第25話 モノクローム

柔らかな日差しが膨らみ始めた桜のつぼみを照らす。

雲一つない空、まだ少し冷たい空気を春風が押し流す。


晴れ晴れとした表情の生徒もいれば、友人に背中をさすられながら泣く生徒もいて、他にも写真を撮ったり、後輩に囲まれたり、それぞれがそれぞれの想いを抱えてここに居るのを感じる。


ふと自分の胸元を見ると、式前に下級生の子が差してくれたんだろう、5枚の花びらを誇らしげに広げた桜のコサージュが紅白のリボンを揺らしていた。


卒業・・・式だ。


わたしの、わたしたちの・・・


あかり


不意に声を掛けられて振り向くと、いつの間にか詩織が後ろに立っていた。

彼女の胸にも自分と同じ桜色のコサージュが揺れている。


「彩は、やり残したこと、ない?」


「え?」


「わたしたち、今日で卒業しちゃうんだよ?彩はやり残したこと、ない?」


詩織はなにかを見透かすように目をのぞき込んでくる。

わたしは不安になって周りを見回す。


なんだろう?なにか大切なことを忘れているような・・・


遠くで男子たちの歓声が上がる。

子どもみたいに屈託なく笑いあう男子たち。

見慣れた顔の子が多い。きっと同じクラスの子たちだ。


「本当にいいの?明日からもうわたしたちは高校生には戻れないんだよ?」


詩織がゆっくり、念を押すように確認する。

なんだろう?なにかが引っかかる。

今詩織の言葉のどこに引っかかったんだろう。


一生懸命思考は詩織の言葉の意図するところが何なのかを考えるけれど、どうしても視線がクラスの男子たちの方を向いてしまう。


今、確かにここが分岐点だ。

でもなんの?

わたしは何をしなければいけないの?


詩織はふっと少し寂しそうに笑って振り向くと、一人校門へ向かって歩き出す。


「待って!詩織!待ってわたし・・・」


詩織には聞こえないのか、少しずつ彼女は遠ざかっていく。

それと同時に周りの喧騒が消えて、やがて自分の声すら聞こえなくなって、それでもわたしはなにかを叫んでいた・・・


はっと目を覚ますとそこはいつものベッドの上だった。

額には汗が浮かんで、のどはカラカラ。

なにかを叫んでいたような、でもぼんやりとした輪郭しか思い出せなくて、しばらく呆然としながら毛布の上に置いた自分の震える手を見つめる。


悲しい夢だった。

自分の人生の、なにかとんでもなく大切なものを失う後悔を感じた。


何だろう?いったいわたしは何を失ったんだろう?

治まらない動悸に考えがまとまらないでいると、屈託のない笑顔、明るい笑い声が、どこか遠く聞こえた気がした。







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雨空が晴れたら 夏音 @natuno_oto

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