第一章 - ゴルタル2世

大統一戦争 緋色戦争篇


第1章

 

時:北暦 3159年 10月3日

地:ヴァレンシア王国首都 ヴレティーア 王宮

人:ヴァレンシア王 ゴルタル2世




「伝令!革命軍が南部都市トーデリアを攻撃。防衛軍奮闘するも力及ばず敗走。市民は混乱状態。早急に指示を乞う」


「伝令!革命軍の攻勢により中部都市チェルチエンが陥落!県令は処刑され、市庁舎に革命旗が掲揚!」


「伝令!マデラルボルの防衛線が突破され、革命軍は北部に侵攻。港湾都市サントキャーネスが包囲され、激しい戦闘が継続中!」



 王政府の統治の危機を伝える早馬は、次第にその頻度を増し、矢継ぎ早に情報をもたらした。革命軍の進撃の波が、王宮にこだまする。




「国王陛下、恐れながら、事態は予想以上に深刻やもしれません。」


 そう言うのは宮宰のイエルーガである。


 歴代のヴァレンシア王の中で、優秀な部類に属するであろうゴルタル二世が、事態の深刻さに気付かぬはずはない。それを分かっていてもなお、国王に注意を喚起するのが、イエルーガの仕事であった。


「ヴァレンシアは東西に1000キロ、南北に1500キロにわたって広がる広大な領土を持ち、諸都市は各地に分散しています。先王の努力により街道の整備は整っておりますが、山や川を迂回するため、その距離は直線距離に比べてはるかに長くなります。トーデリアからヴレティーアまで直線にして700キロ、チェルチエンからは650キロ、マデラルボルからは460キロ。早馬を飛ばしても複数の時日を要する距離となります。」


 イエルーガはそろばんに数字を打ち込んだ。


「トーデリアの敗走は10日前、チェルチエンの陥落は8日前、マデラルボルの包囲は6日前、このあたりが妥当なところでしょうか……」


 イエルーガはゴルタルの目を見据えた。


「これらはいずれも遠い過去の出来事。現在、事態は更に進行していることでしょう」


「駐屯兵は何をしておったのか!このような事態に至らぬよう、臣民を監視することが彼らの主たる仕事であるというのに!」


 ゴルタルは声を荒げた。




 500年前に南部ラトア軍縮条約が締結されて以降、この地域で大規模な戦闘が起こったためしはない。であるから、各地に駐屯する兵が目を光らせる主たる対象は、国家の外部ではなく内部にあった。


 肥沃さに欠ける南部ラトアの地にあって、ヴァレンシアの南に広がる大森林は貴重な木材資源の産出地であった。王政府は、現地住民に林業への従事を強要し、生産された木材を租税として徴発し、それを南部ラトア一帯に売りさばくことで、大きな国際力を有するに至ったのである。南部ラトア一帯の諸国家にとって、ヴァレンシアに歯向かうということは、自国の木材が枯渇することを意味した。木材は、技術体系の根幹である。諸国は、自国の黄金技術を維持するために、ヴァレンシアに依存せざるを得なかった。南部ラトアに500年続いてきた秩序は、ヴァレンシアの林業によって築かれたと言っても過言ではない。


 一方、ヴァレンシアの南部で林業に従事する人々は悲惨な生活を強いられた。豊富な木材資源に囲まれていながら、彼らはそれらを使うことを禁じられていた。かれらが使うことを許されたのは、王政府によって支給される雀の涙ほどの端材や木片であり、それらは過酷な冬を乗り切るための薪として使われたため、彼らの家や家具や道具は、常にボロボロの状態だった。これでは王政府への叛意が起きない方が不思議である。


 では彼らに木材の使用を許すのか?そのようなことはもってのほかである。ヴァレンシアの木材は貴重な外交の具であり、一本たりともおろそかにすることはできない。自国民を優遇するばかりに、木材を欲している隣国に不便をかけることがあれば、それはそのまま地域大国としてのヴァレンシアの座を揺るがすのである。


政治にベストなどない。常にベターな道を取るしかないのだ。南部の臣民がいかに惨憺たる生活を送ろうとも、それによって南部ラトア一帯に平和が築かれるのであれば、それは必要な犠牲であると言えるだろう。


 多くの兵を駐屯させ、臣民の動向に目を光らせておけばいいのだ。反乱が起きないように警戒さえしていれば、毎年木材は納入され続ける。彼らにとっては不本意極まりないだろうが、生きる道がそれしかないから、王政府に木材を修め続けざるを得ないのだ。彼らには彼らのベターがある。




 堅固に思えるこの体制は、16年前に大きく揺らいだ。3143年のハボナード革命闘争である。革命闘争という大層な名とは裏腹に、この事件の実態は非常に小規模なものだった。南部の木材生産の拠点であるハボナードにて、王政府の転覆を目的とする革命部隊の活動が報告された。駐屯軍が革命部隊の本拠地とされる打ち捨てられた古城の強制捜査を敢行すると、その地に潜む革命分子との戦闘が勃発し、10数名の死者を出した。しかし、訓練を重ねた駐屯兵と烏合の衆である革命軍との戦力差は歴然で、わずか3時間で拠点は陥落した。捕まるか投降した反政府勢力は、家族ともども一人残らず処刑され、王国は禍根を断った。


 ここまでは、今までにもまれにあった反乱活動として処理される範囲の事件であったが、直後に拠点にて発見された隠された地下倉庫は、王政府を震撼させた。膨大な数の武器が揃えられ、王宮にあるのと遜色ないヴァレンシア全土の詳細地図や、そばに置かれた無数の計画書は、革命軍が厳密に統率され、指揮されていたことを示唆していた。あとわずかにでも発見が遅れていたら、勝敗は逆転していたかもしれない。500年続いた支配体制の基盤に入った亀裂の音を、ゴルタルは聞いた気がした。


 これだけの組織を整備し、統率した首謀者が逃亡し、未だに行方が分からないことも、王政府の頭痛のタネだった。




 この事件の反省もあって、ゴルタルは南部の駐屯兵の数を大幅にを増やし、反政府的な活動に目を光らせた。同時に、少しでも不穏な動きを見せたものは家族ともども容赦なく投獄し拷問し処刑した。当時、ゴルタルはヴァレンシア王政府に入った亀裂を修復したつもりでいた。しかし、崩壊は着実に進行していたのだ。あるいは、この過剰な締め付けこそが、王政府に対する反感の増加と、今日のこの事態をもたらしたのかもしれない……。




「御心配にはおよびません」


 近衛隊長の声が、ゴルタルを思索から現実に引き戻した。


 全ヴァレンシア軍の一割に相当する5600名を擁する近衛連隊は、首都ヴレティーアのみならず、ヴレティーア県一帯に駐屯し、その地の秩序を守護していた。


「反乱軍の頭目はもう割れております。カルロス・サンチェスという男だとか。なんでも16年前の革命闘争の生き残りと聞いております。」


 カルロス・サンチェス。あのとき、わが軍がとらえ損ねた反乱の首謀者はあるいは彼だったのかもしれない。


「今更やつらに何ができるというのです?陛下も16年前の反乱軍の無様な敗北をご覧になったでしょう。わずか3時間、やつらはわずか3時間でせん滅されました。あれから16年鍛錬を重ねたとて、どれほどのことができることやら」


 近衛隊長は得意げに言葉を次いだ。


「実は私もあのとき中隊長として戦闘に参加しましたが、まったく手ごたえの無い連中でしたよ。ご安心ください。私は必ず勝ちますので」


 おそらくはゴルタルを安心させるために発したであろうその言葉は、ゴルタルの心理になんの効果ももたらさなかった。


「心配などしておらん。だがな、慢心は大いに注意すべきものだぞ。それよりナバゴン元帥はどこにいる?軍の統率者たる彼に、今後の戦略を聞きたいのだが。」


近衛隊長は肩をすくめた。


「元帥なら、先ほど伝令が届くと同時に、討伐軍を率いて王都を発ちました。王都の留守は、私がお預かりしております」


 元帥が王への報告もなく都を離れた?元帥という役職の持つ権力の大きさゆえ、彼の行動は法によって著しく制限されていたはずである。今回は緊急事態であるし目をつむるにしても、今後問いたださねばならないだろう。


 そこへ、4人目の伝令が飛び込んできた。


「伝令!先ほどナバゴン元帥率いる討伐軍がビガ川を越え、ヴレティーア市外に出ました!」


「そろそろ頃合いだな……」


 近衛隊長はそうつぶやくと、足早にゴルタルに歩み寄った。


「なんだ?」


 それに反応しかけた瞬間、天地が逆転し、気が付くとゴルタルは床に組み伏せられていた。


「どういうつもりだ……!気でも違ったのか⁉」


「先ほど申し上げたではありませんか。私は必ず勝ちますと。」


 隊長は言葉をつづけた。


「私が、カルロス・サンチェスだ。」




 玉座に荒縄で縛り付けられたゴルタルには、目の前で展開されている状況をただ眺めることしかできなかった。伝令が次々と情報をもたらす。


 南部諸都市の駐屯兵が革命軍に合流し、市民と共に市内を凱旋していること。ゴルタルを人質に取られたナバゴン元帥が、革命軍に対し降伏し、討伐軍を解散したこと。


 絶望ばかりの報せの中で、王太子マテラル公の行方が未だに分からないことだけが、ゴルタルの救いであった。事ここに至って、自身の運命はすでに決していることを、ゴルタルは理解していた。マテラルよ、無事でいてくれ……。


 たとえわが命果てようとも、血筋が遺されている限り王家は不滅である。ヴァレンシア王家再興は託したぞ、ゴルタルは心中でつぶやいた。


「16年前の革命のときに私は学んだのです。」


 気が付くと目の前にサンチェスがいた。


「どれだけ革命組織を鍛錬しようとも、ヴァレンシア軍は大したものだ、まったく歯が立たない。だから私は軍に入ったのです。外部ではなく内部から、この国を瓦解させるために。


 どうしてこんなにも革命軍の進撃が素早いか気になっていたことでしょう?それは、革命軍の大半がヴァレンシアの軍人だったからですよ。いやまったく、この国の軍隊は優秀だ。


 あなたの最大の失敗は、政府をよく思わない者が支配体制の内部にも広がりつつあったことに気づけなかったことですな。」


「貴様が反乱軍の頭目というのなら、なぜあのような無駄話をしたのだ?近衛隊長だなどと偽って。」


「一度言葉を交わしてみたかったのですよ。私の親、兄弟、親しい友を革命共謀罪で皆殺しにしたヴァレンシア王政府の支配者とね。いやまったく、あなたはこの虐殺に全くなんの感傷も持っていなかった。分かってはいましたが……切ないものですね」


サンチェスはサーベルを抜いた。磨き上げられた刀身に映る自らの姿を見て、ゴルタルはこの剣が何を切るためのものなのかを明確に理解した。


「最後に一つだけ言っておく。貴様は幼稚だ。貴様と貴様の友達のために南部ラトア一帯の秩序を破壊し、そこに住む1000万の人々を混乱の渦に叩き落したいのなら、そうするがいい。だが、いつか必ず後悔し、絶望する日が来るだろう!」


その刹那、にわかな衝撃と共に視線が回転した。消えゆく意識の中で、ゴルタルは切り離された自身の胴体を見た。


「革命は成った!悪しき王国は滅び、新たな共和国が建つ!革命万歳!ヴァレンシア共和国万歳!」


 ゴルタルの脳裏に、人々の叫びがこだました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

大統一戦争全史 トキノヒロバ @Tokinohiroba

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ