7話 開幕

 コツコツという音が響かせ、マルグリッド・モランと呼ばれたその婦人は、優雅に階段を降りてきた。


 だが、私の目には、どう見ても空中を歩きながら降りてきているようにしか見えなかった。


 ――これも、魔法ってことなのかな……?


 などと悠長に考えていた私とは裏腹に、シュウメイは焦っているようだった。


「ど、どうして貴方がここに……?」

「ピーピーうるさい小鳥だな。私はテラーだぞ? テラーの目的は一つしかない」

「だとしても、どうしてアメリカ図書館協会の第1席である貴方がここにいるのか分からないんですよ!!」

「……お前達、何も聞かされていないのか?」

「聞かされるって……何がですか?」


 シュウメイは、本当に何も分からない様子だった。

 それを見て、マルグリッドは何かを察し、笑った。


「なるほどなるほど……ソフィーは完全に単独で行動していたというわけか……であれば、前の戦いの謎も少しは理解できるな……」

「ソフィー様!? ソフィー様と戦ったのですか!? ソフィー様は何か言っていましたか!?」


 勢いよく喋るシュウメイ。

 それに対し、マルグリッドは握ってた杖を強く地面に叩きつけ、強制的に黙らせた。


「うるさいと言ってるだろ、少し黙れ」


 その迫力に気圧され、一緒にいた私まで、息を呑んでしまった。


「ところで――さっきから一言も喋っていないが、気絶してるのか? セレーネ・ルイーズ・クレア」


 そう言って、マルグリッドはセレーネを睨みつけた。


 確かに、さっきから一言も喋っていない。

 緊張している?

 それとも、何かを狙っている?

 何か真意があるのかな……?


 期待するようにセレーネを見つめた。

 すると、ガラスのような透き通った声で、はっきりと言った。



「……誰」



「――はぁ?」



 声の主は、 マルグリッドだった。

 自分が声を出したのかと思った……。


「貴様……もう一度言ってみろ」

「だから、誰よ」

「……覚えてないわけなかろうが!!」

「ごめんなさいね。私は物覚えが悪くて、師匠より強い人以外覚えられないの」

「それは……私が弱いって言いたいのか?」

「覚えてないってことはそういうことね」

「貴様……!」


 なんとも酷い理屈だと思った。

 だが、隣で同じようにダメージを受けている人がいた。


「セレーネ様……私のことを覚えていなかったってことはつまり……」


 シュウメイは今にも泣きそうな声で言った。

 

 ――多分、挑発だから深い意味はないと思うよ……


 緊張していたはずの場が、急に和んだように思えた。

 だが――それは、つかの間の安息、というものだったようだ。



「ただ一つ……訂正させてもらうわね、おばさん」

「おばっ……!?」

「私は『』ではないわ――『』セレーネ・ルイーズ・クレアよ」


 宣言。

 そして、セレーネは呈示した。


 手に握られた本を。


 『紹巴本竹取物語』


 ――何かが始まる


 そう確信した。


「継承? お前がソフィーの後を継ぐというのか? 笑わせてくれるなよ、クソガキ……」


 マルグリッドは鼻で笑い、同じく呈示した。


 本を。


 手に握られていたのは――


『モーリス・メーテルリンク著 青い鳥』



「泣いて詫びても遅いからな」

「それはこっちのセリフよ、おばさん」


 緊張が場を支配する。



「始まりますよ……おとぎロワイヤルが――」



 シュウメイは、小さな声でそう言った。


 と、同時に――二人は喋り始めた。



 いや――語り始めた。



『いまは昔、竹取の翁といふもの有けり』


『Once upon a time, a woodcutter and his wife lived in their cottage on the edge of a large and ancient forest』


 

 二つの本から、光が溢れ出し、二人はその光に包みこまれていった。

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おとぎロワイヤル みさと @misato310

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