第3話 一枚めくると想いが見えた

 二学期終業式の日。学校が終わって帰る間際、私は児童昇降口を見通せる位置で一人待ち構え、北浦君が通りかかるのを待った。他の男子と一緒に下校することもそれなりにある彼だけど、今日は幸い、職員室で先生と長話をしている。ということは一人で帰る可能性が高い。ただ、余り長話されると、私が寒くてたまらないんだけどね。

 と、それから五分しない内に北浦君が現れた。思惑通り一人だ。今日これからしたい話は、どうしても二人きりでなければいけない。

「北浦君!」

 私の隠れていた柱の前を通り過ぎた彼を、小さな声だが元気よく鋭い調子で呼ぶ。相手はびくりとして振り返った。

「な」

「長話し、やっと終わった?」

「お終わったよ。な何、待ってたの? 何か用?」

「うん。手品の話をしたくて」

「……種明かしはもうしないよ」

 外靴に履き替えながら返事してきた。私も少し離れた位置で履き替えつつ、「そういえばあの手を組む手品の種って、あんな単純だったのね」と思い出しながら応じる。

「がっかりした?」

「ううん。簡単にだまされて悔しいけど、凄く楽しい」

「そう」

 頬が緩み、彼の横顔がうれしげになる。私達は並んで校舎を出た。

「話というのはそれじゃなくって。私、気付いちゃったんだけど」

「え。お楽しみ会でやった手品の種が分かったと?」

 焦った様子になる北浦君。表情がくるくる変化して、こっちはおかしくなってきた。

「ふふ。違うって。あなたがくれたカード」

「――まじか」

 北浦君がこんな言葉遣いをするのは初めて聞いたかもしれない。それだけ、今の彼は慌てているはず。

「種を見破るのは無理と言われたけれども、ヒントにはなるんじゃないかと思って、ハートの四のカード、念入りに調べたの。それに北浦君、ようく剥がしてとかどうとか、変なこと言ってたのも思い出したし。そうしたら表の絵柄が薄く剥がれてきてびっくりしたわ」

「……」

 そっぽを向いた北浦君。色白さはどこへやら、耳が真っ赤になっている。それはそうよね。私だってカードの秘密を見付けたときは驚いたし、赤くなっただろうし、こうして話している今でも恥ずかしさは多少ある。

「大事なカードだから持って来なかったけど。あの剥がれたシールの下に書かれていたことは本気?」

「……」

 聞こえないふりなのか、さっさと行こうとする彼を、校門を出てすぐの辺りで掴まえた。腕を引いて、こっちを向かせる。

 そしてしばらく逡巡した後、思い切って言った。

「先に言っておくけど、私の返事は『はい』だよ」


 何で直接じゃなく、手紙でもなく、気付かれない可能性大である手品用トランプの内側を使って告白してきたのか。

 あの日、私は北浦君に続けて聞いた。

 三学期になるといなくなるから、と彼は答えた。四月の転校も親の都合で急だったそうだけど、今度はもっと急に決まったらしい。その分、先行きは逆にほぼ確定しており、四年後には戻って来るという。

 こんな事情があったから、たとえ相手がOKしてくれても、すぐに離ればなれになってしまう。それなら別に気付かれなくたっていいからカードに託そうと思った、という。

「……それって……気付かれた場合はどうなるの?」

「……考えてなかった」

 おーい。何だか知らないけどちょっぴり感動していたのに、力の抜けることを言ってくれるわ。私は決めた。こちらも一瞬ではあっても心を奪われた弱みがある。

「よし、運命ってことにするわ」

「はい?」

「遠距離恋愛になっても、私は我慢する。離れていることを楽しむくらいに」

「それは……凄く、嬉しい」

「四年後というと、高校一年、二年?」

「多分、高二の春」

「じゃ、そのときは絶対に会う約束をしましょうよ。そうね、忘れないように何か強い理由付けを……」

 少し考え、すぐに思い付いた。

「四年後に会ったとき、クリスマス会でやった手品の種、全部教えてね」


 そして今日が、その四年後、再会の日。

 私は駅まで出てきて、プラットフォームで待っていた。

 実を言うと、小学校を卒業してから今日までの間に、北浦君とは年に一度か二度くらいのペースで会うことができた。会う度にねだったものだ。手品の種明かししてよって。

 彼は――拓人は首を横に振るばかりだった。

「だって、高校二年生の春に教えるって、約束しちゃったもんな」

 当時、約束したことは守ってよと念押しした私は、こう言われるともう黙るしかない。

 けど、それも今日で終わり。

 現在、北浦拓人の名は高校生マジシャンとして業界内ではそれなりに知られているそうだ。けど、種明かしは滅多なことではしない。私だけの特別だと思うと嬉しくなる。指先が光るなんてほんとの魔術師みたいに見えたけど、その種を知ったら魔法は解けてしまうんだろうか――なんて愚問。解けようが解けまいが、気持ちは変わらない。

 私は時計を見て、次にフォームの電光掲示を見上げた。家族分の指定席券の都合で、遅めの号に乗ることになったと聞いている。家族とは別行動になってでも、一刻も早く私に会いたいとは思ってくれないのね。不満じゃないけど、恨めしい。

 彼が乗るのは、十三時四十分着ひかり464号。もうすぐだ。

 あ――光のマジックの種明かしをする人が乗って来るにはお似合いよね、と気付いた。


 おわり

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クリスマスツリーは四月に解ける 小石原淳 @koIshiara-Jun

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