4月1日、やまだはUFOを見た。

山田奇え(やまだ きえ)

4月1日、やまだはUFOを見た。



 なあ、聞いてくれ。


 信じられないかもしれないが、UFOを見たんだ。


 そう、あのUFOさ。


 アン……アンビリーバブル、フライング、なんとかかんとか……。


 ちょっと待ってね。


 調べるから。


 ……Unidentified Flying Object。


 ああ、そうとも。Unidentified Flying Objectがいたんだ!


 Unidentified Objectがうちの近所でFlying Objectしていたんだよ!


 これはさしもの僕もSurprised Objectだったさ。

 

 そんなわけで僕は今から、今日4月1日にUnidentified Flying ObjectをLooking Objectした話をします。


 


 忘れもしない今日の朝。


 僕はお湯を沸かしてカップラーメンに注いだつもりが、それは実はただの水で、人生で一番無駄な3分間を過ごしているところだった。


 ものにもよるかもしれないけれども、カップラーメンの粉は常温の水には溶けないようにできているらしく、蓋を開けた時、粉が水の表面に浮いて、うちの近所の、藻が浮いた古池みたいな、なんか汚い光景がそこに広がっていた。


 あの瞬間の虚無感と言ったらない。


 できあがるタイミングも見計らって、食パンも焼いていたというのに、おかげで僕は後ほど冷めて固くなったパンを食べる羽目になってしまった。


 ただ、そうは言っても、このまま開いた口を塞がないままに立ち尽くしているわけにもいかない。


 

「そうだ。

 

 

 天啓だった。

 

 僕はそのカップの中身を全部鍋に移して火にかけた。


 3分間常温の水の中でカッチカチのまま過ごした乾麺が見る見るうちにほどけていく。


 突然だが、僕はうどんをくったくたになるまで煮て食べるのが好きだ。


 鍋の中でしっかり火を通したことにより、普段よりも食感の柔らかくなったカップ麺は、意外にも大層美味だった。

 

 失敗から学ぶ。


 失敗から新しい発想を得る。


 そんな体験をした清々しい朝だった。

 

 今度もう一回やってみようかな。一緒に溶いた卵でも入れたらよりおいしくなりそうだな。


 そんな風に思った朝でもあった。




 さて、UFOの話に戻るが、ところで僕は、30歳までに吸うのをやめようと思っているものの多分やめないタイプの喫煙者である。


 吸っているのは電子タバコで、最近愛飲している銘柄にリニューアルがあった。


 普段ならある程度買いためておくので、『いつの間にか切らしてしまって突発的に買いに行く』なんてことはあまりないのだが、パッケージの切り替わるタイミングもあり、品薄だったとか何とかで、今回に限って少ないストックを全部吸い切ってしまった。


 というわけで、コンビニへ出かけることにした。


 ついでに飲み物を買いたいのと、前から買おう買おうと思って、しかし買い物へ行くたびに購入するのを忘れ続けているチューブ生姜も、そろそろ補充したいという腹づもりだった。


 買い物を終えて、コンビニの外へ出た時、僕はおもむろに天を仰いだ。


 チューブ生姜を買うのを忘れたからだ。


 目を閉じながら、今からもう一度店内に戻るべきか、それともまた別の機会にするべきか逡巡しているうち、ふと、が聞こえてきた。


 そして、僕の頭上に、〝そいつ〟はいた。



「――ゆ、UFOだ!」


 

 怪訝に思って目蓋を開いた先――青い空の中央に、見たことのない鉄の塊が怪しく浮かんでいた。


 目撃した時、僕は思わず叫んでしまっていた自分に気付く。


 最近、あまり人と喋っていなかったからか、突然出した大声は、酒焼けでもしたみたいにカッスカスで、ちょっと恥ずかしかった。



「UFOです! UFOが飛んでいます!」

 

 

 変な声が出たのを顔に出したら余計に恥ずかしくなってしまう、と、僕はまるで失敗など何もなかったかのように、周囲の人間に声をかける。

 

 思い出したチューブ生姜のことを、もう一度忘れて、とにかく一心不乱に。

 

 しかし、僕の言葉を信じてくれる人は誰一人としていなかった。


 みんな、変な人でも見るような目で、僕をしげしげと眺めた後、一言も残さずにどこかへ歩き去ってしまう。

 

 そんな時、ちょうど一人の青年がコンビニの駐車場に現れた。



「あれを見てください! Uッヒョ……ああ、ゴホゴホ、失礼、ちょっと喉が。アア~。げふんげふん。マア~。よしよし。――あれを見てください! ユッフィー(?)です!」


「え、急になんでござるか。拙者、コーラとポテトチップスを買いに来ただけの、ただの一介のオタクでござるが」


「UFOがいるんです!」

 

 

 青年は僕に促されるがままに天を見上げた。


 

「ああ、あれはボーイング787-9でござるよ。拙者、カーテンフッククラスタなので、日本の航空機についてはド素人でござるが」


「馬鹿な! 鉄の塊が空を飛ぶわけがないでしょう! あれはUFOだ!」


「聞く耳を持ってくれない。なんと強引な御仁でござろうか……」



 僕はUFOをじっと見つめる。


 そして、あることに気付いた。



「おい見ろ、でぶ!」


「え、まさか拙者のことでござるか」

 

 

 でぶは心底驚いたような顔をしていた。


 UFOを見たんだ。無理もない。


 

「あのUFO、どこかへ飛んで行ってるぞ!」


「あの、おぬしと拙者、初対面でござるよね? なんかあまりにも頭が高すぎじゃござらん?」


「追わなきゃ! ここでアイツらを逃がしたら地球が大変なことになる」


 

 僕は縋るように、でぶに抱き着いた。

 

 それは驚異的な腹囲だった。

 

 僕は、自分よりでかいテディベアを抱きかかえる幼女のような体勢のまま、でぶに訴えかける。



「頼む、その速そうなバイクに乗せてくれ。そして、二人であのUFOを追おう」


「おっ、おぬし、このバイクのスペックがお分かりになるでござるか」



 でぶの背後では、彼が今乗りつけてきた自動二輪がその威光を放っている。


 ス〇キ・GX11〇〇S カ〇ナ。


 日本刀を模したとも言われる、低く構えたライディングポジションを供えた独創的なビジュアルのそいつは、111PSという申し分のないパワーを供えており、その直進性を重視したピーキーとも言えるあまりに独特なハンドリングが、80年代から今もなお、世界中のライダーたちを魅了し続けている。


 その最高速度たるや、実に時速218キロ。

 

 正体不明の飛行物を追いかけるのに、まさに打ってつけの〝怪物〟だった。

 


「ふ、今日は空が青くて、風も心地よい……。拙者、ちょうどツーリングでもしたいと思っていたところでござるよ」


 

 乱雑に放り投げられたフルフェイスを片手で受け取り、僕は、愛車へとまたがったでぶの、その背後に乗り込む。



「さあ、行こうぜ、相棒デイブ!」


「ああ! 振り落とされるなでござるよ」



 落ちないようにとでぶの腹に手を回す。


 それは驚異的な腹囲で、僕は、自分よりでかいテディベアを抱きかかえる幼女のような体勢になっていた。




 ――それから、数時間後。


 僕は浜辺に腰かけて、海を眺めていた。



「すまんでござる。バイクじゃ海は超えられないでござるよ」



 自販機に飲み物を買いに行ったでぶが、僕の横に缶コーヒーをそっと置く。



「ああ。地球は……もう終わりだ」


 

 UFOは海の向こうへと飛び去って行った。


 やりきれない気持ちと共に、僕はただぼんやりと、穏やかな波が砂を運んでくる様を見つめていることしかできなかった。

 

 やがて、僕は立ち上がり、でぶに向かって呟く。

 

 

「帰ろう。せめて最後は家族と一緒に過ごしたい」


「そうでござるなあ。まあでも、分からないでござるよ。あのひこう……UFOも、もしかしたら、地球に観光へきただけかもしれないでござる。遠い文化圏からやってきたからと言って、必ずしも、害を及ぼす存在というわけでは――」



 でぶが僕の後に続いて立ち上がるのを、『やっぱりふくよかな人って、立ち上がるのも一苦労なんだな。なんか見ててヒヤヒヤしちゃうな』と思いながら眺めていた――その時だった。


 

「――へいへい、オニイサンたち。随分といいバイク乗り回してたじゃないの」



 振り返ると同時に、頬に衝撃を食らった。

 

 

「なあ、あのバイク、オレにくれよ」

 

「ぐっ、まさか、 不都合なものを見られて慌てて駆け付けたブラック・メンか!? まずは僕たちの逃亡手段を奪おうってわけか!?」


「いや、あれはたぶんただのハマのヤンキーでござる」



 その金髪の男はヒョウ柄のタンクトップに身を包み、首からはぶりんぶりんの金鎖をぶら下げている。


 とにかく、金色だった。


 ゴールデン・ブラック・メンだった。

 


「おら、とっとと譲りやがれ」


「うわっ、やめろーっ!」


 

 GゴールデンBブラックMメンが僕に殴りかかったその時だった。


 ――ギュイイイイイイン。


 目の前の砂浜を、



「な、これって……」



 僕は信じられない思いで、後ろのでぶを振り返った。



「……黙っていて、すまんでござるよ――地球人」


 

 でぶの両目が青白く輝いていた。


 間もなく、大きな排気音がその体から響き、突然でぶの腹が開く。


 その開き方は、そう、あの開き方だ。


 あのー、あれあれ、あー。


 ……あのー、えーっと……そう、観音開き。

 

 でぶの腹が観音開きの感じで開いた。


 その中には機械に覆われた空洞が広がっていて、操縦席には小さな人型の何かが座っていた。


 すると、GBMの叫び声が聞こえた。


 

「う、ウワァーッ! 宇宙人だーッ!」

 


 GBMは必死の形相ででぶのもとに駆け寄り、振り上げたその拳を今にも繰り出そうとする。


 なんて肝の据わった男だろうか。

 

 しかし、でぶはその巨躯に見合わぬ速度で腰を捻ったかと思うと、カウンターの要領で、鉄の右手をGBMの左顎に叩き込む。


 勝負は一瞬だった。

 

 CカウンターPパンチを食らってTテクニカルKノックOアウトされたGゴールデンBブラックMメンSシーSサイドFフォールDダウンした。

 

 

「でぶ、お前、まさか……」

 

「……本当の姿を見られてしまったでござるな。おぬしを守るためだったとはいえ、こうなった以上、拙者は故郷に帰らねばなるまい」



 でぶ――いや、銀色の小さな宇宙人は、ヒトの形をした機体から飛び降りて、砂浜へと着地する。


 彼は僕の顔を見上げた後、少しだけ悲しげに目を伏せて、再び空を見上げた。

 

 

「あの二輪はおぬしに譲るでござる」


「でぶ……」


「ほんの束の間であったが、楽しかったでござるよ」


「なあ、でぶ……」


「……なんでござろう」

 

「お前のフック。最高だったぜ」


「……へっ、拙者はカーテンフックの方が好きでござるがね」



 やがて、でぶの体が光り出す。


 キュインキュインと、パチンコで確変に入ったみたいな音を出しながら、その小さな銀色の生き物は空に向かって真っすぐと浮かんでいった。


 でぶは――。


 でぶは――笑っていた。



「……いつかまた会おうでござる。名も知らぬ地球人よ!」


「……でぶ……でぶーッ――!!」

 

 

 そして。


 でぶは母星へと帰って行った。


 僕の頬を、ひとしずくの涙が伝っていく。

 

 最後に……僕は〝彼〟が残していったボディを強く抱きしめた。


 それは驚異的な腹囲で、僕は、自分よりでかいテディベアを抱きかかえる幼女のような体勢になっていた。




 …………。

 

 …………そう。


 これがUFOを見た話の顛末。

 

 僕が見た本当のUFOの名前は――ス〇キ・GX11〇〇S カ〇ナ。


 最後に一人の地球人へと譲られたそのマシンは、肝心のその地球人が二輪免許を所持していなかったので、そこらへんにいたハマのヤンキーに譲られたのだった……。

 



▲▲――了――▲▲

 


 

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 最後までご覧いただきありがとうございました。

 末筆となりますが、この話はぜんぶ嘘です。

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4月1日、やまだはUFOを見た。 山田奇え(やまだ きえ) @kie_yamada

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