第2話 種明かしはお預け?

 手のひらを開き、両腕をまっすぐ上に挙げる。次に両手を頭上で交差させ、手のひらを握り合わせる。そのまま胸の高さまで下ろす。

「ここまではいい? 分からない人、自信のない人はいない?」

 さすがにこれくらいは誰にでもできる。でも北浦君は「そこ、加治木かじきとか坂口さかぐちとか大丈夫?」と仲のいい男子を名指し・指差しして、確認を取る。ようやく安心できたのか、続きに戻った。

「みんな準備できたところで、最後にこうしてください」

 言いながら、ねじれた状態で組んでいた両手を離すことなくねじれを解消し、手のひらを私達観客側に向けた。

「え?」

 そこかしこで、戸惑いの反応が出る。誰も北浦君と同じようにできていないようだった。ざわつく私達に向けて、「この手品は時間が余ったら種明かししまーす。てことで次行くよ」と告げた。満足げで調子が乗ってきた様子。

 もうあとは彼の独壇場。取り出したスカーフを両手でぴんと張り、その縁を小さなボールが左右に移動し、二つになり、最後には重なって雪だるまになる。

 先生が鉛筆や物差し入れにしていた空き缶を受け皿に、お金(おもちゃのコインだけど)を次から次へと生み出して投じていくが、最後に缶を見てみると空っぽのまま。がっかり――と思ったら、両手でも余るような特大の硬貨一枚が教卓の上にどんと置かれる。

 三つの金属の輪っかが、つながったり離れたりを繰り返す。私達も輪を触らせてもらったけど、切れ目が見つからない。

 輪っかのチェックをした流れで、トランプのカード当ての相手に私が選ばれちゃった。自分の名前をサインしたハートの四が、トランプの山のどこに入れても一番上から出てくるというのはテレビなんかで見たことあったけど、目の前でやられるとまた格別で魅了される。最後にはサインしたカードは自分の両手の間でしっかり持っていたはずなのに、やっぱり山の一番上になっていて、じゃあ持っていたカードは何?と確かめてみるとスペードの八で、そこには北浦君のサインまであった。スマイルマークと「みまちがえたでしょ?」という台詞付きで。

「見間違えてなんかないわよ。でも……」

 カードを見つめながら考え込んでしまう。

「考えたいならそのカードとハートの四はあげるよ」

「あ、ありがと。だけど、二枚のカードをにらんで考えて、種が分かるもの?」

「うーん、無理」

 なんだと肩すかしをされた気分だけど、まあ記念にもらっておこう。お楽しみ会の間は、他の子から見せて見せてと言われたので貸したけれども、終わったら大事に仕舞うんだ。

「名前を書いたカード同士、ひっつけておくのは占い的に何かあるかもしれないんで、ようく剥がしておいてね」

 手元に戻って来たとき、北浦君から謎の念押しをされた。


 北浦君がフィナーレを飾るマジックの前に、カーテンを閉めてと言い出した。皆率先して、校庭側、廊下側の両方ともカーテンをきっちり閉める。普通教室と違って黒くて分厚い布地のおかげで、部屋はほぼ真っ暗になった。

 北浦君は一旦教室の電気を点けると、「暗いと見えなくなるだろうから、今の内に僕が何も持ってないことを確認しといて」と両手の裏表をゆっくりと見せた。その後、先生が電灯を消すと、完全な闇ではないけれども、隣の人の顔が分からなくなる程には暗くなった。

 やがて始まったマジックは、それまでとひと味違う、幻想的な物だった。昔の、小さな宇宙生物が主役の映画についてちょっと語ったかと思うと、その映画の象徴的なシーンを再現するかのように、彼の人差し指の先端が光を放つ。まぶしくはない。豆電球レベルの光だけど、そのオレンジ色は温かく映る。マジシャンが右人差し指を左手に向けて振る、と、光が左手の人差し指に移動した。そこからは自在に光は指先を移動を始め、ややくどくなりかけたところで、色が変化した。緑になったり黄色になったり赤くなったりする。しかも、一つの指が一色じゃあないのね。

「そういえばこの部屋にクリスマスツリーがあったけど」

 指先の光を教卓の端っこに移して、北浦君が口上を述べる。

「一目見て、がっかりしたことがあったんだ。ツリーのてっぺんに星がない」

 言われてみれば……そんな囁きがいくつか上がった。

「ツリーのてっぺんの星、ベツレヘムの星って言うらしいんだけど、イエス・キリストととても深い関係のある星なんだって。だから思った。クリスマス会なのにあのままじゃ寂しいので、この光を星の代わりにしてみようかなと」

 なるほど。指を離れて机の端っこに点せるくらいなら、ツリーのてっぺんも光らせられる?

 北浦君は机から光を拾うと、ツリーに向けて指を弾く動作をした。けど、光は移らない。

「あれ?」

 何度か同じ仕種で試すがうまくいかない。最後に来て失敗? 勘弁してよ~。と、心中で祈る気持ちだったけど、当人は平気な様子で、すたすたとツリーまで近づいていき、そのてっぺんを光で照らした。何と、指先全てが光っている。それくらい明るいと、彼の手元もそれなりに見えるのだけど、細工は分からない。たとえば豆電球を指先に貼り付けてる、なんて単純な仕掛けじゃないのは確か。

「うーん。クリスマスツリーらしくなったけど、僕だっていつまでもここで照らす訳にいかないので」

 マジシャンは一瞬だけ十指の光を消した。次に点ったときには、ツリーには星が付いていた。

「星に来てもらうことにしたけど、いいよね?」

 おお、とも、うわーともつかない驚きの声がみんなの口からこぼれ出る中、彼はさらっと言って一礼した。

「これにておしまいです。ありがとうございました」

 先生がカーテンを開け始めるよりも早く、私達は立ち上がって北浦君に大きな拍手を送った。

「種明かしはー?」

 誰か男子のその声で思い出した。手を組むマジックの種、教えてくれる約束だったわ。

 北浦君は早々に道具を片付けつつ、「ごめん。時間オーバーしちゃったから、切り上げたんだけど」とぺこぺこした。

「いいよ。今言ってよ」

 当然、そういうお願いが出る。それは先生にも向けられ、

「はいはい、分かりましたから、早く済ませてね」

 と許可を引き出すのに時間は掛からなかった。きっと先生も種を知りたかったに違いない。


 つづく

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