第10話 脱処女?

 「…ぅ…ん、…ふぁ」


 息が苦しい。息が上手くできない。


 「ん…ッ、ふ…ぁ、は…んぅ…ッ」


 (ひろ…と…さん?)

 ボヤける視界の中で映るのは彫刻のような美しい顔。


 「んぅ…ッ」


 何度も何度も、角度を変えては唇が重なり、濡れた長い舌で掻き回され、捏ね合わされた唾液が口の端を伝った。



 チュンチュンチュン


 (眩しい…)


 「ん…」


 (夢…か…なんて夢朝から見てんだ私)


 「よお、起きたか?」


 (ん?宏人…さん…?)


 「大丈夫か?」


 (えっと…って、ん?!)


 「え、ここって…」

 (どこ?!)


 自分のいる場所に気づき、一気に寝ぼけた頭が覚醒した。

 

 「俺の家」

 (は?え?)


 そして、自分の格好…

 (上…ブラあ?…下は…パンツう?!)


 「キャー‼︎」

 

 布団を手繰り寄せ、宏人さんを睨んだ。

 (油断した‼︎そして、ぜんっぜん記憶にない泣)

 

 宏人さんはスーツ姿に対し、私はベットの上で裸みたいなもんだ。

 (待って…私…もう処女じゃない?!あーわかんない!なんでその記憶もないのよー!)


 「言っとくが、俺は悪くないからな」

 (はあ?!なんこの男)


 「はあ?!最低!この強姦魔!」


 「あ?なんだと?!この俺に楯突くとはいい度胸だな」

 

 そう言いながら近づいてきた。


 「な、何よ?!」


 宏人さんは近づきながらベッドに膝をつき、その重みにベッドが軋む。


 「ちょっとこっち来ないで!それ以上来たらーー」


 するといきなり顎を持ち上げられた。

 「来たら?どうするんだ?」と嘲笑したようにニヤッとする宏人さん。


 私が何も言えずにいると、

 「むしろ積極的だったのは君のほうだろ?」と付け加えた。


 (う、嘘だ!)

 そう思い、ひと睨みする。


 なのに、またニヤッとしながら至近距離で見つめてくる宏人さん。


 (え、何?嘘じゃなくてホントなの?!)


 私が混乱していると、宏人さんの手が顎からフェイスラインに沿うように耳下に移動してきた。


 (ま、ま、ま、待って!どんどん顔近づいてくんじゃん。なになになになに?!キスされんの私?!キャー!)


 突然の事態にどうしたらいいかわからず思いっきり目を瞑り、せめてもの抵抗で手を宏人さんの胸板に精一杯押した。


 (ん…?キス…され…て…ない?!)


 薄く目を開く。

 至近距離に宏人さんの顔はない。


 「クッ…」


 (何?)


 目を開く。


 「クククッハハハッ」と笑う宏人さんに怒り爆発。


 (このクソ野郎私を揶揄ったな‼︎)


 「最っ低!もう出てって‼︎」


 そばにあった枕を宏人さんに投げる。


 「いってえなあ〜」


 ムカつくからもう1個追加で投げる。

 なのに、華麗にキャッチされた。

 それが余計にイラつかせる。 


 「そこに着替え置いてあるから、着替えたら降りてこい。朝食できてるから」


 「いいから出てって!」


 「はいはい(ここ俺の家だけどな)」


 バタン


 扉が閉まったのを確認すると、ベッドから降りる。


 (なんなのアイツ。もうサイテークソ野郎だ。人の処女勝手に奪った上に揶揄いやがって!バーのときまでは素敵男子だと思ってときめいていたあの時の自分をしばきたい…)


 とりあえず早く着替えてさっさと出て行こうと思い自分の服が置いてあったカゴに手を伸ばす。

 

 カゴの中には綺麗に畳まれて置いてあった。


 (わざわざ畳んでくれたのね)


 服を広げ、着ようとしたそのとき、フワッと柔軟剤の香りがした。


 (あれ、私んちの柔軟剤ってこんな匂いだったっけ?…ま、いっか)


 着替えてから下に降りると美味しそうなご飯の匂いがする。


 (味噌汁の香り…お腹が…いや、いかんいかんすぐ帰るのだ)


 「おはようございます」

 そう言ったのは、40〜50くらいの母と近そうな年齢の女性だった。


 「おはようございます…」と返した。


 説明がなくとも多分家政婦なんだろうなと分かった。


 こんなでっかい家がこんなにも清潔に保たれていたからなんとなく予想できた。


 テーブルには、美味しそうな和食にムカつく奴が新聞を読みながら鎮座していた。


 「私のカバンはどこでしょうか?」

 

 そう問うと、宏人さんは見ていた新聞を置き、「あっち」とソファのほうをゆび指した。


 私は指されたほうへ歩み、カバンを手に取る。

  

 帰ろうと振り返ったその瞬間、何かに顔面をぶつける。


 (イッタ…)


 それは宏人さんの鍛え上げられた厚い胸板だった。


 ドキッ

 (ってドキッじゃないのよ自分!この男は最低なんだから)


 「な、なんで無言で後ろにいるんですか?」


 私の問いかけにはフル無視で「帰るのか?」と逆質問。


 「そうですけど何か?」


 「朝食食ってから帰れよ」


 「お腹すいてー」

 グウー

 (鳴るな鳴るな私の腹。聞こえてない。鳴ってない)

 「ーないから」


 「クククッ 嘘つかなくていいから。はいこっち」


また馬鹿にしたように笑い、両肩を掴まれテーブルの席に座らされた。


 目の前にはなんだかニコニコの宏人さん。


 (気のせいでしょうか…私あなたの前で醜態ばかり晒してませんか…)

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