襲撃の成功と身分ロンダリングの企み

為清は、降伏した郎党や下人、また女子供を一つの部屋に集めさせて見張を立て、自らは良賀と直平を連れて館の中をしらみつぶしに探索する。


あちこちの部屋の片隅、物置などに郎党や下人が潜んでおり、斬り掛かってくる者もいたが、見つけ次第斬殺する。


「片付いたか?

では、館の異変に気づき、逆襲してくる者に備えろ」


その頃に飯ができており、震えながら下女が持ってくる。

死骸は片付けさせたが、屋敷の庭の片隅に積上げただけで、血の匂いは濃厚に漂ってる。


その中で、為清は飯の炊けた釜を真ん中に置かせて、塩をかけて、郎党達に食わせ、自らも手掴みで口を頬張る。


腹が満ちると、敵襲に備え、館の入り口に篝火を焚かせて煌々と明かりを照らさせ、家臣の半分は寝させて、半分は良賀に率いさせて警戒を続ける。


自らは座敷に陣取り、捕虜を閉じ込めた奥の部屋から先程話していた郡司の娘という女を呼びにいかせる。


「山賊のように夜討ちなどする下賤な貴様と話すことはない!

妾と連れてきた侍女や下人をさっさと我が実家に戻すが良い」


やって来た女は男並みの大きな背丈であった。

立ったまま、為清を恐れもせずに高飛車に言い募る。


為清は下賤と蔑まわれても怒りもしない。

祖先がやってきたことに誇りは持っているが、身分などないことは百も承知している。


「お前たちは捕虜だぞ。

その生死は我の一存で決まる。

もっと恐れ慄け」


それから為清は少し考えた。


「いや、お前、本当に郡司の娘か?

本当ならばもう少し品よく、こんな山賊同様の男など怖くて話もできまい。


それに普通ならば郡司の館に婿がやってくるはず。

さてはそこいらの下女を郡司の娘と偽ったか?」


為清の言葉に娘は激怒した。


「なんと失礼な、下衆の勘繰りよ!

妾は家の都合でこちらに来たまでじゃ!」


しかしその目は動揺の色が見られる。


「訳ありか。まあ良い。

しばらくここでゆっくりしていろ」


まだ何かを言い募る女を返し、為清は休むこととした。

流石に連続での夜間での襲撃で疲れた。

傍にいる直平に、蓮白に朝になればこちらに来るように使いを出すこと、何かあればすぐに起こせと命じて横になる。


(予想以上に上手くいったが、日が明ければ、蓮白と今後の動きを相談しなければならん。

それにしても歯ごたえのない相手であった)


そう思いながら為清はすぐに眠りについた。


翌朝目覚めると、蓮白がやってきていて、文書を眺めていた。


「太郎、目が覚めたか。昨晩はようやった。

ここの郷長は地域ではなかなかの有力者だったようじゃ。


もう1つの別の郷も郎党を派遣して支配させていたので、そちらも頂こう。

そのために兵を与えて良賀に行かせた。

あいつなら必要以上に殺さずにうまくやるだろう」


良賀は為清の一の郎党で、攻守とも練達で頭も働く。

蓮白は彼の勝利を疑っていなかった。


そう言うと蓮白は新たな文書に目をやり、しばらく読んだ後にケラケラと笑い出した。


「おい、ここの主は清峨帝の末裔の現氏(ゲンジ)の一員らしいぞ。

そう書いている系図を見つけたが、どこで手に入れたのやら。


遥か先祖の親王やその子供の代までははっきりしているが、途中は知らない名前で最後に本人が出てくると言う、偽系図によくあるものだな。


しかし、しっかりした紙に本物ぽく書かれている。

こんなものを世の中で通用させるには、系図の近い家に根回しをするなど金や人脈も必要だが、それもやっていたかもしれんな。


なかなか知恵と野心のある男だったようだぞ。

せっかくの野心家も今や骸と成り果てているが」


「ふん!

そんなもの、なんの役に立つ。犬の糞と同じよ。

オレが信じるのは自身の武力と一族郎党と金だけだ」


そう嘯く為清を憐れむように蓮白は見る。


「この馬鹿が!

お前は井の中の蛙よ。

この世の中は身分次第。

身分を上げずしてお前自身も所領も守れぬわ」


そして蓮白は名案が閃いたとばかりに手を叩く。


「良いことを思いついたぞ。

太郎、ここの主に成り代われ。

せっかくここまでこしらえてくれたのじゃ、据え膳を喰わぬは恥とも言うだろう。


あの嫁も貰ってしまえ。

そうすればお前も現氏の一員よ。


よしよし、ここにお前の名前を加えてやる。

当主と嫡子は戦死して、庶子の弟が継ぎましたとしよう。

弟が兄の未亡人を嫁に貰うのもよくあること。

今日から清峨帝の七代の末裔、現氏の太郎為清にして郡司の婿と名乗れ」


そう言って蓮白は系図の端に為清の名前を書き加えた。


「はぁ、巫山戯るな。

オレはこの名前を気に入っている。

何で人の名など名乗らねばならん」


為清の名乗る名字の原というのは、先祖が逃げ込んだ山の中でかろうじて平坦なところに住み着いた時に、そこを「原」と呼んだことから来たもの。

なんの由緒もありはしない。


「先祖を誇りに思うのは良いことだが、生き残るためには何でも使わねばならん。

せっかく拾った由緒、ありがたく使わせてもらえ。


さて、これで10の郷のうち、4郷を支配できた。

その実力に加えて身分もあれば郡司も娘の婿として認めてくれるだろう。

お前は贈り物の用意をしておけ。

今度はケチるなよ。

さて、わしはその娘御の説得をしてこようか」


「オレは認めていないぞ!」

とさけぶ為清を置いて、わっはっはと笑いながら蓮白は奥に歩いていった。


待てと言う為清の下に、良賀から使いがあり、4つ目の郷を制圧したと知らせが来る。


警戒させている下人からは、周囲になんの動きもなく静かだという報告も来た。


それは良いが、問題はこの騒動をどう収めて、平穏に支配を行うかということである。


まずは、家に閉じこもり郷長の家の異変を見守っている民達を落ち着かせて、為清を新たな支配者だと認めさせること。


そして、郡司にこの4つの郷の支配を認めさせることが急務だ。


下手をして、郡司から国司に訴えられて、朝敵とか謀反人と言われてはたまらない。そうなれば大義名分を得た周囲の武士どもの餌食になるばかり。


(クソッ、四の郷を乗っ取った時から郡司とは付き合いがない。

租税を取り立てに来た使者は、居丈高に命じやがったので、腹が立ち、思わず荒れ地なので納められん、文句があるなら腕っぷしで来いとたんかを切ってしまった。


在庁官人を抑えておけば郡司など放っておいてよかろうと思って、ケチったのが仇になったな。

あの時、蓮白の言う通り、郡司にも賄賂を送って円滑な関係としておけば良かった)


今更ながら後悔する為清だが、やってしまったことは仕方ない。

まずは民たちを集めて、以前と同じ条件で治めることと、体格が良くて希望する者は郎党に採用すること、困った事があれば相談に応じると言うことを制圧した3つの集落に大声で触れ回させ、村の長老と話し合うようにする。


今の段階で各郷には、本拠地の四の郷に郎党の不動と三男と四男がいて、最初に襲撃した五の郷に次弟の矢二郎、次に襲撃した六の郷に為清、最後に七の郷に郎党の良賀を配置している。


諜報担当の飛助は郡司の館に偵察に行かせている。

(まさか娘や婿を助けに兵を連れて乗り込んでは来ないだろうな)


今の郡司は昔の国司の庶子系統で、武を振るうタイプではないと聞いている。

その性質を見込んで、為清は税も払わずに郷を乗っ取ったのだが。


もう兵も分散している上に疲れている。

ここで郡司の兵に攻められては逃げ出すしかない。


(あぁ、蓮白が上手くあの女を説得してくれるのを祈るしかない)

そうすれば、この屋敷の蔵にあった布や米を持って郡司に手を結ぼうと言いに行ける。


腹は立つが蓮白の策に乗るしかない。

為清は色々と考えてそれしかないことを悟り、さっき蓮白に怒鳴ったことを忘れて、彼の弁舌が上手く働いてくれることを願った。

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悪原太為清という男ありけり @oka2258

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