クリスマスツリーは四月に解ける

小石原淳

第1話 転校生の隠し芸

 小学校では二年ごとにクラス替えが行われた。だから、高校生になった今、希にあの出来事は小三のときだったかな、それとも四年生のときだったかなと迷うことがある。けれども、これから話すエピソードがいつのことだったかは、絶対に間違えない。六年生の十二月だ。

 当時、小学校ではふた月に一度ぐらいのペースで、お楽しみ会なる催し物が各クラス単位で行われていた。外でひたすらドッジボールをやることもあれば、クイズ大会(単に出題するのではなく、知力体力時の運てやつ)もあった。班単位に分かれてレクリエーションの進行を受け持つイベントでは、よくあるハンカチ落としや“箱の中身は何だろな?”、笑い話を一斉に聞かせて笑った者から脱落なんてのもあった。

 そして十二月はクリスマスが定番。もちろん二十四日には学校は冬休みに突入済みのため、上旬に行うのだけれど、なかなか雰囲気があってよかったと記憶している。

 最終学年である六年生ともなると、力の入れ方が違ってくる。でもはっきり覚えているのはそれだけが理由じゃない。

 その年の四月、一人の転校生がクラスに来た。北浦拓人きたうらたくとという名前の男子で、見た目も中身もおとなしい子だった。背はクラスで真ん中ぐらい、色白で運動は苦手みたいだったけど、かけっこと水泳だけは早かった。顔は……頼りない感じの二枚目、かな。

 特に目立つタイプではないけれども、大勢に埋没するでもなし。さっき言ったおとなしいというのは、私達女子から見てのことだったらしく、男子同士では普通に話していたみたい。で、いつの間にかクラスに溶け込んでいた。

 北浦君を初めて意識したのは家庭科。同じ班になっていたからあれは二学期。エプロンを縫う課題を、手早くかつ丁寧にやり遂げた。私は裁縫が苦手で、うらやましく思う気持ちが表に出たのか、北浦君に「分からないところがあったら言って。できる限り教える」と言われてしまった。ありがたいんだけど恥ずかしいって感じがして、私の方がちょっと素っ気ない態度を取っていたかもしれない。それでも、彼が縫うのを見ていて、その細くて長い指が器用に動くのが印象に残っている。


 十二月のお楽しみ会は、プレゼント交換やキャンドルサービスの他、クラスのみんながそれぞれ五分から十分程度の持ち時間で、出し物をやることになった。要は隠し芸大会みたいなもの。

「えっ。手品、できるの?」

 事前に全員が自己申告した上で作られたプログラムを見て、私は北浦君に思わず聞いた。

「うん」

 彼は照れたみたいにほんのり頬を赤くして答えた。その頃にはかなり仲よくなっていた。

「お、自信あるんだ? 『一応……』とか言わないくらいだから」

 私が笑いながら指摘すると、彼は慌てて「あ。一応」と付け足した。そんな風だったから、あんまり期待しないでいたんだけど、本番で私は、ううん、私達クラス全員はびっくりすることになる。

 当日、会場の理科室にはクリスマスらしい装飾が施された。黒板にサンタクロースやトナカイのそり、クリスマスツリーに雪だるまといった絵が描かれ、窓はスプレーの雪が吹き付けられ、折り紙でできたリングチェーンが彩る。本物ではないけれどもクリスマスツリーも用意して、教室の上座の隅を飾る。実際の天気は晴れで、雪が降らないどころか、この季節にしては暖かいほどだったが、ムード作りはばっちりだ。

 出し物は歌が一番多く、半数を超えるくらいいたからちょっとしたカラオケ大会になった。ちなみに参加は単独でもペアでもグループでもいい。歌そのものよりも振り付けを頑張った口も結構いた。歌とは別に、ダンスを披露したグループがいれば、ものまねを披露した男子もいた。そんな中でも漫才をやった二人組は素人離れしていて、大いに受けて大いに盛り上がった。

 この流れを受けてとりを務めたのが北浦君の手品。こういう順番になったのは期待値の大きさではなく、単に手品は色々散らかるから、最後にするのがいいという判断。当然、私は内心、大丈夫かなと心配していたわけ。この日までに北浦君の手品を見た人がクラスにいたのかどうか、定かでない。でも先生はチェックしたと思う。会場がいつもなら自分達の教室なのに、今回に限って理科室になったのは、北浦君の手品に関係しているらしいから。

 廊下で準備を終えて入って来た北浦君は、普段と違って芯が通ったように見えた。典型的な手品師のイメージである燕尾服にシルクハットではなく、ジャケットを羽織って、いつもの半ズボンがジーパンになっただけなのに、ちゃんとマジシャンらしく見える。ただ、プロマジシャンと違って、色んな道具をデパートの大きな紙袋に入れて自分で運んで来たのが、そこはかとなくおかしい。

 それでも、わずかの緊張と自信が表れていて、何て言うか凄くいい顔をしている……と見とれてしまった。それは一瞬だけで、我に返って赤面を自覚しつつも、成り行きを見守った。これでこけたら承知しないからって気持ちになってた。

 北浦君は荷物を教卓の陰に置いてから一礼すると、背中側から黒いステッキを取り出し、いきなり始めた。バトントワリングめいた手さばきを短く見せたかと思うと、ステッキをふいっと宙に浮かせる。「おお」って声が上がる。最初は両手のひらで包む格好で、いかにも見えない糸で吊っていますって風だったのが、段々と手を離れていき、上下左右に大きく動くように。驚きの声が大きくなったところで、北浦君はぴたりと動作をやめる。と、下に向けた左手の平からステッキがぶら下がるみたいに、でも間を空けて浮かんでいる。北浦君はその左手とステッキの間の空中に、右手をチョキの形にして持って行き、はさみで切る仕種をする。同時に、ステッキが床に落ちて、からんからんと乾いた音を立てた。

 何だやっぱり糸かという声が聞こえたけれども、北浦君、意に介した様子はない。逆にその声に応えるみたいに両手を動かすと、ステッキは北浦君を目指すかのように飛んだ。それを右手でキャッチ。格好いい。観ているこっちがまた「おおーっ」となっている目の前で、ついにはステッキを四、五本の花に変えてしまった。矢継ぎ早の技に驚きの歓声が止まらない。

 皆が落ち着いたところで、改めて北浦君が口を開く。「受けてよかった」とほっとした顔つきで言って、笑いを誘う。

「続いては……その前に、この花、造花で再利用するから仕舞っておかないと」

 持参した袋に造花を戻す北浦君。次に振り返ったとき、突然、何かが飛んできた。みんながびっくりしてその物体をよける。びっくり箱に入っているような下半身が蛇腹のピエロの人形だった。

「あ、ごめん」

 とぼけた口調になるマジシャン北浦。

「びっくりした? こういうことも入れておかないと、すぐにネタが尽きて間が持たないので。次に進む前に、身体の緊張をほぐしましょう。簡単なストレッチを一緒にどうぞ。これから僕のする通りにやってください。やりにくかったら立ってもいいよ」


 つづく

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