第11話 首に咲く赤い花

 「おはようございます」

 

 チラッ


 「おはよう」


 「社長おはようございます」

 

 チラッ


 「おはよう」


 (すれ違う社員皆に二度見される…)


 「あ、社長おはようございます〜」

 鈴木は私を見つけると駆け寄ってきた。

  

 「優香…おはよう」

 

 「あれ、社長?!昨日と同じ服じゃないですか?…ってどしたんです?!そんな目腫らして!」


 「なにも…」

 

 (服のことなんか色々ありすぎて気回すことすら忘れてた…にしてもあんだけ冷やしたのにまだ腫れてるのかあ…)


 「社長…それで何もないわ無理ありますよ…」


 「なら、何も聞かないで!」

 

 「ラジャー…あ、で社長、急ぎの件でこの松井物産の件なんですけどー-」

 

 <今から遡ること1時間前ー神崎家玄関にてー>


 「なんでついてくるのよ~~」


 「俺も仕事だからだよ!」


 「あ…なるほど。じゃあ…お邪魔しました!ではさようなら!」

 「もう2度と会いませんように」という願いを込めて別れの挨拶をし、そそくさと玄関扉を開け外へ出た。


 宏人さんは本当に後をついてくる気はなさそうだ。


 玄関口の階段を下りると家のでかさに驚愕した。


 この日本において、噴水が敷地内にある家を初めて見た。


 庭も庭師によって手入れされているのだろうか。たくさんの綺麗な花が咲き乱れ、無駄な雑草は何1つない。


 圧倒的財力を示され、自分とは住む世界が違う人のだと思い知らされた。

 それと同時に、自分の初めてがワンナイトだったことにもなんだか悔しくてたまらない。

 (酔った自分が悪いんだけど…にしても金持ちでイケメンだからって人のこと遊んでもいいと思ってるわけ?!)


 「あっつ…」

 今日の気温は5月だというのに最高気温28度らしい。

 

 数分歩いただけで汗がジトっと出る。


 「もおお!いつになったら外に出れるのよおお!」


 こんなに家から外へ出るのに歩くとは思わず、この暑さゆえに余計にイライラする。

 

 それから数分、ようやく門らしきものが見えた。


 門外へ出ると一直線の大きな道路に出た。


 (待って?!そういや、ここどこ?!)


 GOOGLEで現在地を調べると都内を指していた。

 

 (え、てっきり東京圏外だと思ってた…東京のど真ん中にこんなでっかい家存在するんだ…)


 周りの家々も豪邸ばかりだ。


 (駅は…)

 現在地から駅まで徒歩20分と表示された。

 

 (ええええ!この炎天下の中歩かなきゃなの⁈)

 覚悟を決め、カバンの中にあったゴムを取り出し髪の毛一まとめにし、結ぶ。

 歩き始めたそのとき、


 プップー


 クラクション音がなり、横づけで車が止まった。


 思わず立ち止まると、後部座席の窓が下がり始める。


 (なんか嫌な予感…)


 「乗れ」


 その予感は的中。現れたのは例のイケメン。


 「はあ?嫌よ」


 「送る」


 「いい。歩けるから」

 

 「駅まで送る」


 (…駅までなら…もう超絶暑いし…)

 

 「じゃ、じゃあ…お言葉に甘えて…」


 ガチャ


 私の言葉を聞き宏人さんは車を降り、私に「乗れ」と言わんばかりに顎で合図してきた。


 「どうも…」


 ついさっきまで宏人さんの座っていた座席はわずかに温かさが残っていた。


 「職場は遠いのか?」


 隣の座席に乗り込んだ宏人さんが質問をする。


 「いや、そんなに?」


 「新宿とかか?」


 「いや、渋谷!」


 「そうか。駅から近いのか?」


 「割と」


 「フッ…そうか…」

 

 (は、何?また馬鹿にした?!何なの本当いちいちムカつくわね)


 「そういう宏人さんは、どこですか?会社は」


 「大手町」


 「へえ…」

 大手町と言えば、一流企業の集う女子が憧れるいわゆる丸の内OLになれる場所だ。


 (すごいところにあるのね…そういえば会社の名前ってなんなんだろうか…不動産とか手広くやってるって言ってたけど…大手町にあるくらいだから立派な会社とか…?でも聞けないよなあ)


 「なんだ?何か聞きたそうだな」

 (エスパーなの?!)


 「いやあ…その…」


 「なんだ?今なら何でも答えてやる」


 「じゃあ、宏人さんの会社名って何なの?」


 「聞いてどうする?」

 

 (いや、別にどうもしませんけど、単純に会社の規模が気になったっただけです~)


 「なんでも答えてくれるんじゃなかったの?」


 「ん~まあ?」


 「教えてくれないならくれないでいいよ。別に興味ないから」


 そう言うと、宏人さんは私を見つめながら片腕を伸ばす。その腕は私の顔をすり抜けたかと思うと、耳横の後れ毛を片耳にかけた。その瞬間、空いていたもう片方の腕で私の腰を寄せる。

 一瞬の出来事すぎて、何が起きたのか分からず硬直する。


 「な、なにすんのよ」


 「さあ?」

 (さあって何?一体なにするんですか!)

 

 腰を寄せられたせいで顔の距離が近くなる。

 今朝のベッド上でのことを思い出し、目をつぶらずむしろ見開く。


 フッ


 また嘲笑したような声が聞こえたかと思うと、突然視界が暗くなった。

 「ちょっちょっと!やめてよ」

 

 私の視界を遮るその手を両手ではがそうとする。

 

 「ヒャッ?!」

 突然首を舐められた。


 逃げようとする私にさらに腰を引き寄せられる。


 「ちょっなにすんーー」

 チクっと痛みが走る。


 「イタッ」

 (何?噛まれた?!)


 「KANZAKIホールディングス」耳元でささやかれる。


 「え?」


 「それが俺の会社」


 「え~~~!!」

 まさかの想像以上の会社規模に驚嘆する。

 (噓でしょ?!通りでテレビにも雑誌にも取り上げられるわけだ…)

 

 KANZAKIホールディングスと言えば、今までにない新しい手法でビジネス展開し、たった1代で一大企業にまで上り詰めた超有名企業だ。

 むしろなぜ今まで神崎宏人を自分が知らなかったのか、同じ経営者として恥にも思えてきた。

 

 「で?絢菜の会社は?」

 

 絢菜…初めて呼ばれたその名に胸が高鳴る。

 (私の名前覚えてたのね。LINE本名だしそりゃそうか)


 「私はそんなあなた様に比べて大した企業じゃないし…」


 「あ?教えただろ?こっちはリスクを承知の上で教えてやったんだ」


 (た…たしかに?そちらに比べたらうちの会社なんかミジンコレベルですし?減るもんもないか…むしろ良い宣伝になるかも?笑)


 「株式会社JOLIE…です」

 

 「英語か?」


 「いや、フランス語です」


 「へー」


 (いや、興味ないなら聞くなー!)


 ふと窓の外を見ると異様にスピードが出ていることに気づく。

 (そういや、表示されてた最寄りの駅ってこんな遠かったっけ)


 「ねえ、もしかして高速乗ってる?」

 

 「あぁそうみたいだな」

 

 (何?そのあたかも知ってましたよ発言)

 

 「待って!駅までって言ってたよね?」


 「言ってたな」


 「これは一体どこに向かってるの?」


 「渋谷」

 (なんで職場が渋谷ってーーあ、クソー!まんまと誘導尋問に引っかかってた自分…)

 

 「ちょっと、降ろしてよ」

 (あんたとはさっさとおさらばしたいのよ)


  ハァとため息を吐いたかと思うと

 「俺に言うな。それにここで降ろすと死ぬぞ?」と言う宏人さん。


 (まあ?たしかに…)

 

 「じゃあ、途中でもいいからーー」

 すると、頭に手を置かれ「大人しく座ってろ」と言われた。

 (なんか…犬扱い?)


 それから10分も経たないうちに車は渋谷駅周辺に差し掛かった。

 

 「ここで大丈夫」


 「会社まで送る」


 「いい。赤信号になったタイミングで降りる」


 すると、ナイスタイミングで信号が赤になった。


 横断歩道に人が渡っているのを確認し、ロックを解除してもらう。


 「ありがとうございました!では、さようなら」

 (2度と会うことがありませんように!)


 ガチャと扉を開き、出て行こうとしたそのとき


 「綾菜、忘れ物」


 その言葉に思わず振り返る。そして同時に片腕を引かれた。


 「ん… んんぅ…ッ」


 (?!)

 

 私の唇は宏人さんによって塞がれていた。もう片方の手で頭の後ろを抑えられている。


 「んん…ッふ」

 抵抗を試みるも逃げれない。

 (もう最低最低最低!何こいつほんとに最低!唇噛みちぎってやる!)


 ゴリッ


 「いってえ!」


 「ホント最っ低!」

 (どうしてあんたみたいな遊び人に私の処女もファーストキスも捧げなきゃいけないのよ)


 なんだか悔しくて涙が出てくる。

 「大っ嫌い!」


扉を再度開ける。


 「おい、待てよ」

 そう聞こえたが振り返ることはなく、そのまま出て行った。



 「ーー社長?ーー、社長、聞こえてますか?」

 鈴木の顔が視界いっぱいに映る。


 「わ!ごめん、え、なに?」


 「どしたんですか?ボーッとして…今日変ですよ?」


 「だから、この松井物産の先方が是非うちと提携したいと仰っていてそのままゴーしていいかどうかって話です」


 「あーうん!大丈夫!」


 「了解です」


 「頼んだ!私このあとアポあるからそろそろ行くね!じゃ」


 「はい、お気をつけて!」


 「じゃ、また後で」


 「あ!」という鈴木の声に振り返る。


 「それから社長、その髪、降ろした方がいいですよ」


 指摘されたのは、ポニーテールにしていた髪型だった。


 「あ、そう?」


 (久々に髪結んだけど、似合わなかったのかな…)


 部下の指摘通り綾菜は髪を下ろした。

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そろそろ恋活始めます 城之内リア @uretainoveler

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