血にまみれた所領の強奪
蓮白はその強欲国司と手を組むことを示唆した後、更に言葉を足した。
「まあ、国司と言っても様々。
代々国司に就いていた者、祖父や父の代までは上級貴族だったのが何らかの理由で中級貴族に没落した者、摂関家のような大貴族に仕えた下級貴族で主家の財源の為に国司に任じられた者、そして特に注意すべきは武力を基盤にした軍事貴族だな。
その富士藁陳忠という男がどのタイプかを見定めることだ。
軍事貴族や大貴族の紐付きならば、しばらく忍の一字かもしれん」
為清はそれを聞いて考え込む。
「なるほどな。
相手が虎か狐か狸かではやり方は全然違うからな。
よし、紺野義則に金を掴ませ、どういう奴かを聞いてみよう」
「そうじゃな。
在庁官人ならばそのあたりには詳しかろう。
まあ、これまでのことを聞く限り、軍事貴族ではなさそうとは思うがな」
為清の言葉に蓮白が答えると、矢二郎が別のことを言い出した。
「国司にはそれがわかってから対応を考えるとしても、交渉するには儂らの実力を認めさせ、配下として使えると思わさなければならん。
今の郷一つの支配では相手にしてもらえんのではないか」
為清達が聞いているところでは、原家の興りは、逃散した民の追跡を郡司に命じられた曽祖父が捕えた民の境遇に同情して、命に背いて逆に彼らを引き連れて山間の土地に逃げ込み、そこを開拓したと聞く。
以来、祖父が徐々に民と土地を増やし、ついにその場所の収容能力を超えたため、父の代で平地の開拓に進出した。
そこで当該地の郷長に発見され、山間地も含めた課税を言い渡されたところ、父は吼えた。
「これから拓く平地はともかく、山地の田畑は我らの父祖が獣と争い山を切り開き、血と汗を流して切り拓いたもの。
何故お前らに毟られねばならん?」
そして、問答無用と田畑を奪いに来た郷長との争いが始まった。
当初、初めての対人戦に慣れなかった原一族は苦戦を強いられ、父は戦死し、一党は山に追い込まれたが、当主を継いだ為清は山中に引きずり込んで、相手を翻弄。
疲れた相手が館に帰るところを、密かに追跡し、夜間を待って一族郎党を挙げて襲撃。
まさか平地まで遠征してくると思わず、酒を飲んで泥酔していた相手を族滅した。
以来、この突然の侵略者を警戒する周囲の郷長とは敵対関係にあり、始終小競り合いを行っている。
「そうだな。
戦にも慣れたし、この機会に周りの郷を襲撃して所領とするか」
「実は飛助に調べさせていたところ、3日後に近隣の二つの郷長の子供の結婚式があるようです。
当然、酒も出るでしょうし、武装もしていない。
そこを襲えば一気に二つの郷を奪えましょう」
為清の言葉に矢二郎はたちどころに答える。
「さすがは矢二郎。良い案じゃ。
しかし、太郎よ、今度は族滅などせずに使える労働力や女を奪ってこい。
人は貴重だぞ。
もちろん館も焼くなよ」
蓮白がニヤリとしながら注意する。
以前の襲撃では、父を殺された恨みで目に付く者をすべて殺してしまい、蓮白から叱責された。
あたり一面を燃やしてしまおうとした為清を蓮白が抑え、かろうじて残った館が今の居館だ。
襲撃予定の当日、為清は弟や郎党を集める。
「いいか。これが地図だ。
ここの門番をさっさと殺し、中に踏み入って当主や一族の男を殺す。
逃さぬように兵を指揮して周囲を見張る役もいるな。
万が一騒音を聞き援軍の可能性もある。
ここは良賀に任せる。屋敷の中から出さず、中にも入れるな。
そして降参した郎党下人や女子供は一箇所に集めて見張りを立てる。
不動、お前が見張りだ。
絶対に誰も逃がすな。
残りはオレとともにそこの花嫁の実家の館を襲う。
奴らの服を着ていけば帰ってきたと思うだろう。
そこで中に入り、一気に制圧する。
ここでも殺すのは一族の男だけだ。
いいな!」
「「よし(わかった)」」
夕方、酔いつぶれた頃を狙って為清達は襲撃する。
人数は最低の留守番を残して、動員最大の50人。
しかし、襲撃するのは戦闘に慣れた一族と蓮白と飛助を除く郎党7人。
遠方から為清と矢二郎の矢で門番を殺すと、そのまま門内に突入。
大声で宴が盛り上がっていた館に乗り込み、男と見れば全員を斬り殺した。
物を言う暇も与えず殺しまくった後、血の海の中、為清は大声で叫んだ。
「手向かいをしなければ命はとらん。
命の惜しい奴らはここに集まれ!」
集まった郎党下人や女子供に座敷を掃除させ、殺した死体は装束を剥いで、連れてきた兵に穴を掘らせてそこに投げ入れる。
「矢二郎、ここを任せた。
不動を使って館で抵抗する奴を掃討しておけ。
オレは次の場所に行く」
「了解。
ご武運を」
為清が2人と10人の兵を留守番役として、次の襲撃に向かうべく装束を着替えていると、諜報担当の飛助が来た。
「お頭、敵はすっかり油断して酒を飲みながら、こっちに出かけた奴らが戻ってくるのを待っているぜ」
「でかした飛助!
では皆突撃するぞ!」
為清は一同を引き連れて、馬に乗り目指す館に向かう。
「殿のお帰りだぞ!」
為清を見て、主人と誤認し門内にそう告げる門番を斬り殺して中に入る。
「おかえりなさいまし」
玄関に出てくる郎党達を無造作に斬り、悲鳴を上げる女を残して為清達は中に踏み込む。
留守番役の男達は、悲鳴を聞いて何事かと出てくるが、次々と斬殺される。
館に踏み込んでいくと、奥の部屋に女たちが隠れていた。
「何者か!
ここを何処か知っての狼藉か!
主達が不在故の強盗ならば、すぐに主達が戻ってきて仇を取ってくれるぞ」
中央にいて気丈にも大声で問い掛ける妙齢の女はやや浅黒い顔の色に、目は大きくぱっちりして、今の時代の美貌とは言い難い容貌であったが、その気の強そうな性格も相まって為清は気に入った。
(この女、その装束も豪華であり、口調も指示し慣れたもの。
身分の高い者か)
「ここが何処かはもちろん知っているぞ。
そしてお前たちの待つ主とやらは既に地獄に落としてやったわ。
その証拠にこの装束を見よ!」
為清の声に女たちはまじまじと衣装を見る。
「これは我が夫のもの。そう易易と討たれる男ではない。
貴様、何者だ?」
女の問いかけに為清は答える。
「四の郷の長よ」
それを聞いた女達の表情は恐れと蔑みの色が溢れる。
「貴様たち、山からやってきた鬼の一族か!」
「ガッハッハ
そうとも言われるらしいな。
鬼とは言いえて妙なり。
食われたくなければおとなしくしろ!
女、お前はどこの者だ?」
顔を青白くさせても女は言い放つ。
「妾は五の郷の郷長の妻にして、郡司、池畑長保の娘。
下郎がここまで踏み込むとは、無礼なり!」
(郡司の娘とは大物じゃないか。
とう扱うべきか急ぎ蓮白と相談しなければ。
それにしても腹が減った)
為清は下女に命じて飯を炊かせながら、どうすべきか次の一手を考える。
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