✟宇宙の真理✟

 宇宙の真理を探している。

 決して冗談ではない。怪しい宗教にハマったわけでも、中二病なわけでもない。高一で中二病なんて恥ずかしすぎる。

 少し前、授業で銀河について学んだ。天の川の写真を見たとき、心臓の音が急に大きくなった。プロジェクターから映し出されただけの画像が、あまりに輝いて見えたのだ。それだけではない。この天の川銀河は、いや宇宙は、物理法則に従ってできたものだ、と分かった。教員の言葉でも、予習でもなく、ただ、分かった。第六感というやつだろうか。

 その日から宇宙に興味が湧いた。宇宙の理論に関するネット記事を読むようになった。赤い表紙の入門書を買った。広大で不思議に満ちた世界が、そこにあった。この宇宙そのものが、理屈で説明できる。数学を使えば、星空から雨粒に至るまで、自然の全部を表現できる。この宇宙の調和に目を見張った。

 一ヶ月も経てば知識は増えた。ネットと入門書だけで、光の正体や星の構造、宇宙のはじまりなんかまで手を出した。同級生よりも高い視点から世界を見渡せるのが楽しかった。なんで物理なんか勉強すんだよ、とこぼす友人を心の中で笑った。宇宙の真理が分かるんだぜ、と呟きそうになるのを抑える。期末試験は成果が出たのか、満点だった。

 

 宇宙の真理を探している。

 物理が得意になって、友人に理由を聞かれた。でも宇宙とか法則とか言うと、眉をひそめられる。彼らには中二病との区別がつかないのだ。中二病は主観、想像の類。物理はその正反対だ。だから

「まあ、分かんないかもしれないけど」

と一蹴した。また眉をひそめられた。

 自分だけが物理に向いているという自負があった。試験の点もそれを保証した。分からないところは自分で調べて、もっと本質的な理論を学ぶ。目の前が、分からないから分かるに塗り替えられる。それが心地良かった。このまま進めば宇宙の真理にも手が届く。いつからかそう信じるようになっていた。

 周りの大人にもうまくは理解されなかった。皆口を揃えて、研究者は茨の道だと言う。数学が難しいから、と物理の教員は言い訳がましく付け加えた。難しいことは問題ではない。それは自分の実力で解決できる。物理学の最終目標、万物の理論さえ、理論なのだからいつか必ず辿り着けるはずなのだ。

 自分こそが、宇宙の真理を明らかにする運命にある、そう思っていた。


 宇宙の真理を探している。

 最近分かったことが二つある。一つは、成績は思っているよりも嘘つきだということだ。物理の成績は、普通。何なら文系科目の方が点は高い。誰よりも熱意を持って時間と労力を割いて学んでも、点数に結びつくとは限らなかった。本質的じゃない計算、問題文の不正確な議論で点数が消える。模試なんて下らないと分かっていても、少し悲しい。

 もう一つは、科学は正体不明だということ。科学が正しいと言える理由を、はっきり一言で述べることはできない。この世界を抽象化して、意味合いを捨ててできた物理学は、果たして真理とまで言い切れるものなのか。例えばそこでは、あの銀河への感動は捨象されている。冷酷な学問がはじき出す無機質な真理を、俺は本当に求めているのだろうか。考えるほど分からなくなった。

 それでも、自分は宇宙の真理を探るために生まれてきたと信じた。学ぶほどに自分の無知を思い知る。本質を掴もうとした手には、何も残らない。それで何が運命だ? いや、運命だ。銀河に魅せられた日、俺は確かに選ばれたんだ。他の奴らとは違う。

 物理を勉強しようとすると動悸や胸痛がすることがある。分からない問題も増えた。自分がやっていることが何かも分からず手を動かすのは簡単ではない。使命感だけでシャーペンを握る手は震えていた。


 宇宙の真理を探している。

 結局、研究者になろうとするのは一旦やめた。この深遠で不可思議な世界を泳ぎ切る覚悟がなかったからだ。宇宙の真理を発見するというのは、凡人にとってはあまりに尊大な夢想だった。

 なのだが、俺はあの日見た銀河の煌めきを、まだ覚えている。法則に従い構成された宇宙の美しさが、まだ薄れてくれない。この感覚に迫ることができるのは物理学だけで、物理学は感覚を無視して進んで、しかも自分は物理学に追いつくことはできない。だとしても、あの心の震えは、何よりも確かなものだった。俺の中では。


 今でも、宇宙の真理を探している。

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✟宇宙の真理✟ 坂口青 @aoaiao

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