。」



祖母の言葉通りに母や父に自分のやりたい事を伝えていれば何か変わったのかもね。

祖父母と話す時が一番心が安定した。

安定するが故に涙が沢山出そうになった。

祖父母の前では泣かないようにしていた、驚かせたくなかったし、私は大丈夫だよって思わせたかった。

祖父母は必ず別れ際に


「おばあちゃんも元気にするから、潤も元気にするんよ?」

「応援してるからね」


と必ず言ってくれるのだ。

祖父は多くは語らないが、ぽつぽつと大きな声で器用ではない祖父なりに鼓舞してくれた。

孫が飢えないように米をくれたり、細々とやっている畑で穫れた野菜をくれたりした。

祖父母に何度助けられたか。

母は祖母とあまり好みが合わなかったが、私は祖母寄りだった。

余計可愛がってくれたのかもしれない。

祖父母には会いたかったが、実家に帰ることはどんどん減っていった。


寮生活に不満はなかった。

たまに夜中抜け出してコンビニに行くワクワク感も、ご飯をみんなで一緒に食べる楽しさも。

全部が全部宝物だった。

一年の時は何やかんや楽しんで学校に行っていたと思う。


問題は二年に上ってからだった。

二年生の夏頃、行きたいメンバーだけで海外に研修に行く話が上がった。

私は興味があった為申し込んだ、この時はまだ学校にもまともに行けておりいて、両親も快諾してくれた。


海外研修が一ヶ月半くらいに近づいてきた頃、私は朝起きれなくなった。

自律神経が乱れたのだろうか、乗るはずの電車が通って行く音を聞く朝。

玄関までの廊下が驚くほど遠く思えた。

ドア一枚挟んで冷蔵庫、トイレ、風呂などがあったのだが、布団から動けなくなったため這って部屋を移動していた。

学費を親に出してもらっているのに、何をしているのだと自己嫌悪に陥った。

そんな状態では料理もできないから、冷蔵庫にあったトマトをずっと齧っては吸い齧っては吸っていた。

父が学校から連絡を貰って見に来た、怒ってるようにも見えた。

「何をしているんだ」と。

私自身がわからない体の不調を両親にだけコミュ力がなくなるでお馴染みの私がうまく伝わるはずもなく。

父は多分私がサボってると思ったんだろう。

どうしようもないけどとにかく学校に行かないと体を動かす、体調が悪くなるの堂々巡りだった。

気分転換に頑張って行った海外研修はかなり勉強にもなったし、楽しめた、あの時まで。


研修メンバーには学校内で一番仲の良かった「こころちゃん」の彼氏がいた。

彼は「こころちゃん」と一年の前半から付き合っていて、同じ班だった。

「こころちゃん」とは仲が良いから彼の愚痴を聞く事もあったし、同じ班だから彼から愚痴を聞く事もあった。

私は彼のはっきりしないところが嫌いだった、高校頃の自分を見てるみたいで。

でも、それなりに仲のいい3人だったと思う。


晩御飯までの自由時間、私は暇すぎて彼の部屋に向かった。

ホテルの間取りは変わらなかったが探検しているようで楽しかった。

他の三人の部屋にも向かったが相手してくれたのが彼だけだったので私と彼の部屋を行き来する。

そのうち疲れて私の部屋で何言ってるかわからないテレビを見ながら二人でぼーっとしていた。

最初は服の上からお腹をぽんぽんしたり、頭を触って見たりと、なんか今日スキンシップ多いなと言った感じだった。

だが服の間から手が入ってきたときにこれは良くないと思い離れた。

それでも彼は迫ってくる。

恐怖を感じた、助けを呼ぶ選択肢もあった、でもできなかった。

もしここで助けを呼んだらどうなる?

せっかく楽しい研修旅行なのに台無しになる。

私はレイプされた可哀想な子になってしまう、彼も彼女がいるのに他の女に手を出した最低野郎になってしまう。

良くないと思った。それだけだった。

私は気分転換に来たこの研修旅行で気持ちを切り替えてまた頑張るつもりだった。

波風立たないように、楽しんで終わらせるつもりだったのだが、イレギュラーが起きてしまった。

起きた事象はただ触られただけで終わったのだが、誰にも言わないという約束をしたつもりだった。


真夜中電話がかかってきた。「こころ」からだ。

嫌な予感がした。

電話に出る。

「〇〇から聞いたけど、ヤったってほんと?」

心臓が止まるかと思った。

馬鹿正直に答えられるわけがない。

「……ヤってないよ…」

嘘をついてしまった、細々と答えるのが精一杯だった。

そのあとは数日現地学生の家でホームステイだったため、帰国の日まで彼と会うことはなかった。

帰国してすぐ夏休みに入る、私は家から動けないでいた。

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