終わりの街のエトランゼ

初美陽一

エトランゼ


           私は、エトランゼ。


          ここは、〝終わりの街〟


           今日も、魂をおくる。




 銀髪というよりも白っぽい、長い髪が風に撫でられるのを、感じながら。

 空が近いような気がする、牧歌的な雰囲気のこの街を歩いていると。


 鮮やかな色彩の日傘ひがさを差す、ブロンドの貴婦人から声をかけられた。


「あら、ごきげんよう、エトランゼ様」


「こんにちは、ナターシャさん」


 ぺこり、軽くお辞儀し合っていると、バイクを駆っていた高齢の男性が、わざわざ立ち止まって挨拶してくれる。


「やあエトランゼ様、元気かい?」


「ウィリアムおじいさん、おかげさまで」


 ニカッと笑った男性が、それはよかった、と軽く手を挙げて、走り去ってゆく。


 と、少し離れた所から、農作業していた男性の大声が。


「エトランゼ様~! さっき、こ~~んなでっけぇ芋が取れたんでね、後でおすそ分けに行きますよ~~~!」


「どうもありがとうー、田所たどころのおじさまーっ!」


 黒髪にだいぶ白髪の混じった男性に、大きく手を振ると、にこやかに手を振り返してくれて、彼はそのままくわを振り上げて作業に戻った。



 ここは、〝終わりの街〟――役目を終えたモノの魂が、訪れる場所。

 先ほどの日傘も、バイクも、鍬も、そうして来たものだ。この街の住人は皆、それらを使って、生活を営んでいる。



 穏やかに過ごす人々を眺めながら、のんびりと歩いていると、そこへ。


「え、エトランゼ様っ……す、すみません、ちょっと来てもらえませんかっ!?」


 息を切らせて走ってきた男性の様子が、見るからに只事ただごとではなさそうで、言われた通りについていく。


 すると、そこには―――


「……爆弾、ですね」


 私がそう言うと、男性は「ひっ」と怯えて後ずさりした。

 楕円形の、見るからに硬質な鉄、その中に、の〝魂〟を感じる。


 先に集まっていた何名かの内、年配ながら精悍な男性が語りかけてきた。


「炸裂弾だなコリャ。不発弾だったら大変だが、どうだいエトランゼ様」


「……ええ、入っちゃってるみたいです、中身」


「ああクソ、やっぱりか。オーイおまえら、念のため離れて――」


「大丈夫ですよ」


 にこりと微笑み、私は目の前の爆弾……炸裂弾? に、手を触れて。



「怪我人が出たら、大変ですから―――すぐにおくりますね」



 言って、そのまま――私の手に、ランプに火を燈したような、薄ぼんやりとした光が生まれると。


 爆弾は―――光と共に、消え去った―――


 その様子を見て、ほっ、と一息ついた男性が。


「はあ~……助かった。さっすがエトランゼ様だ! がっはっは!」


 豪快に笑ってくれるもので、ついつい気圧されてしまって、「あ、あはは」と笑い返すしかできなかった。


 ◆  ◆  ◆


 この〝終わりの街〟に訪れるモノ達は、ここで誰かに使われ、その魂を昇華することで、満足したように消えていく。

 住人たちも私も、生活のために使わせてもらっているが、〝魂の昇華〟も目的だ。


 危険があるモノは、さっきの爆弾のように、私が早めにおくってあげたりもするけれど。

 それが出来るのは、なぜなのだか、私だけだから、いつの間にか〝様〟なんて呼ばれるようになってしまった、けれど。

 ……十代半ばと少し程度だろう、こんな小娘に、正直、柄じゃないと思う。


 そんなことを考えつつ、歩いていると――少しだけ、開けた場所に。


 様々なモノが、山積みになって置かれていた。鍬やノコギリ、古びたラジオに、映写機。パソコン、だとか、ゲーム機、だとか。見た目には最新型のテレビなんかも。


 もうじきに、魂が昇華されるのだ。


 それを見送る住人たちの中には、思い入れがあったのか、涙ぐんでいる人もいる。置いていったら、仕事があるのか、さっさと帰っちゃう人もいるけれど。

 猫ちゃんも、くしくしと片手で顔を洗いながら、見守っていたりして。


 山積みのモノ達が、薄ぼんやりと発光して、消えていく――中には、まだ暫く消えないモノも、あるけれど。


「……………あら」


 それを見ていた住人たちから、少しだけ離れた所に、ぽつんと。

 褐色肌の、十代前半ほどの少年が物憂げな表情で、膝を抱えて座りながら、消えゆくモノ達を見つめている。


 どこか悲痛にさえ見える、その様子が気になって、私は声をかけることにした。


「―――こんにちは、セルジュくん」


「…………えっ? ……わ、わあっ、エトランゼ様!?」


 不思議なほどに慌てる少年、セルジュくんが、褐色の頬に朱色を交えて。

 驚かせてしまったことを申し訳なく思いながら、軽く屈みつつ、私は語り掛けた。


「どうかした? 何だか、思い悩んでたように見えたから……気になっちゃって」


「あっ。……えっと、その……」


 少しだけ言いよどんでいたけれど、少し間を置いてから、彼は話し始める。


「……隣に住んでいた、お姉さんが、結婚して。この街から、引っ越して行って」


「ああー、うん」


 私も、覚えている。結婚式は豪華ではなかったけれど、屋外の晴天下で行われて、道行く人に祝福されて、とても幸せそうな様子だった。

 そうして、愛する旦那様と共に、この街から旅立って行ったのだ。


 けれどセルジュくんは、どうにも、心に引っかかるものがあるらしく。


「今までにも、色んな理由で、この街から引っ越して行った人はいて……きっと、どこかで幸せに暮らしているんだろうけど。……この街に戻ってきた人って、一人もいなくって」


「………………」


「寂しい、とは違うと思うんです。イヤなわけでも、ありません。でも、何だか、気になっちゃって。……気になって……なんだか、僕……」


「………………」


「少し、少しだけ……怖―――」


「セルジュくん」


 俯きそうになった顔を上げさせるように、私は声をかけて。

 

 彼に、こう提案した。



「〝終わりの街〟の先、見に行ってみる?」


「………………えっ?」



 ◆  ◆  ◆


〝終わりの街〟の道を、歩いてゆく。一人の少年と、並んで。


 彼、セルジュくんはなぜか緊張しているようで、ギクシャクとした歩き方をしているけれど。


 何となく心配に、けれどそれ以上に可笑しくなりそうになるのを堪えながら、私はお姉さんぶって促してみた。


「セルジュくん、大丈夫? 疲れたなら、手でも繋ごうか?」


「……へっ!? いいいえ、大丈夫ですっ、僕その、体力は自信あるんでっ」


 少しだけ残念になりながら、何となく弟のように思えてくる彼に笑いかける。


「そっか、たくましいんだね。まあ私、小娘だし、お姉さんとしては、ちょっと頼りないからなあ――」


「っ――そんなことないです!」


「え?」


 どことなく遠慮した様子だったセルジュくんの即答に、つい面食らっていると、彼は〝しまった〟という顔をしつつ、それでも言葉は止めない。


「あの……エトランゼ様は、頼りなくなんて、ないです。その、いつも毅然として、でも穏やかで、優しくて……目が、まんまるで、大きくて……真っ直ぐ、で」


「……………………」


「白い髪、も、その……綺麗で。……天使様みたい、っていう、か……~~~っ」


 褐色の肌に、今までで一番鮮明な朱色を上塗りする、セルジュくんに。


「そ、そう? あ、ありがとう……は、変かな?」


「………い、いえ、そんな………」


 少しばかり気恥ずかしくなりつつお礼を言うと、彼の方がよほど恥ずかしそうに、大きく顔を背けて。


 何だか和やかになりつつ、、私は尋ねた。


「ね。……セルジュくんは、さっき広間で、消えていくモノを見て……何を思っていたの?」


「………えっ?」


 思いがけない問いだったのか、少し驚いていたが、彼は考えつつ答えてくれた。


「……魂が昇華されたモノは……どこへ行くんだろう、って。元々、役目を終えて、この街へ来たモノが……次は、どこへ、って」


「うん」


「エトランゼ様は……知ってるんですか?」


「うーん、うん、多分ね。私は、魂の昇華は、〝記憶の消化〟と〝満足したら〟起こるんだと思う。触れる時に、何となく、モノのを感じるから、ちょっとだけ分かるの。そして、どこへ行くのかは――、なんだと思う」


「終わりの、先。…………」


 歩きながら、俯いた彼が、呟くように漏らした疑問は。


「じゃあ……この街から、旅立った人は―――」



「――――着いたよ、セルジュくん。ここが、〝終わりの街〟の先」



「えっ? ………――――」


 境界など明確に定められていない、〝終わりの街〟の果て、その先を見て。

 セルジュくんは、絶句していた。

 それは、そうだろう、だって。


 その先に、道はない。

〝終わりの街〟の先には―――のだから。


 薄い霧に覆われたような、けれど分厚い壁のような、ぼんやりとして見えるようで、何一つとして見えなくて。

 ただ、〝何もない〟ことが、分かるだけで。



「―――ああ、そっか」



 セルジュくんは、気が付いた――薄々気が付いていたのだろうと、私は何となく、分かっていた。


 この〝終わりの街〟に訪れるのは、モノと、モノ

 物質も、生物も、魂があれば、等しく訪れる。


 そして、満足したり、記憶を全て使い切ると――昇華されていくのだ。


 記憶の少なさのためだろうか、好奇心の多さや、先入観の無さだろうか、若い子ほど早く昇華されてゆく傾向にあるけれど。


 気付いてしまうと、昇華は不思議なほど早くなる――セルジュくんの体は、何を言うまでもなく、既に淡い光を放ち始めていた。


「……エトランゼ様は、知ってたんですね」


「うん」


「僕は……どこへ行くんでしょうか。どこかへ……行けるんでしょうか?」


「うん。行けるよ」


 はっきり言い切ると、セルジュくんは顔を上げ、少しだけ驚いた顔をして。

 まだ彼が気付いていない、を、私は指さした。



「だって、ほら――待っていてくれる人が、に、いるでしょう?」


「――――――えっ?」



 慌てて振り向いた、彼の視線の先には。

 褐色の肌と、彼に良く似た眼差しの、微笑みを浮かべる女性が。


「え―――何で、だって。僕が、生まれてすぐ、亡くなった、って。

 顔も、覚えてない、のに。何で、わかって……なん、で。


 ――――お母さん――――」


 セルジュくんの、大きな目から、ぼろり、涙が零れ落ちて。


 ……淡い光を放ちながら、彼は、私に問いかける。


「エトランゼ様。……また、会えますか?」


「………………」


 それは――分からない。

〝終わりの先〟に、がある、としても。

 それが何なのか、私は知らないし、会えるのかなんて、とても。


 けれど、私は、こう答えた。


「ええ――――きっと!」


 彼を、優しくおくれるように、目いっぱいの笑顔を。


 そうして、彼もまた、輝きの中でもなお、眩い笑顔を浮かべて。



「ありがとう、やっぱり、エトランゼ様は―――天使様みたいだ―――」



 そう言い残し―――昇華されていった。



 ◆  ◆  ◆


 帰り道は、一人きり。

〝終わりの街〟を歩きながら、、考える。


 あるいは、遠くに見える、あの清涼な川も。

 今踏みしめている、この大地もまた。


〝訪れたモノ〟なのだろうか、と。


 私の役割も、から、受け継がれたものだから。


 異邦人エトランゼという私とて、いつかは―――


 そうしたら、セルジュくんの言うように、またいつか、会えるのかな。


 そんなことも、あるのかもしれない―――あったら、いいな。



 いつか〝終わりの先〟へ、ゆく日まで。

 私は、魂を、おくり続ける。


 街の人々が、穏やかで、暖かな時間を、過ごせますように、と。


 終わりこそ、優しくあれかし、と。


 そう、願いながら。




           私は、エトランゼ。


          ここは、〝終わりの街〟


           今日も、魂をおくる。




       ―――終わりの街のエトランゼ―――




           ―― End終わり ――

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終わりの街のエトランゼ 初美陽一 @hatsumi_youichi

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