三大欲求を統一しますか?

半チャーハン

三大欲求を統一しますか?

「あ〜。寝るのがもったいない〜!!でも眠くなる!!人生って理不尽だー!!!」


「えぇ·····。もう何、急に」


 答えた声の主は若干引きぎみであった。


 ここは茜色の夕日が差し込む教室。放課後の光に目を細めながら、私は高校に入ってからできた友人の芽衣めいに力説した。


「私ね、できることなら一日中ごはんを食べてたいの。でもさ、寝ちゃったら六時間くらいは何も食べれないんだよ!」


「確かに沙織さおり、休み時間の度にお菓子食べあるもんね。でも寝てる間は、意識ないんだし、別に食べなくてもいいんじゃない?」


「良くないぃぃぃぃ·····」


 空気の抜けた風船のように机に伏していると、芽衣が妙に真面目な調子で尋ねてきた。


「つまり、睡眠欲がなくなればいいってこと?」


 芽衣も面白いこと言うなーと思って、冗談めかして答える。


「アハハ、そうだね。食欲も増したらもっと嬉しいかも。いっぱい食べれるし」


「ふぅん」


「あ、もう暗くなるし帰ろうよ」


「ラジャ」


 鞄を腕にぶら下げて、私たちは談笑しながら家に帰った。



 その日の夜、変な夢を見た。目の前に、クイズ番組でよく見かけるような赤いボタンがあった。


 はるか頭上に光があってその光から声がしていた。


「そのボタンを押すと、三大欲求が統一される。睡眠欲、性欲を感じれば、脳が全て食欲に変換するということだ。例えば、体が睡眠を欲すればお主は何か食べたくなり、AVを見ても食べたくなる」


「AVって·····私見たことないし! えー、即答したいとこではあるんだけど体に悪そうだしなー·····どうしよ」


「安心しろ。適切に欲求を満たせば、健康に害が及ぶことはな·····」


「押します!」


 説明を最後まで聞く前に、私はボタンを押していた。カチリと音がして、そこで意識が覚醒した。


カチリ、カチリ────────────

 規則的に刻まれるのは、時計の針が動く音。見ると、まだ夜中の三時だった。


「変な夢見たな·····」


 さすがに起きるには早すぎるので、二度寝をしようと布団に潜り込む。でも、しばく経っても眠ることはできなかった。


 代わりに猛烈にお腹が空いてくる。


「これって·····。夢で言ってたことって本当だったの?」


 ベッドの下からお菓子を引っ張り出して食べてみる。結局その日は眠くならず、夜は明けていった。



「おっはよー!芽衣!」


「おはよー。なんかいい事あった?」


「分かる?ちょっとね〜」


「え〜、気になる」


 芽衣とそんな会話を交わしながら迎える一時間目。二時間目も三時間目も、特に何事もなく過ぎていく。


 気になっている村野くんという男子を見た瞬間お菓子を食べたくなったり、五時間前に猛烈にお腹が空いたりと小さなハプニングはあったが、私は無事『三大欲求統一生活』一日目〜学校編〜を終えた。


 その日の放課後、ドギマギしながら近所のスーパーで大量のお菓子を買い込んだ。健康に害がないということは、たくさん食べても太らないのだろうと信じながら。


「ムグムグ·····あぁ、幸せ〜」


 夜になると、買い込んだお菓子を開けて食べた。本当に眠くならないし、その代わりすごくお腹が空くのでお菓子食べ放題。もう昇天してしまいそうだった。


「幸せそうだな」


 満足感に浸っていると、上から声が降ってきた。発生源は分からない。でも、夢の中で聞いた光の声と同じだった。


「はい。すごく幸せです。ありがとうございます」


「そんな君にサプラ〜イズ!だ」

 声の調子が、急に明るくなった。戸惑っていると、目の前に赤いボタンが現れる。


「そのボタンを押すと、全ての欲求が食欲に切り替わる。押すか押さないかはあなた次第ってやつ·····」


「押します!」


 カチリ。迷う余地もなく、私はボタンを押していた。三大欲求を統一したらこんなに幸せになれたのだ。他の欲求も統一したら、もっと幸せになれるに決まっている。


「我はいつでも、君の幸せを願っている」


 それっきり、声は聞こえなくなった。ボタンもいつのまにかなくなっていた。


「おはよー」


 今日も私は、学校に行き、芽衣に挨拶をする。


「おはよー。なんかスッキリした顔してるね。いい事あった?」


「うん」


 それっきり、会話は続かない。原因は、私の返事がそっけないから。だけど、私にとってもそれはもうどうでも良いことになっていた。


 友達と仲良くしたいとか、人から良く思われたいとか、全てがどうでもよくなってしまったのだ。食べ物さえ食べれれば、あとはどうなっても良かった。


 芽衣は、無表情で私を見上げていた。


△△△△△△△△△△△△△


 また失敗か。


 我は、心の中で小さく舌打ちした。我は神の使いである。人間社会に芽衣という名で紛れ込み、日々人間の願いを叶えようと努力しているのだが中々上手くいかない。


 今回も、我の友人という立場の人間は食欲の亡者のようになってしまった。もはや人間とはいえないような状態である。


 だが、そんなことでめげる我ではない。早く次の1歩を踏み出すことが成功への近道である。


「ねえ、篠塚さん。私と友達になろうよ」


 我は、人間の願いを叶えようと日々努力している。


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