大統一戦争全史
トキノヒロバ
前書き -あなたはまだ本当のポムソンを知らない-
周知の通り、さかのぼること1800年前の3195年、オズマ帝国の名君ウエルダ3世と名宰相カール・ノワール・ポムソンは、200を越える世界各国をことごとく平定し、史上初となる世界の統一を果たし、21世紀末の科学文明崩壊後、800年にわたって継続した戦乱の世に終止符を打った。
ウエルダは内政に、ポムソンは外政に非凡なる才能を発揮し、特にポムソンの軍事指導の天才性は、人々に彼を「1万年に一人の天才」と言わしめた。
このポムソンの言行録を著したのがウジフ・タユトモであり、この功績により、彼は初代クロノプラティア(時の守り人)公に叙せられた。全1万ページになんなんとするこの大著には、ポムソン自身により『大統一戦争』の名が冠された。
『大統一戦争』は世界で最も出版された書物といっても過言ではないだろう。ポムソンの行った偉業は、歴史として、伝説として、神話として世界で語られた。
今日、ポムソンは概念となった。彼の言行はいずれも”常識”として、人々に浸透するに至ったのである。
しかし、我々は誰一人として、本当のポムソンを知らない。
そもそも『大統一戦争』の初版は、ポムソンの意向もあり、個人の言行録であるにも関わらず、非常に普遍的な内容が描かれていた。ポムソンの業績、功績のみならず、彼の犯した過ちについても事細かに触れられていたのである。初版に描かれたポムソンは、かつてこの世界に確かに存在した”等身大の”ポムソンであったのだ。しかし、このポムソン像は、後に建った様々な勢力により、歴史の闇へと追いやられ、消えていった。
ポムソンらによって建てられた世界帝国は、支配を正当化するプロパガンダの一環として、『大統一戦争』を積極的に利用した。帝国は膨大な数の『大統一戦争』を出版し、これを読み、建国の祖の天才性を称えることを世界市民の義務とした。この『大統一戦争』において、ポムソンの負の側面は徹底的に覆い隠され、彼の偉大さのみが強調された。そこに描かれたポムソンは質実剛健な英雄であり、彼がもたらした世界帝国の時代は、世界史上の黄金時代として語られた。
一方、世界帝国の樹立から年月が経過して体制のたがが緩み、帝国に反旗を翻す勢力が現れるようになると、彼らもまた、『大統一戦争』を利用した。彼らは、帝国で出版されたものとは対照的に、ポムソンを悪く醜く描くことで、世界帝国への叛意をあらわにしたのである。ここでは、ポムソンの業績がことごとく覆い隠され、彼の悪行や失政が全面に語られた。そこに描かれたポムソンは悪逆非道な愚者であり、彼がもたらした世界帝国の時代は、世界史上まれに見る暗黒時代であった。
『大統一戦争』は世界帝国の時代に240億部、帝国に反旗を翻す勢力との“内戦”の時代に60億部、世界帝国崩壊後に15億部が発行され、今日までに315億部を越える書籍が世界に流布する結果となった。これは、初版発行から今日までに生を受けた全ての人間の89.83%にのぼる膨大な数字である。こうしてポムソンは人口に膾炙した。
しかし、ここに描かれたポムソン像は、いずれもウジフの初版を時の権力者が都合のいいように解釈したものであるに過ぎない。大衆がよく知るポムソンは、たいてい善か悪かに大きく誇張されており、実在した彼の面影は、限りなく希釈されている。我々は皆、ポムソンについて知りながら、彼について何一つとして理解してはいなかった。
秘められた過去への扉を開く鍵は「火」であった。
昨年、4998年6月13日、ライヒ帝国首都ウエスト・ガルテンより出火した火はみるみる燃え広がり、わずか半日のうちに首都北部全域が焦土と化した。
13ヘクタールにおよぶ焼失地域の中には帝都公文書館が含まれ、膨大な数の歴史的・文化的遺物が失われたが、中でも最大の損失は、ライヒ帝国の太祖レグラス・レミーアーロンが、世界帝国の最後の残党たるオルカ帝国を滅ぼした際に入手したとされる『大統一戦争』の初版であった。ライヒ帝国政府報道官は、数多くの人命と共に、これらの貴重な遺物が失われたことを沈痛な面持ちで公表し、世界各国は、揃って哀悼の意を表した。
こうして幕を下ろすかに思われたこの騒動は、実はまだ、始まりに過ぎなかったのである。
翌日、クロノプラティア公国政府は、突如として『大統一戦争』の初版を公開した。世界が動揺する中、各地の研究者らによって筆跡や腐蝕度の綿密な調査が行われ、この初版が、紛れもない実物であることが証明された。執筆より1800年、何の改変もない初版が世界に向け公表されたのは、これが始めてのことであった。
これまでも世界に跋扈した数多くの権力者や研究者が、クロノプラティア公国に対して初版の開示を求めた。1万年に一人の天才、世界を統一した英雄の実像。権力者や研究者にとって、そこに描かれた情報には万金の価値があったのである。それに対する公国の返答は一辺倒だった。「完成された初版は大帝に納めた一部のみであり、我々の手元には存在しない」それでも、公国が初版を厳重に秘匿しているという噂は絶えることが無かった。なんの根拠もない流言と思われていたこの噂は、真実だったのだ。
初版に対して、これまでも数多くの推察が成されてきたが、いざ公表された初版は、それらの予想をことごとく裏切るものであった。そこに描かれたポムソンは英雄でも愚人でもなく、物語の主役ですらなかったのである。
この書を読むあなたは、本当のポムソンを知ることになるだろう。
4999年3月27日
汎世界最高学府(スタディオン)史料編纂部部長 ローレンス・ガードナー
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