人の寿命が見える眼鏡

赤崎弥生(新アカウント「桜木潮」に移行)

人の寿命が見える眼鏡

 ある日、目が覚めたら枕元に眼鏡があった。何気なくかけてみると、人の頭の上に謎の数字が表示された。最初は何がなんだかわからなかった。試しにおばあちゃんを見てみたところ、頭の上に一と出た。その翌日におばあちゃんは亡くなった。どうやら頭上の数字は、残りの寿命の日数を示しているらしい。

 おばあちゃんの死因は心筋梗塞だった。突然の死で親戚一同はてんやわんやだったけど、おばあちゃんは八十八歳という結構な年齢だった。それにおばあちゃんは、どうせ死ぬならポックリ逝きたい、病気で苦しんで死ぬのは嫌だ、と常々言っていた。ある意味で理想的な死に方ではあったのだろう。

 僕は眼鏡をかけたまま、洗面所の鏡の前に立った。数字は見えなかった。この眼鏡は鏡越しだと機能してくれないらしい。

 そのとき、妹がひょこっと洗面所に顔を出した。

「兄ちゃん、邪魔。ヘアアイロン使いたいからどいて」

 僕はすぐさま眼鏡を取った。妹の姿は鏡越しにしか見ていない。ギリギリセーフ。

「それ伊達メ? 似合わないからやめたほうが良いよ」

「余計なお世話だよ」

「つかこれ、どこで買ったの? 百均?」

 妹はコンセントに繋いだヘアアイロンを洗面台の上に置くと、僕の手から眼鏡を奪ってかけた。僕と違って似合っているのが地味にムカついたけど、そんなことはどうでもいい。

「おい、返せよ!」

 僕は妹から眼鏡を奪い返した。妹はちょっと戸惑ったような表情で、言った。

「え、なにこの眼鏡。なんか数字出てきたんだけど」

 ドクン、と心臓が大きく跳ねたのがわかった。ややあって、僕は震える声で尋ねた。

「……いくつだった?」

「よく見えなかったけど、確か、三千うんたらだったかな」

 頭の中で式を組み立てる。三千割る三百イコール、十。

「ねえ、その眼鏡どういう仕組みなの? あの数字って、なにか意味あるの?」

「さあな、知らない。それより、とっとと準備して家を出ろよ。遅れるぞ」

 やべ、と言って、妹が髪のセットに戻る。僕はメガネを持ったまま、そそくさと自分の部屋に戻ってベッドの上に寝転んだ。そして一人、物思いに耽った。

 余命十年、か。……うーん、かなり中途半端な数字だ。現在、僕の年齢は十九歳。ということは、三十歳あたりで天寿を全うするわけだ。寿命的には相当短い。でも、いまいち危機感や焦燥感が湧かない。だって、あと十年は生きなきゃいけないわけだから。

 五十年だったら、何も気にせず今まで通りの生活を送っただろう。一年だったら、残された寿命をどう使うか悩んだだろう。でも、僕の寿命は十年だった。短いとは言い難いし、だからといって長くもない。正直言って、反応に困る。中学の頃の同級生と街中でばったり出くわしたときみたいに。

 小学校の同級生なら、お互いに見た目が変わっているから会ったところでわからない。高校の同級生なら、当時の感覚で自然に話をすれば良い。でも、中学は困るのだ。お互い微妙に面影が残っているから、あいつだ、と気づいてしまう。だからといって当時のノリを再現しようとすると、どうしても無理が出る。自分も相手も、内面や境遇がある程度変わってしまっているから。あのときの微妙な空気感、微妙な気まずさといったらない。

 十年という寿命も同じだ。あまりにも中途半端で、受け止め方がわからない。

 僕はしばらくの間、天井を見つめながら悩んだ。自らの命運を、どう捉えるべきなのか。僕は今後、どんな人生を歩んでいくべきなのか。でも、そのうち考えるのが面倒臭くなった。脇にあるスマホに手を伸ばし、ダラダラとSNSや動画サイトを見始める。

 そうして、気づいたときには一日が終わっていた。今頃、僕の頭上の数字は一つ減っていることだろう。

 それで気づいた。なるほど、これが僕の十年か。

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