第9話 深夜2時の失態

 5、4、3…

 エレベーターの階数表示が私のドキドキを加速させる。

 チーンという音とともにエレベーターは1階に止まった。


 宏人さんは下で待っていると言っていたが、もういるのだろうか。


 外を出ると、建物のすぐ目の前でタクシーの前に立つ宏人さんを発見した。


 「お疲れ」


 「お、お疲れ様です!」


 (うわあ、スタイルよ!かっこよ!もはや、神々しい…)


 銀座のネオンで町は輝いているはずなのに、むしろ宏人さんの周りが輝いているような錯覚に陥る。


 「行きつけのバーがあるんだが、ちょっと歩くからタクシーでもいいか?」


 「あ、はい!大丈夫です」


 とは言っても、タクシーに乗っていた時間は5分もなかった。


 (こんなの歩いたほうが絶対いいじゃん…もったいない…本当に金使いが荒いのでは…)

 そう思ったが、この貧乏性を馬鹿にされそうなのとせっかく送迎してくれたのに文句言うのも違うと思い、口には出さなかった。


 タクシーから降り、宏人さんについていくと地下の階段を下りた。そこには、こじゃれたこじんまりとしたバーがあった。

 

 「いらっしゃいませ!あ、待ってました~」

 

 扉を開けるとバーカウンターが見え、眼鏡をかけた青年がカウンターの向こうから声を掛けてきた。

 「こちらにどうぞ」とその青年は空いていた奥のカウンター席に案内した。

 

 「この時間に来るなんて珍しいですね」と私を見ながらニヤニヤして言う青年。

 

 (なんでしょうか?なんでお前が宏人さんの横にいるかのかとでも言いたいのだろうか…)


 青年の表情を知ってか知らずか「まあな」と軽く返事をする宏人さん。

 

 「お姉さん何飲みますか?」


 「え~私こういうとこ来たことなくってよくわかんないです…」

 

 「じゃあ、俺のオススメとかでいいですか?」


 「あ、はい!お願いします」


 そう言ってお兄さんは、フルーツ系のカクテルを出してくれた。

 

 宏人さんは、いつものやつという注文だけで何かのロックを飲んでいた。


 「急に悪かったな。呼び出したりして。明日仕事だよな?」


 「いや、全然!大丈夫ですよ!私この時間はふっつうに起きてるので」


 「へえ、夜型なんだ」


 (あーもう、何を話せばいいんだか。とりあえず、横を見れない…)

 とにかくじっとしていると余計緊張する気がして、目の前のカクテルを30秒間隔で口づける。


 宏人さんのかっこよさと色気にやられて、自分でも会話をできているのか把握できていない。

 

 しばらくすると「トイレ行ってくる」と宏人さん。


 私は宏人さんがいなくなった瞬間、ようやく気が抜けた。

 「ハア~緊張した~」と思わず漏れた独り言に、眼鏡の青年が「緊張してたんですか?」と驚く。


 「はい…私ちゃんと会話できてましたかね?変なこと言ってたらどうしよう」


 「ハハハ…多分大丈夫ですよ。神崎さんとは今日知り合ったんですか?」


 そう聞かれ私は「はい」と頷く。


 「そうなんですね!あ、ちなみにこれ俺が言ったこと神崎さんには秘密でお願いしますね」と耳を寄せるよう手招きされる。


 「神崎さん、ここに女の子連れてきたの初めてですよ」


 「え、そうなんですか?!」

 私が初めてと聞いて思わず舞い上がってしまった。


 「なにやら楽しそうだな。何話してたんだ?」

 その声の主は戻ってきた宏人さんだった。

 

 「別になんでもないですよ」と青年が答える。

 

 「なんだか怪しいな」と目を細め私たちを見る宏人さんに「本当に何でもないですよ!」と訂正しておいた。


 「あ。ちなみに、俺ここでは中坊って言われてるんでお姉さんも中坊って呼んでくださいね~」と青年は話を逸らした。


 宏人さんと他愛もない話をしている最中にも「ここに女の子連れてきたの初めてですよ」と教えてくれた中坊の言葉が脳裏をよぎる。


 もしかして、私は特別なのかもしれない。

 そう思っていたが、次の宏人さんの言葉で私の浮かれた考えは見事に打ち砕かれる。


 「実はさ…化粧品の会社経営してるって言ってただろ?俺の会社も美容業を展開しようかとちょうど考えてたところなんだ。そこで、柴乃ちゃんの意見を聞きたいと思ったんだ」


 「あ、そうなんですね!」


 (だから私を呼び出したのね。そうだよね。こんなかっこよくて仕事もできる完璧な人が理由もなしにわざわざ私なんかに時間割いたりしないよね)


 なんだかその事実にムカついて、中坊に「中坊、もう一杯ください!次はちょっと度数濃いめで!」と注文。


 その様子を見ていた宏人さんは、「お酒強いんだな」と一言。


 (強くないわよ。むしろいつもノンアルしか飲んでませんけど!)


 「もちろん、私にできることならなんでも相談乗らせていただきますよ(ニコッ)」

 なんだか私だけが緊張して、浮かれてバカみたいでそんな自分が惨めで、もうどうでもいいや精神。


 再び新しく目の前に来たお酒を飲む。


 「…じゃあ、今日はもう時間も遅いし、今週の日曜もし空いてるなら詳しく聞かせてくれないか?」

 

 「日曜はいつも休み…」

 (あーなんかめっちゃ頭痛い…そういやさっきのシャンパンもなんだかんだ結構飲んでたし、このお酒もちょっと濃いめって言ったのに、結構濃いし…なんか気持ち悪い…)


 「おい、大丈夫か?」


 「らいじょぶ…です…」


 絢菜の回る世界に宏人が思わず両手で絢菜の体を支える。


 (宏人さんの腕時計高そ…本当にお金持ちなんだ…)


 その腕時計はちょうど2時を指していた。


 「紫乃ちゃーん!おーい…」

 (宏人さんの呼ぶ声が聞こえる…)

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