第3話 八尺様

* * *

 

 そこは都市部から離れた過疎の進んだ村。そんな村に都会に出て行った娘の子である若者がやって来た。 


 もうすぐ夏休みも終わる時期で、夜になると鈴虫の鳴く声が響く。


 しかし昼間はまだまだ暑い。

 鈴木一樹すずきいつきは神社の階段を上がった。それは急な角度の階段で、上り終える頃には息があがるほどだ。


 そして、黒髪をかき上げながら最後の段を登り切った。

 神社は閑散としており一樹の他に参拝客は居らず、鳥と木々の葉が揺れる音だけがしていた。


 そそくさと参拝を終え、本殿横にある社殿でおみくじを引く。

 出たのは“凶”だった。


「うわぁ、最悪。えっと……不慮の事故、怪我、病気に気をつけるべし。その他はよい」


「えっ。何なんだよ、不気味過ぎるだろ、良くない事か起こりそうで気持ち悪い」


 嫌な内容のおみくじを早く手放したくて、神社の木にくくりつけて帰ろうと、丁度いい高さの木がないかどうか境内を歩く。


 本殿の裏に回ろうとした時、ビュウと、強い風が吹いて、手に持っていたおみくじが飛ばされた。


「わあ!」


 おみくじを追いかけて走ると、本殿裏にひっそりと存在している、古びた木製の祠があった。そして飛ばされたおみくじは祠の内側に入ってしまった。


「なんで中に入っちゃうんだよ。勝手に開けたら怒られそうだけど、ちょっとおみくじを取り出すだけなんで、すみません」


 そう一言断ってから扉に触れる。


 ぱちん! と何故か音がした。そのあと、ギギギと音を立てながら扉を開けた。祠の中からは冷たく重い空気が流れてくる。そこだけ温度が違い、ひんやりとしていた。


 慌てておみくじを引っ張り出し、扉を閉めると、祠の前にありえないほど背の高い白い服を着た女が立っていた。


「!!」

 いきなり現れた女に驚き、背筋がゾワリと寒くなった。


 女は240メートルぐらいはありそうな巨人で、もの凄く険しい表情をしている。


「ぽ、ぽぽぽ……」


 ぽぽぽぽ言いながら近寄って来る。


「うわぁーー。こ、来ないで」


 一樹はおみくじのことはもうすっかり忘れて大急ぎでその場を走り去った。



 * * *



 部屋の電話が鳴る。


「蘆屋様、お客様が来られたようですので、そちらにお通しします」


 ほどなくして、高齢の女性と黝と同じぐらいの歳の男性が入って来た。


 挨拶を済ませてさっそく本題に入る。


「こちらに丁度仕事で来られていると聞きましたので、直接宿まで来させて頂きました。緊急で対応をお願いしたくて」


「はい。もう一度、状況を教えて頂けますか?」


「はい。ボク、鈴木一樹です。祖母の家に遊びに来たのですが、暇すぎて神社に行ったのです。そこでおみくじをひきました。そしたらそのおみくじが風で飛ばされて、神社の奥にある古い祠の中に入ってしまって。それを取ろうとしてその扉を開けてしまったら、何かの封印を解除してしまったみたい。そのあと、ぽぽぽぽ言ってる女の人が、とんでもなく怖い顔をして追いかけてきたんです」


「その女の人って、もしかして身長が2メートル以上ありそうな白い服を着ていたりしますか?」


「はい、そうです。めちゃくちゃ背が高い女の人でした。それで、ぽぽぽぽ言いながら追いかけてくるから怖くなって」


 澄成はうんうんと頷き、口を開いた。


「それはきっと世間で言われている八尺様でしょう。おばあさまもそう思われたから我々に連絡して来られたのですよね」


 一樹の横に座った小柄な女性に目を向ける。


「孫から話を聞きまして、これは八尺様に魅入られてしまったんだと思いました。夜になる前に対処しないと大変だ、あちらに連れていかれるから慌てて連絡させてもらいました、引き受けて下さって良かったです」


 澄成はお茶を飲みながら思案した。


「そうだな、もうすぐ日暮れだ。この地域から出る途中で日が落ちてしいまったら少し厄介だ。妖が有利な時間帯だから。今夜は一樹くんにここに泊まってもらいます。朝までこの部屋は締め切って出れません。ドアを開けた瞬間に連れて行かれるかもしれませんので。朝になったら我々と一緒にこの地域から出ます。それまではしっかりお守りさせて頂くのでお任せ下さい」


「わかりました。よろしくお願いします」


 一樹の祖母は帰って行き、部屋には澄成、黝、一樹の三名だけとなった。


 旅館の人に今夜の計画を伝え、早めに夕食を運んで着て貰った。


「一樹くん、大丈夫。澄成さまがきっと助けてくれるからさ」


 安心させるような優しい口調で黝が一樹に話しかけた。

「そういえば、黝と一樹くん、体格も身長もほとんど同じだな。念の為、黝、一樹くんに変装しておけ。今から風呂に入ってお互いの衣服を交換しろ。それが終わったら、俺が作った結界内に一樹くんは入って朝までそこから出るなよ。黝もばれないように気をつけろ」


「わかりました」


「わかった」


 部屋の外や窓にも結界の札を張る、部屋奥の一角にしめ縄で丸く区切った結界を作った。


 深夜二時を回って辺りは静まり帰っていたのに、急に部屋のベルが鳴った。


「ホテルの者です。差し入れをお持ちしました」

 そういう男の声がするが、その後ろから、


「ぽぽぽ……ぽ、ぽぽぽ」


という声も聞こえてくる。 澄成は、首を横に振り、ドアは絶対開けるなよというように、指示を出した。


 一樹はしめ縄で囲んだ結界内でブルブルと震えながらこちらを見つめている。

 黙って男の声を無視していると、今度は窓がガタガタと震えたり、ドンドンと叩く音が聞こえてきた。


「ぽぽぽ……」


 女の声も聞こえ、一樹は恐怖に満ちた表情で耳を両手で塞いだ。


 朝方までずっとそれらが続いたが、部屋のドアを開けることはなかった。


 そうして、ようやく朝日が差し込んで来る。


 ドンドン。ドアを叩く音がしたが、もう世が開けたのだ。開けてしまっても大丈夫だと黝は思った。


「駄目だ、開けるな!」


 澄成が必死の声で止めるのを聞かずに、黝はガタン。ドアノブを回して扉を少しだけ開けた瞬間に、一樹に成り代わっていた黝が胸を押さえて座り込んだ。


「うううっ……」


「見ーつけた♪」


「ぽ、ぽぽぽ」


 澄成は長身の八尺様に攻撃を仕掛けたように見えたのだが、実際に攻撃したのは、八尺様ではなく、その前にいた小型の妖。見た目はおじさんのような小人。


「黝!」


 駈け寄り、顔を覗き込む。鼓動が止まっているのを確認すると、キッと、眉根を寄せた。


「黝の心臓を止めたこと、後悔させてやる。ちょっと待ってろよ」


 そして、急いで、黝の唇を合わせる。それが互いのエネルギー交換となり、黝はぴくりと、指を動かした。そして澄成の方は体中に霊力が補充されたようである。


「澄成様……」


こちらに攻撃をしようとしていた小人に向かって、指先から電撃攻撃を食らわせた。


 ドーン、バチバチ……重い音が聞こえる。

 小人も何かやろうとし、黒く焦げた腕を伸ばすが、それよりも早く澄成が攻撃を仕掛けた。


 室内に仕掛けられていた札も作動し、小人を一斉攻撃した。


「ううっ!」


 小人は呻きながらその場に倒れ込んだ。すかさず、澄成が胸元から札と筆を取り出し、さらさらと文字を書く。


捕縛結界急急如律令ほばくけっかいきゅうきゅうにょりつりょう!」


 札が黒い網状に変化し、小人の体を包み込み、それ自体が結界兼封印となった。


「さてと。黝がもう少し回復したらこいつを祠に完全に封印しにいくか」


 八尺様と一樹が出会った神社に一樹の祖母と神社を管理する神主兼村長も集まった。

 神社裏の古い祠に小人を入れ、封印結界を二重に張った。


「皆さん勘違いされていたようですが、今回、いやそれまでも魅入られてしまった若者を連れ去ってしまったのは八尺様ではありません。八尺様の身長があまりにも高くてみなそこばかり注目されてしまったのです」


「では、ぽぽぽぽと言ってたのは?」


 村長が納得いかないといいたげな顔で聞く。


「八尺様は子供たちや若者を守っていたのです。ぽぽぽぽ言っていたのは、あの妖怪に口を封じられて、それしか話せなくさせられていたからです。あれは妖怪ポックリ。触れた者を急死させてしまう妖です」


「「「え?」」」


「確かに黝さんも触れられて心臓が一時止まってましたよね」


 一樹が興奮ぎみに伝える。


「それじゃあ、八尺様は本当は良い妖怪? いや、神様?」


「そういう事になりますね。今までずっと村の子供や若者達を守ってくれていて、それが判明したわけですから、ちゃんと感謝を伝えるべきだと思いますよ」


「孫を、一樹を守って下さりありがとうございました!」


「今まで村を悪い妖怪から守って下さり、ありがとうございました。感謝の祭りを執り行わせて下さい」


 それを聞いた八尺様は先程までの険しく恐ろしい顔ではなく、頬を緩めた優しい顔へと変わっていた。


 それから毎年あの神社では八尺様に感謝を示し、夏の終わりに祭りが開催されることになった。

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呪印陰陽師黒猫奇譚〜ブロマンス版〜 夜空知世 @yozoratomoyo

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