第26話 対面 支部長
新しく変わった武器の感想について、坂井さんと藤澤さんを相手に話すことにする。
業務的に大丈夫かと思ったが、冒険者の様子の確認も彼女らの仕事らしく、閑古鳥が鳴いている今は一人に集中して大丈夫らしい。
それにこれを記録して、今後の武器の開発などについてのアイデアにもなりうるんだとか。
ギルドもその辺りで頑張っているらしい。
「武器は概ねいい感じでしたね。剣も前よりちょっと短くした分片手でも十分に振れるし、威力も十分でした」
「斧とかナイフも戦闘で使うんですか?」
そう尋ねてくる坂井さんに、俺の戦闘の基本的な流れを説明することにする。
これぐらい報告がちゃんとしていたほうが、ギルドも安心だろうしな。
「多数相手なら結構使いますね。一体相手だとバックラーと剣で完封できちゃうんですけど、複数相手だと剣の引き戻しが間に合わない時があるんですよね」
そう言って、カウンターから少し離れてジェスチャーを交えながら説明する。
「例えばスケルトンが二体いるじゃないですか。こう右前と左前から来ている感じです」
どちらに対処をするかは、足場の状態や敵との距離による。
後はバックラーが左手にあるので、出来れば右手側の敵から仕留めるのが理想だ。
そうすれば、二体目の攻撃はバックラーでそのまま受けることが出来る。
逆に先に左を迎撃してしまうと、敵に叩き込んだ剣を引き戻して反対を狙う動作にはいくらか遅れが出てしまう。
そういうときに、一時的だが剣を手放して素早く振り返り、剣鉈を引き抜いて攻撃を受けるのだ。
その後はバックラーで殴るなり前蹴りなりで距離を取ったり、左の個体がもう戦闘に参加できない状態であればそのまま剣鉈とバックラーでもう一体を仕留めてしまってもいい。
「って感じで戦ってますね。もっと剣を自在に扱えればいいんですけど、まだなかなか」
理想を言えば、剣の引き戻しが間に合うのが理想だし、両方とも一撃で仕留めるのが理想だ。
だが、それが出来ないならば出来ないなりの戦い方をする。
それが俺のやり方だ。
説明を終えて二人の前に戻ると、ポカンとした二人が立っていた。
藤澤さんはともかく、坂井さんまでこうなっているのは珍しい。
「どうかしました?」
手を振りながらそう尋ねると、ようやく二人が再起動した。
「い、いえ。複数の敵を相手に戦えるほどに高杉さんは強いのだと聞いて、少し驚いていました」
「私も驚きましたけど、危なくないんですか?」
そりゃあもちろん危ない。
というかフロンティアでの戦闘自体が危ない。
「でも、危なくない状況じゃないと成長って出来ないじゃないですか」
俺がそう言うと、藤澤さんは絶句し、坂井さんは苦笑する。
「……言ってることはわかるのですが、やはり心配になってしまいますね。冒険者の方というのは大抵危険をあまり顧みない人が多いのですが、高杉さんは群を抜いているように思います」
「まあ、元々戦う能力があったので、その分無茶が出来てしまう、って感じですかね」
そんな話をしているときだった。
二人が立つカウンターの裏にある階段。
二人に聞けば、ギルドマスター、つまりはここのギルドの支部長が働いている部屋や事務作業のための部屋がある二階に繋がっている階段から、一人の男性が降りてきた。
メガネをかけた細身のその男性は、そのままカウンターの方まで歩いてくる。
そしてなんと、俺の方へと話しかけてきた。
「冒険者の高杉さん」
「はい? 俺ですか?」
「そうです。あなたです。」
神経質そうに眼鏡を指で押し上げながら、男性が続ける。
「私はこのギルドの支部長、いわゆるギルドマスターを務めている、こういう者です」
そう言ってカウンター越しに差し出された名刺を受け取る。
「東原憲人、さんですか」
「ええ。ギルドの支部長として、あなたとお話したいことがありまして。今お時間大丈夫でしょうか?」
ギルドマスターともあろう人間が、俺のような一探索者に話をする。
碌な内容が想像出来ないが、顔を坂井さんや藤澤さんに向けると、聞くしか無いとこわばった二人の表情が言っていた。
「まあ、大丈夫ですよ」
「では、支部長室へいらしてください。うちには応接室も無いので。坂井くん案内頼みましたよ」
「は、はい」
それだけを言うと、彼は再び階段を昇って上へと上がっていってしまった。
その姿を見送った後、三人は顔を見合わせる。
「何かあるんですかね?」
「わかりません……」
「でも、何か以前から高杉さんに注目している感じはありましたよ」
藤澤さんの言葉に、俺と坂井さんの視線が注目する。
「どんな人物か、とか、何か言ってたか、とか報告しろって言われてたんです。結局あんまりしてなかったんですけど、なんか高杉さんを気にしているみたいで」
「いや、あのそれ、俺に言って大丈夫なやつですか?」
俺が思わず突っ込むと、藤澤さんが、あっ、と言わんばかりの表情で口を抑えた。
坂井さんは頭痛がするように頭を抑えてため息をついている。
そしてこちらに向き直ると、頭を下げた。
「業務内容を漏洩して不快な思いをさせてしまい、申し訳ありません。ひとまず支部長室に案内しますので」
「はい。まあ不快っていうほど不快ではないというか、普通に冒険者の報告とかって録音して保管してるものだと思ってたんで、そこは大丈夫ですよ」
坂井さんに案内されて、カウンターの内側に入り、二階への階段を登りながら話す。
「……なぜそう思われたんですか?」
途中で坂井さんに尋ねられるが、短くて何を指しているのかわからない。
「というと?」
「録音などがある、と考えた理由です」
ああそのことか。
それは単純な話だ。
「フロンティアは大切な場所ですから、冒険者の言葉から異常が見つかったりする可能性もあるんじゃないかなと思ってました。だから俺が話してるみたいに報告する冒険者の言葉は記録してるのかと。そもそも探索日誌みたいなのが無いのがおかしいと思ってましたし」
監視の目が行き届かないフロンティアだからこそ、それについて話している言葉は丁寧に記録しておくべきだと思う。
それこそ、何かフロンティアに異変が起こったときに、確かに自衛隊や一部冒険者がギルドに雇われて巡回はしているが、それでも情報は多い方がいいはずなのだ。
俺がそう説明すると、坂井さんは納得の表情を浮かべる。
「言われてみるとそう思いますが、昨今は人権など色々と厳しいので、本来はやらないんですよ」
「なるほど。それを暴露しちゃったわけですか」
「後でお説教ですね」
笑顔が怖い坂井さんに、俺は藤澤さんの未来を想像して心の中で手を合わせておくのだった。
******
支部長室は、かなり質素な作りをしていた。
おそらくは応接用のソファとテーブル、そして奥には作業用らしきデスク。
それ以外には、隣の部屋に繋がりそうな扉しかない。
「まあ、どうぞ座ってください。コーヒーも出せませんが」
「はあ、では」
勧められるままに、ソファに腰掛ける。
その正面に、支部長が座って、いくつかの資料を出してきた。
そして初手でいきなり頭を下げてくる。
「まずは高杉さんに感謝を。あなたが来てくださったおかげで、このギルドは存続しています」
なんというか、すごく神経質そうというか冷たい人物に見える支部長さんが頭を下げたことに、俺はすごく違和感を覚えた。
こういう、きっちりとした礼とか出来ないタイプの、礼をしても胡散臭くなってしまうタイプの人かと思っていたのだ。
「活用する冒険者がいなければ潰れるみたいに決まってたってことですか?」
「あくまで内々の話しではありますが。あなたが来ているおかげで、ここの閉鎖と取り潰しを求める声が弱くなりました」
確かに、俺が来るまでは誰も来ない閑古鳥が鳴いていた施設だ。
わざわざ職員を置くぐらいなら、封鎖してゲートだけ保護してしまった方が楽だったはずなのだ。
「こちらこそ、静かな場所で落ち着いています。あまり人が多いところが受け付けなくてこの町に住んでるので」
「そう言っていただけると助かります」
さて。
そう一言言って、支部長は空気を切り替える。
先程までの感謝の空気が、途端に仕事の空気へと変貌する。
「今回高杉さんをお呼びしたのには、いくつか理由があります。その理由の一つがこちらです」
そう言って差し出された複数枚の資料には、『希少スキル保有者に関する扱いについて』という文言があった。
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