転生
@PrimoFiume
転生
「ごめんなさいアナン、あなたの申し出に応じることはできないわ」
「なぜだダニエラ! 教えてくれ! 何が不満なんだ、俺以上にお前を愛している奴なんていない、必ず幸せにしてみせる」
「アナン、聞いて。私には好きな人がいるの。彼はあなた以上に私のことを想っていてくれる。それに私たちは将来を約束してるの」
「何だと、一体誰だそいつは?」
アナンの鬼気迫る形相にダニエラは思わず口をつぐむ。
「もしかして、レオールのことか?」
アナンの言葉に図星を突かれ、ダニエラに動揺が走る。
「あなたには関係ないわ。お願い私たちのことは放っておいて」
「何故だ? あんな農家の
「彼のことを悪く言うのはやめて!」
普段物静かなダニエラに一喝されて、アナンはたじろぐ。
「私はあなたのそういうところがダメなのよ! レオールは青瓢箪なんかじゃない! あなたのように腕力で捩じ伏せるような人とは違う強さを持った素敵な人よ」
ダニエラがここまで感情を露わにしたことはない。そこまで真剣にレオールの事を愛しているのだとアナンは認めざるを得なかった。
「もう行くわ、ごめんなさいアナン」
去って行くダニエラの背中を見つめながらアナンは拳を握りしめて腹の底から声を絞り出した。
「レオール、許さん、許さんぞ。必ずダニエラをお前から奪ってやる」
「アナンさん、お呼びでしょうか?」
「ああ、来たかレオール。すまんな急に呼び出したりして。ここに来る事は誰にも言ってないよな」
「ええ、でも何ですか内密なお願いって?」
「ああ、それはただの口実だ。お前ダニエラと結婚するんだってな。それでちょっとお祝いをしてやりたくなったんだ」
その言葉にレオールに緊張が走った。レオールはアナンがダニエラに好意を寄せていることは知っていた。その気性の荒さももちろん知っている。だからこそ、結婚するまで二人の関係はアナンに知られないようダニエラとしめし合わせていたのだ。
「そう身構えるな。俺は心からお前たちを祝福している。結婚するとなったら新居がいるだろう。どうだダニエラにサプライズでプレゼントしてみては」
「どういうことですか?」アナンの思わぬ提案にレオールは問いかける。
「お前は鈍いところがあるな、俺が一肌脱いでやると言ってるんだ。ダニエラには内緒で裏山から木材を調達して家を建てるんだ」
「いいんですか?」
「勿論だ、ただしお前も手伝え。当然だろ」
レオールはアナンが祝福してくれるということだけでも驚きだったが、そのような提案をしてくれるとは思ってもみなかった。もしかしたら、アナンは自分が思っていたように粗暴な男ではなく、竹を割ったような性格なのではないかと認識を改めた。
「じゃあ早速だ、準備はいいな。裏山へ行くぞ」アナンは立ち上がり斧を握った。
「はい!」
「アナンさん、一体どこまで行くんですか?」先を進むアナンの背中にレオールは声をかける。
「ああ、この辺でいいだろ」そう言ってアナンはレオールに向き直る。
「この木を切り倒す。そこに立っていると危ない。お前はこっちに行け」
「はい、おっと」レオールは落ち葉に隠れた切り株につまづき地面に両手をついた。
「おいおい、しっかりしてくれよ」アナンは薄笑いを浮かべて、その背後からゆっくりと斧を振り上げる。
「すいませ……」
その言葉がいい終わる前にレオールの頭に斧が振り下ろされ、あたりに鈍い音が響いた。
「ここは?」レオールはこれまで見たことのない景色の中で目を覚ました。
レオールが当たりを見回していると、遠くから一人の男がやってきた。
「こっちだ、ついて来い」その男はそれだけ言うと背を向けて来た道を歩いていく。
「待ってください! 僕は一体?」
男はその問いに答えることなく前に進む。
「僕はどうなったんですか? ダニエラは? 僕は早く村に戻らないと!」
男は沈黙を守り、辺りにレオールの声だけが虚しく響く。
やがて、二人は巨大な建物にたどり着いた。
「入れ」ここでようやく男が口を開いた。
この男に何を聞いても無駄だろうとレオールは言われるままに屋敷の中を進んだ。
床はまるで雲のようでところどころ穴が空いている。そこから、男女の姿が見えた。
「こっちに来い」
声のする方を眺めると、その奥に玉座のようなものと、そこに座す人が見えた。
「レオール、お前は死んだ。次の人生のステージに進むが良い」
「待ってください! 僕が死んだってどういうことですか!」レオールは思わず声を上げる。
その神と思しき人物は静かにレオールの頭に向けて指をさした。レオールはそれを受けて右手を頭にあてると、その頭蓋がパックリと割れていることに気がついた。そこで、あの時アナンに斧で殺されたのだと初めて理解した。
「そんな、僕は戻らなきゃいけない! ダニエラが、婚約者が僕の帰りを待っているんです」
「諦めろ」
「いやだ! ダニエラを守らないと」
「それは叶わぬ。お前がすることはその雲の下に見える家庭から次の両親を選ぶことだ」
「転生するということですか? それはこの記憶を持って生まれ変わることができるんですか?」
「記憶はすべて消える、前世の記憶など邪魔になるだけだ。新しい人生を生きるのだ」
「何か、何か方法はないんですか?」
「例外はない、だが一日猶予をやろう。おい、部屋を用意してやれ」神は案内役の男に命令した。
「はっ! さぁこっちだ」
男はレオールを部屋へと案内した。
「散々だったな」部屋に入るなり男が言う。
男はこれまでとは一変し、怪しげな笑みを浮かべながらレオールに語りかける。
「方法がないわけじゃない」
「本当ですか!」
「慌てるな、だが何ごとにもリスクはつきものだ」
レオールは黙って男の言葉を待つ。
「いいか、生き返ることはできないが、記憶を残したまま転生することはできる。ただし、……」男はレオールの前で人差し指と中指を立てる。
「二つ、二つのリスクがある」
「何ですかそれは?」
「一つ目は、その頭の傷跡が残るということだ。まぁアザ程度のものだ」
「そんなことはどうでもいいです! もう一つは?」
「次の人生の寿命を二十年いただく」
「それは、裏取引ということですか?」レオールは男を真っ直ぐに見据えて問いかける。
「まぁそんなところだ」男は不気味に笑う。
「何ごともうまい話には裏があるものだ、嫌ならリセットされた人生をエンジョイするこった」
「それで構いません。僕はリセットされた人生など要らない。僕をダニエラの元に戻してください!」
「交渉成立だな。よしこっちに来い」
レオールは男と共に部屋をでた。
イスラエルとシリアの国境近くに位置するゴラン地区。ドズール派に属する農村で、のちにメルクと名付けられるその赤子は頭に大きな赤いアザを持って産まれた。ドズール派は輪廻転生の存在を事実として認めており、アザを持って産まれた子は、前世の名残であると強く信じられていた。メルクもまたご多分に漏れず、前世に曰くありと見做されていたが、三歳になり言葉を発する頃には村中の人々を驚かすに足る言動を見せた。メルクは前世でレオールという名前であったことと、住んでいた村の名を言うことができた。前世の記憶を持ったまま転生したメルクの噂はたちまち広まった。そののち、前世記憶の研究における権威であるヴァージニア大学精神科医の著書「おかしな子ども時代」のなかで紹介されることとなる。
メルクは前世でアナンという樵に斧で頭を割られて死んだと証言した。メルクの証言を強く信じる大人たちはメルクを連れて、レオールが住んでいたという村に向かった。
その村には確かにレオールという名前の男がいたが、四年前に失踪したとされている。家族は紛争地に足を踏み入れてしまったのではないかと考えていた。
メルクの案内に従い、一行はアナンの家に向かった。突然の見知らぬ団体の訪問にアナンは目を白黒させた。
「久しぶりだね、アナン。忘れたとは言わせないよ。僕だよ、君に殺されたレオールだ」
その言葉を聞いてアナンの顔から血の気が引いた。
「知らん、俺は何も知らん、言いがかりだ」アナンは大きく
「アナン、僕は”僕”の埋まっている場所を知っている」
「ご同行願おうか」一行はアナンの両脇を固めてメルクの後に続く。
「ここです」メルクが指し示す場所には石が積まれた山と、犯行に使われたと思しき斧が放置されていた。
アナンの身体はその証言に震える。一行は石をどかし、地面を掘り起こすと、メルクの証言通り白骨死体が現れた。アナンは犯行を認めて
アナンはそのまま警察に引き渡され、メルクは一人アナンの家に入った。その時、頭の中であの男の声が響いた。
「約束だ、お前の寿命を二十年いただくぞ」
たちまちメルクの身体が急成長を始め、その身が服を破る。三歳だったメルクは今成人となった。
「誰かいるの? アナン?」
その声にメルクは慌てて側にあった服に身を包んだ。
「あなた誰?」ドアを開けて入ってきたのはダニエラだった。
「ダニエラ、僕だよ、レオールだ」
「そんな、まさか」あまりのことにダニエラは繋ぐ言葉を見失う。
二人は時間を忘れて語り合った。レオール亡き後、強引なアナンの求婚を受け入れざるをえなかったことを涙ながらに語った。
「ごめんなさいレオール、私はもうあなたに相応しい女ではないの」涙を隠すようにダニエラは顔を背けた。
「そんなことはない! 僕は君との約束を守るためにこの人生を選んだんだ、それが叶わないなら、こんな人生に意味はない! もう一度僕とやり直そう」
「レオール」
メルクは黙ってダニエラを抱き寄せた。
その様子を天空から見守る男がいる。神はその男の背に向かって言う。
「お前、私に隠れてまた要らんことをしでかしただろ」
男は神に顔を向ける。
「気づいていらっしゃいましたか?」
神はしばらく沈黙したあと苛立たし気に言う。
「私は何も知らん、ぼさっとするな次の人間を迎えに行け」
「はっ、ただ今」
男は再び下界を見下ろして呟いたあと、立ち上がった。
「今度はうまくやれよ」
メルクはそんな声が聞こえた気がした。
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