為清の一族郎党と今後の密談
「クソッ、どうしてやろうか!」
国司を殺し損ない、腹立ち紛れに馬を駆けさせる為清を郎党が追いかける。
こんな時に乞食や坊主と出会えば、この男は矢を射かけて追い物にした挙げ句にぶち殺すであろうが、幸いにして誰にも会うことなく、空堀と頑丈な塀に囲われた館が見えてくる。
見張っている門番に対して、為清はまだ遠い馬上から矢を射かける。
ヒューと跳んできた矢は、危うく避けた門番の被っていた笠を弾き飛ばした。
為清は大声で怒鳴る。
「おう、ぼーと立って寝ておらなんだか。
門番の時は油断するなといつも言っておろう!
オレがその胸を狙っていれば今頃死人ぞ!」
「いつもいつも危ないわ!
太郎様ほど遠くから強弓の輩はおりません。
いちいち狙うのは止めてくれんかの」
門番が反論するのを、軽く蹴りを入れて、そのまま館に入る。
いくつかの門をくぐり抜けた中庭は、馬の飼料のために草は生やし放題でぼうぼうであり、その荒れた庭に矢の的があちこちに置いてある。
更にあちこちに矢の練習のために人を模した案山子が数体置かれ、その頭は不気味なことに生首である。
「この首もそろそろ傷んできたな。
新しいやつが欲しいのお。
例えばあのクソ国司の首みたいなものをな」
矢が何本も突き刺さった首を、持っていた刀で斬りつけながら、為清は呟く。
そして館に上がりながら大声で叫んだ。
「誰ぞ、次郎達を呼んでこい。
あと、年寄りどもも呼べ。
大事な内談じゃ」
半刻もすると、続々と弟達と重臣が集まってきた。
次弟の矢二郎為永、三男の荒三郎為国、四男の小四郎為勝。
それに主立った家臣の蓮白、良賀、直平、飛助、不動である。
彼らは寄り集まると、思い思いに足を崩してそのあたりに座り、主の為清の言葉を待つが、彼は難しい顔をして黙っている。
「兄者、この中庭の首はもう臭うぞ。
前から言っているが生首なんか晒すのは止めい。
そんで急に集めて何の用じゃ」
まずは次弟の矢二郎が尋ねる。
この男は為清の同母弟で、学問好きのインテリであり、生首を晒すことなど蛮族のような行為を嫌っていた。
しかし、いざという時の武勇は為清に次ぐ実力を持ち、舐められることはない。
為清はこの弟の頭脳と武勇を一番買っていて、奪い取った一番大きな所領を矢二郎に預けている。
「おうよ。
国司の野郎が見回りに来るというので、山道で殺してやろうとしたが失敗してしもうたわ」
為清はそれから見た国司の強欲さを語って聞かせる。
「己の命よりも欲の皮の突っ張った貴族とは困ったものじゃな。
主よ、わかっておろうが間違いなくここは狙われているぞ。
近隣の奴らが密告しているかもしれん」
従者を束ねる別当を務める蓮白が言う。
この男は最長老で僧侶のかっこをしているが、郎党のトップであり、為清にも遠慮なく物を言う。
「兄者、そんな青瓢箪の貴族などわしに任せればすぐにバラしてくるがの。
一言、イケと命じてくれ」
これは異母弟の荒三郎である。
この弟は粗暴ですぐに暴力や殺人に訴える。
それは為清と同じだが、それによる影響を考えずに見境なく殺すところを長兄に叱責されている。
「アホか!
お前が乗り込んで国司を殺せばどうなるか。
あちこちの力自慢の武士がそれをやって滅んでいると言ってるであろう。
殺るならわからんように殺るんじゃ!」
下手なことをすれば都からの司令で族滅される。
そんな大事なことを簡単に言う弟にムカついた為清は荒三郎の頭を張り倒した。
「はっ、何すんね!」
起き上がった時に太刀に手をやった荒三郎に、これもまた異母弟の小四郎が切っ先を向ける。
「太郎兄者に手向かうならすぐに殺す」
無表情に言う小四郎に、荒三郎は「知らぬ間に手が動いた」と弁解して座り込んだ。
小四郎は末弟で普段無口だが、武芸では兄をも超える才を示しつつある。
彼の母は下女だったが、弟として扱ってくれる為清を尊敬し、その言うことは絶対服従する。
いずれはひとかどの武者となろうと為清は目をかけていた。
為清が残る家臣を見ると、蓮白に次ぐ家臣のまとめ役にして、戦の時の懐刀である良賀は黙り込み、流人からその腕っぷしを見込んで拾ってきた大男の不動は難しい話は任せたとばかりにいびきをかいて眠っている。
突撃隊長役の直平、それに諜報や撹乱担当の飛助は、忠犬なような目で為清を見て何でも命じてくれと言わんばかりだ。
彼らは家代々の郎党か、先代や為清が見どころがあると拾ってきた孤児であり、忠誠心は強く、為清が鍛え上げただけあって屈強の強さを誇る。
しかし、知恵で頼りになるのはせいぜい次弟の矢二郎と蓮白ぐらい。
(仕方ねえなあ。
それでも族滅の危機だと言うことが多少はわかったか)
その二人を残して、いつでも戦に備えるように言って解散させた。
奴らもそれぞれ仕事がある。
もっと稼がねばならない。
原家は、祖父が流人を集めて隠れ里のような地を開墾し、父がそれを開拓や侵略で広げてようやく中小領主に成り上がったところである。
蓮白曰く。
ここ備磨国には十の郡がある。
そして郡にはだいたい五つの郷(集落)があり、一つの郷の人口がおよそ600人。
「そうすると備磨国では三万の人口か」
「その通り。よく計算できた。
そしてお前はそのうちの郷の一つをようやく手に入れたところじゃ。
兵もいくら集めても50人か。
それを考えると、いくら戦が強くても国司をどうするなどまだまだ無理なことよ。
まずは郷をもっと手に入れ、そして郡司に成り上がるところから目指せ」
為清と蓮白が話すのを矢二郎が聞く。
この蓮白という男、道端で倒れていた坊主だったが、先代が気まぐれで助けてやるとそのまま居つき、豊富な知識で軍師のようなことをやっている。
坊主が人殺しの手伝いをしていいのかと聞くと、
「修行をしても世は良くならんことがわかった。拙僧は現世で菩薩行を実践する」と嘯いている。
為清も矢二郎も兄弟はみな蓮白に読み書きや計算、地理を教えられた。
この時代に田舎で読み書きできるのは珍しい。
蓮白は都の寺社から流れてきたのではないかと為清は睨んでいた。
「じゃが、その国司が毟りに来るのをどうする?
噂では奴は少なくとも一反に三斗、即ち収穫の半分以上を持っていくそうじゃ。
おまけに私出挙で勝手に貸し付けて、返せないと土地を取り上げる。
そんなことを許せるか!」
為清は怒りのあまり床を拳で殴りつける。
矢二郎も同じ思いのようで、その通りじゃ!と叫ぶ。
「まず言っておくが、その在庁官人の口車に乗せられるな。
その手で大金を巻き上げられた挙げ句に、何もしてくれなかったなどよくあること。
田舎の豪族なんぞ、都の貴族からすれば騙しやすいカモに過ぎん。
奴らと対等に交渉できる実力をつけるまで、そんな危ない橋を渡るな」
蓮白の知り尽くしたような言い振りに、
(こいつ、やはり都の出だな。貴族の出身かもしれん)と為清は思うが、今それを問うときではない。
「では、大人しく国司に膝を屈して、おめおめと毟り取られるのか!
それでは百姓は食っていけないぞ。
私はそんなことは許せん。
この土地を開拓し、民を集め、水を引いたのは我らの祖先じゃ。
国になど何の世話にもなっておらん!」
横で聞いていた矢二郎が怒鳴る。
彼はいつもは穏健派だが、不正や横暴には烈しく反応する。
蓮白はその言葉に直接答えずに、為清の方を向く。
「太郎。
お前ももう大人じゃ。
頭と策を使うことを覚えねば、これからの原家の伸長はない。
およそ十年ばかり前の流行り病で人がたくさん死に、今は土地はあれど人が足らん。
そして国衙は人に関係なく土地に課税するので、人が減れば税を払えずにその郷の民は逃散する。
それを受け入れ、田畑を広げ、郎党を増やしてこの家は大きくなってきた。
これからその国司の苛政により各郡や郷の抵抗と逃散は激しくなるぞ。
お前は国司と手を組み、その手足となれ。
そして国司への抵抗を潰し、抵抗した領主の土地を手に入れ、逃げ出した民を受け入れてもっと勢力を伸ばせ。
どうせ国司など数年で替わる。
こっちは土着だ。
やつを悪者にして美味しいところを頂け」
そう言う蓮白の目は爛々としていた。
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