悪原太為清という男ありけり

@oka2258

一所懸命の所領と強欲国司

原太郎為清は都からやや西国の開発領主にして、中小武士団の長である。

彼は先祖の開発した所領を譲られて以来、それを守り、拡げることに命を賭けてきた。


家の子や郎党を付き従え、同じような開発領主と土地、水、人を巡って日常的に争い、隙を見て殺し合う。


為清は幸いにして豪勇で鳴らし、その弟や従者も剛の者であった。

その上にこの男には学問はないが、生き残りの為の鋭い奸智はある。


近隣の領主と時に戦い、時には和し、時期を見ながら次第に彼らを滅ぼして、一介の土豪から今や地方の有力者に成り上がった為清を、知り合いの在庁官人の紺野義則が訪ねてくる。


「何じゃ!

金ならば先月渡したばかりであろう」


為清はその顔を見て金をせびりに来たかと怒鳴りつける。

賄賂を送ることで、為清の所領は荒地ということにさせて、国衙の課税を逃れてきたのだ。


「いやいや、今日は金の話ではない。

今度の国司様は強欲と噂だったが、なんと自ら国内を見て回り、増税できないかを検討されるそうじゃ。

そうなればここは真っ先に目をつけられるぞ」


そう言われて為清は周囲に広がる田畑や牧場を見渡す。

全部オレのものだ、誰にもビタ一文だって分けてやるものなどあるものか、改めて一木一草まで己の所有物だと認識する。


これまでは国司達は都に滞在し、在国しても国衙に居座り、仕事は在庁官人に任せて、税だけ送らせているのが通例だった。

従って、在庁官人と手を結べば帳簿などごまかし放題であった。


「その国司様になんぼか金を回せばよいか?

お前らの取り分からそっちに回そう」


多少の金で済むなら仕方がないかと思った為清の言葉に、義則は首を横に振る。


「いや、それくらいで満足するお人ではない。

富士藁陳忠といお方じゃが、その方が通った後は草も生えていないという噂だ。

国司の期間に徹底的に領地から毟り取り、言うことを聞かねば国衙軍を動員して討伐するらしいぞ」


さすがの為清も国衙軍と戦うことは憚られた。

一時は官軍に勝っても、最終的には周りの有力武士が寄り集まり潰されて、その領地を奪われるのが落ちだ。


あれほどの武勇を誇り、一時は新皇を称した田井羅正門でも滅ぼされたのだ。

為清は力の信奉者だが、無謀なことはしない。


「ちっ、どうにかならんのか」


為清の問いに義則は曖昧な顔をする。

こういう顔をするときは金を寄こせば知恵を出すということ。


為清はそれなりの金を握らせた。


「おっ、これは済まんな。

我が家も子供が多くて金がかかってな。


そうだな。

都の高い身分の貴族様に縋ればどうだ。

そこに寄進して名目上の領主となってもらえば、国司如き手出しはできん」


「それはそうだろうが、直接伝手もないのに相手にされまい。

それに向こうは豊かな富裕人。

こちらのわずかな年貢など目にも入るまい」


為清は金を払った以上、適当なことで誤魔化されるつもりはない。

目を鋭くして具体策を追求する。

満足する答えでなければ足の一本も叩き折るつもりだ。


「伝手については自分に手蔓がある。

我が家は都に本家があるので、頼んで手頃な家を見つけてもらおう。

無論それなりの金はいるがな。


もう一つの武器はお前の武力だ。

都の貴族といっても武勇優れる武士を配下に持つことを求めている。

各地から有力武士が大貴族様に家人として仕えているぞ。

お主の自慢の武力をうまく売り込め」


義則は鋭く睨みつけられて、冷や汗を垂らしながら説明する。

この常に飢えている熊のような男は、答えに不満があればたちどころにその腰の刀で斬りつけるだろう。


為清は所領を離れることに気が進まなかったが、その所領を守るのに他に良い手も思い浮かばない。


不承不承、義則にその本家へのとりなしを頼みつつ、国司の様子をうかがい、場合によれば弟達に所領を守らせて、上京するかと考える。


しばらく後に、義則からその強欲国司がいよいよ巡回に来るとの連絡を受けた為清は、自らの所領へ通る途中の山道に郎党と待ち伏せていた。


暫しして多くの従者を連れた立派な装束の男が馬に乗って向かってくる。

彼がちょうど絶壁の横を通る細い道に差し掛かった時に、為清は矢を放った。

その矢は馬の足に当たり、国司は馬とともに真っ逆さまに谷底に落ちていった。


「くっくっく。

これで死んだだろう。

原因は馬が足を滑らせたこと。

誰もオレの仕業とはわかるまい。

表立って国司に反乱するわけにはいかんが、こういう手ならある」


為清がやれやれ、これで一安心と水を飲んで様子を見ていると、「陳忠様〜、国司様〜」と従者が呼ぶ声に谷底から、「おーい」と答える声がする。


「けっ、運のいいヤツ。生きてやがったか」


為清が見ていると、従者が籠に縄をつけて下におろしていく。


(危ないが上がってきたところを射ち殺すか。

すぐに逃げればオレの仕業とはわかるまい)


為清は弓に矢をつがえて目を凝らしていた。


ところが上がってきた籠に人は乗っていない。

(どういうことだ?)


従者たちも驚いているようだが、その籠はよく見ると平茸が山のように積まれていた。


もう一度籠が降ろされる。

今度こそと狙いをつける為清が見たものはまたしても平茸の山であった。


呆れた為清の目に、3度目の籠に手に平茸を持った国司が乗っているのが見える。


そして上ってきた国司は大きな声で従者に言う。


「谷の途中の枝に引っかかって助かったが、周囲の平茸が取り切れずに残念じゃ。酷い損をしたぞ。

受領たる者は倒れるところの土を掴めという。

儂は土ではなく平茸を掴んできたが、受領の鏡じゃな。

ハッハッハ」


周りの従者がお愛想で笑っているが、どこまで強欲かと呆れた顔の者も多い。


従者の中にいた義則がすかさず言う。


「陳忠様、あんなところで馬が足をすべらせるとは不運でしたが、そんな中でも受領の手本も示されるとは、なんとご立派なお方かと感服しました。

しかし、ご様子をうかがうと、どうやらお怪我をされている様子。

今日は引き上げましょう」


「そうじゃな。

引き上げられて安心したらあちこち痛くなってきた。

このあたりのどん百姓から毟り取る楽しみは後に取っておいて、今日は帰ろう」


うまく義則が言ってくれて、帰還する一行を見送った為清は安堵の溜息をつくが、今見た、命よりも欲の皮を突っぱねさせている国司に脅威を感じる。


(これは本気で都で庇護者を見つけねばならんな)

為清は急いで上京の用意を進めることにする。


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