第27話 交渉

「これは……」

「文字通りです。希少なスキルを持つ方に対する対応について、です」


 そう言って支部長さんは、自分も同じ資料を持つと説明を始めた。


「まず、基本的に個人がどのようなスキルを持とうが、それは自由なわけです。そもそも初進入時に得られるスキルは運ですし」

「はい、それはそう聞いています」


 そのあたりは、ギルドも管理が大変だし、一応冒険者としての職業の機密や個人情報に繋がるということで、特にこれまで咎められてはいない。


「ただ、スキルはゲートのこちら側でも使えます。そのため、前例が無い、あるいは少ないスキルを持つ冒険者の方には、その内容を聞き取り記録することになっています」

「なるほど。俺の場合はどれが該当するんですかね」


 そう尋ねると、今度は俺のステータスプレートを表かなんかに打ち込んだのだろう、一枚の用紙を俺の方へと差し出してきた。

 そこには俺のスキルが並んでいて、うちいくつかに丸がついている。


「これらのスキルになります」

「なるほど」


 丸がついているのは、『写身』と『死亡耐性』、それに『弱者の牙』の三つのスキルだ。

 確かに、持っている人は少ないであろうスキルである。


「まずは、これらについて説明を、ああ、安心してください。情報はデータベースに記録されますが、ギルド職員でも自由に見れるものではないので」

「はあ、まあそれなら」


 大きく広まるのは勘弁だが、ギルドが情報収集のためにやっているというならば協力するのは、まあ利用させてもらっている者の義務だろう。


「では、『写身』スキルから順にお願いしても? ああ、話の内容は録音させていただきます。一言一句漏らしてはいけないので」

「わかりました」


 了承した俺は、写身スキルを発動させて、俺の隣に目を瞑ったもう一人の俺を出す。


「これが写身スキルです。分身みたいなものですが、俺という意識は一つしか無いので、写身と本体どちらかしか操作出来ません」

「なるほど。他に判明していることはありますか?」


 一瞬、俺の死に覚え戦法を教えるのを躊躇うが、情報が拡散されないならば、まあ良いだろう。

 怖いのはギルドよりも大衆だ。

 そう判断して、おれは詳細を説明することにした。


「まず、身体能力が初めて迷宮に入ったときと同じになります。そして装備はスキルを使った段階のものになります。例えば帯剣して使えば、写身も帯剣してたりします。ただステータスカードだけは複製されません」

「続けてください」


 俺の説明に、一瞬何か考えた彼だが、更に話を進めるようにうながしてくる。


「この写身ですが、ずっとレベル1のままなので、この体なら、今レベルが十四の俺でも、始まりの森で経験値を獲得できます」

「なるほど、それが共有される、というわけですか」

「そうなりますね」


 それと、と俺は続ける。


「元がレベル1なので、例えばこの状態で高難易度エリアのモンスターに殴られると、多分レベル差とかステータス差が大きすぎて、一瞬で耐性系スキルが発生します」

「痛覚はあるんですか?」

「あります」

「その上で受けたと」

「はい」


 初めて写身を使った際に、謎の巨大モンスターに殺されたことについては説明するつもりはない。

 あれは色々と面倒そうな案件だから言いたくないのだ。


「では、この死亡耐性というのは?」

「写身で高レベルモンスターに特攻して死にまくったので発生しました。ちょっと死ににくくなるみたいです。多分重傷でも耐える上限が上がってる感じで」

「不死身になったりするわけではないと」

「それは無いですね」


 流石にそんな強力なスキルではない、と首を横に振る。

 そして最後に、『弱者の牙』について説明する。


「格上の相手に攻撃が通りやすくなるスキルです」

 

 そこで、何か考え込むように支部長さんが止まった。

 そして数秒で再起動する。


「もしかして、高杉さん。あなたはこの写身スキルを使って、高レベルモンスター相手に行くども挑んだりしたのですか?」

「よくわかりましたね。バルティア諸島のモンスターに挑んだんですが、まー百回は死にましたね。本体はピンピンしてますけど」


 またわずかな間の後に、支部長が口を開く。


「……なるほど。わかりました。ではまず注意事項を一点」

「はい」

「あまり人に見られないようにしてください。一応低レベルで危険度の高いエリアに入ると注意を受けますので」

「一回受けそうになったので写身を解除して逃げました」

「……なるほど」


 今度はさっきよりわずかに間が長かった。

 何を考えているのだろうか。

 禁止されるのだけは困るので、それだけは避けるべき説得の言葉を用意しておく。


「ひとまず、あなたの異常なスキルについてはわかりました。これについては以上で大丈夫です」

「禁止とかは、特には無いですか?」


 俺の言葉に、支部長は首を横に振る。


「ありません。本人が死んでいるわけではありませんから。ただ人前でそれをすることは、少々倫理的によろしく無いことではあります」

「それは重々承知しています」


 実際、俺が無茶をしているところを助けようと飛び込んできたパーティーがいた。

 あんな風に写身の俺を助けようとして苦労する人もいれば、最悪死んでしまう人もいるかも知れない。


 そう考えると、今後試す敵は選ばなければならない。


「個人的には、【ハルパチアの大穴】以降のエリアは人が少なく、また自己責任が完全に求められるのでおすすめです。下手にあなたの写身を助けようとする人はいません」


 おお、それはネットではまだ得られていないありがたい情報だ。

 ハルパチアの大穴というと、バルティア諸島の次のエリアだったはずである。

 後で調べなおしてみよう。


「ありがとうございます。検討してみます」


 そう礼を言うと、支部長は立ち上がって執務をする机まで行き、複数の箱を持ってくる。


「次に、一つあなたに依頼をしたい、と思います」

「依頼、ですか」

「はい」


 そう言って彼は、持ってきた箱を開けて、中身を取り出し机の上に並べる。

 スマホのような端末とこの丸く小さいのは、ドローンか?


「こちら、私の知人が開発した、フロンティア内で使用可能な端末と、フロンティアの魔力を吸収して稼働するドローンになっています」

「……結構すごくないですか?」


 思わずそう言ってしまう。

 だが実際に、今フロンティア内では映像の撮影やスマホなどの端末を使った連絡は出来ないようになっている。

 それは魔力が電気の邪魔をするからで、基本的に電子機器は使えないのだ。


 それを乗り越えるというのは、とんでもない発明だ。

 しかも技術を応用すれば、フロンティア内での電話だって夢ではなくなる。


「ええ、凄い発明ではあります。ですが売り込みが下手な人物ですから。高杉さんには、これを実際に使用して、映像の記録、あるいは配信というのをやっていただきたいと思いまして」

「配信、ていうと、あのVtuberとかの配信ですか」

「はい。動画サイトでの配信です」 


 その言葉に、俺はビリビリと来るのを感じた。

 それは、ひょっとしてとても凄いことなのでは無いだろうか。

 Vtuberという存在の黎明期、誰もそれに注目しなかった時期があったと聞く。

 だが今や、配信サイトの大きな部分を、そのVtuberがしめている。


 そして今度は、ダンジョンからの配信をやろうというのだ。

 これはもしかしなくても大きな流れになるのではないだろうか。

 そんな俺の考えがわかるのか、支部長は話を進める。 


「お考えの通りかと。いわゆるDtuberとでも言うんですかね。まあ、そういう存在の先駆けになっていただきたい。そういう依頼です」

「なぜ自分なんですか? もっと大きいギルドとかに持っていけば良いのでは?」


 疑問を投げかけるが、支部長は首を横に振る。


「まだ電波の送受信機も設置できていない段階では、人が多いギルドではゲートのこちら側に電波の受信機を置けませんから」


 なるほど、つまりちょうどここが実験を出来る環境として適していてそこに俺がいた、と。


「けどそれ、俺死にまくるのは大丈夫なんですか?」

「……とりあえず一旦、配信をする場合はそれは無しでお願いします。何も毎日、とは言いませんので。まずは戦闘もなるべく無しで、フロンティア内の探索程度で結構です」

「なるほど、動画サイト側が対応出来るまでは、ってことですか」

「はい」


 つまり、今から世界に全く新しいものを届けようというわけだ。

 そして世界はまだそれを受け止める下地が出来ていない。

 それこそ戦闘場面など、怖い人は怖いと感じるだろうし、批判もあるだろう。


 故に、じわじわと慣らしていく。

 そしてそのうちに、配信サイトなどが動いてくれれば、そこに合わせて他の冒険者にもオファー出しても良い。

 そうやって少しずつ広げていけば、後は火がつけば勝手にどんどん広がっていく。


 そういうことをやろうとしているのだ。

 ワクワクするではないか。

 戦闘のワクワクとは違うが、新しいものを作ろうというのだ。

 こういうのもまた、俺がワクワクするものなのだ。


「あの、ちなみにこれその会社の株買ったりするのって」

「インサイダーですし、そもそも個人だから上場してませんよ。どの動画配信サイトが最初に対応してくれるか予想してみては?」

「そうします」


 こうして、俺の仕事にまた一つ、フロンティアの配信を世界に広めるという目的が加わったのだ。


「報酬については、活動一時間あたり一万で如何でしょうか」

「むしろそんなに貰って良いのか、と思いますけど、そういうものですね、これは」

「ええ、そういうものです」


 こうして、俺と支部長の間で契約が成立した。

 ごめんよ支部長。

 神経質そうとか胡散臭いとか言って。

 

 

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