後編
オレは運んできた武器を背負うと、イヤホンから流れてくるチョウの指示に従い、ブライトとは別ルートで進み、アルファが指定してきた交渉場所を見下ろせる位置まで移動する。
「うまくやってくれよ……」
天に祈る。
うまく当てられるのかが不安だったが、デカい顔をしてペンタゴンのイスに腰掛けているアルファを見たらその不安がたちまち消えた。
絶対に当ててやる。
そのデカイ口に、このチョウ特製のジャベリンを突き刺す。
「ご招待いただき、誠に光栄です」
恭しくお辞儀をするブライト。
相手はサメだぞ?
「わたしたちのチームは、アルファ様の同胞――サメの皆様方の生態について研究しておりました」
様。
破壊し、蹂躙し、生きている人間たちを大陸の半分側に押しやったサメに様という敬称を付ける。
ブライト……お前、正気か……?
「わたしたちは人類の代表として、アルファ様のお手伝いをさせていただきたい」
お前!!!!!!!!!!
オレたちを、裏切るのか!?
たち、って、オレたちを巻き込んで?
オレたちは、サメの
海を、陸を、サメたちから取り返す。
そのためにチームを結成したんだろうが!
「アルファ様は、いずれこの大陸、いや、惑星を支配するにふさわしい御方。人類は愚か。滅ぼさなくてはならない」
オレはオレの耳を疑っている。
本当に、あのブライトの言葉か?
オレの目も疑っている。
見慣れないスーツ姿だから、余計に怪しくなってきた。
セスナの中でサーフィンについて語り合った男と同一人物なのか?
「なるほど。そういう提案か」
?
これが、アルファの声か?
「その声は」
ブライトも驚いている。
アルファとのやりとりは、メールが主だったからな。
肉声を聞いたのは今、この瞬間が初めてだ。
初めてなのに、聞き覚えがある。
「我は貴様ら、人間の言葉を理解するだけの知能を持って生まれた。だが、このように言葉を発することはできなかった。
しかし!
人間の肉を口にしたことで、このように人間との会話が可能となったのだ。新たな力だ」
人間の肉。
この声といい、その人間って、
「オペラ……」
「その名は? 貴様は、ブライトだろう?
ぼくの親友であり、チームで最もハンサムな男」
オレの父親だ。
アイツの声で、アルファは話している。
「よく、ご存じで」
「人間の肉を食ったあとに、その人間の記憶が流れ込んできたんだ。貴様を無傷でここまで通したのも、この記憶のおかげだ。感謝するといい」
『サムソン、サムソン!』
慌てふためくチョウの声で、これが現実だと気付いてしまった。
現実であってほしくない。
全部オレの聞き間違いってことにしてくれないか。
『こっちにまでサメが襲撃してきた! いま、シェルターの内部から通信している! 迎撃システムのおかげでなんとかなっているが、完全に落ちるのは時間の問題だ!』
オレはジャベリンを握りしめた。
ブライトの話じゃ、交渉中は侵攻をしないという約束だったはずだ。
一方的に反故にされたことになる。
行くしかない。
「――記憶があるってんなら、オレが誰だかもわかるよな!」
っと。
飛び降りて、ブライトの横に着地する。
「おお! 貴様は、息子のサムソン! また会ったな!」
サメの口から、アイツがオレと会うたびに言っていたセリフを聞く。
また会ったな。
そう、まただよ。
実に一週間ぶりの再会だ。
感動的だな。
「サムソン、お前」
わたしは何も合図をしていないぞ、と目線で訴えかけられる。
ブライトが左手を挙げたら、オレが出る、そのはずだった。
「オレはな、お前のことが大っ嫌いなんだよ!!!!!!!!!!」
ブライトにではなく。
アルファにでもなく。
アルファの中の、オレの父親に向かって叫んだ。
「アイ、アム、ユア、ファザー。なのに、大嫌いときたか。ぼくは、サムソンのことをいつも気にかけていたというのに」
その姿でオレの父親を名乗るな。
サメに心配されるほど落ちぶれちゃいない。
「大好きなサメといっしょに、地獄へ落ちろ!!!!!!!!!!」
オレはゴーグルを装備し、ジャベリンをアルファの口の中を目がけて投げ込んだ。
ジャベリンの先端にはダイナマイト1000本ぶんの起爆剤が装着されており、着弾してから三分後には炸裂する。
その三分間で、ブライトとオレとはこの場所から最短距離で離脱しなくてはならない。
「おい、ブライト! ぼくをだましたのか!?」
まだしゃべるか。
しかも、オレじゃなくてブライトに揺さぶりをかけてきやがる。
「お前だって、オレたちをだまして、サメをけしかけただろう!?」
ブライトにはチョウからの悲鳴が届いていなかっただろう。
「なあ、ブライト。ぼくを助けてくれ」
「ブライト! こいつはオペラ博士じゃなくて、アルファだ! 見りゃわかるだろうが、人間じゃなくてサメなんだ!」
「貴様は、我とともに世界を変えたいのではないのか。我らなら必ずできる!」
ブライトの足が止まった。
「ああ……そうだ……わたしは」
「おい!」
ジャベリンのタイマーは止まらない。
オレがもっとマッチョだったらブライトを出口まで担ぎ上げて行ったのに。
しかしブライトのほうがマッチョだ。
オレには重たくて持ち上がらない。
「サムソン、お前だけでも助かってくれ」
「何言ってるんだよ」
「わたしは、オペラとまだ話したいことがあるんだ」
「バカ言うなよ! そこにいるのはサメだ! オペラ博士はいない!」
なんだこの分からず屋は!
幻覚でも見てるんじゃないか!?
「サムソンはオペラを大嫌いだったかもしれないが、わたしはオペラを尊敬していたし、オペラではなくわたしが死んでいたらよかったと後悔している」
「だからって」
「……チョウも聞こえているだろう? あとは任せた」
時間は無情にも過ぎていく。
『類は友を呼ぶ、という言葉がアルね』
「ハハハ。あのオペラとわたしが似ているということか? それこそ光栄だよ」
『サムソン。今から脱出ルートを指示する』
クソ。
みんなでチャイニーズレストランに行くんじゃなかったのかよ!
「早くしないと、サムソンまで巻き込まれてしまう」
「ブライト……ぼくを助けてくれるのではないのか……?」
「その爆弾は起動させてしまったら終わりだよ。止める方法はない」
オレはブライトとアルファに背を向けて走った。
みんな、好き勝手しやがって!
『そのゴーグルだけど、オペラからの遺言で、……まあ、遺言とは思っていなかったけれど、結果として遺言となってしまった最後のメッセージで、改造するように指示してあってね。
装着していれば、装着者の身体能力が上がるようになっているんだ』
「先に言っておけよ!」
『さっきブライトの隣に着地したときに気付くカナーと思っていたけれど』
クソ……オレはアイツに……アイツに守られてばっかりだ……!
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
背後で大爆発が起こり、ペンタゴンは崩れ去った。
全力疾走してヘッドスライディングしたオレを、ローゼンが見下ろす。
「……帰るぞ」
手を差し伸べてくれた。
SHARK NEGOTIATIONS(鮫交渉人) 秋乃晃 @EM_Akino
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