第3話

糸井紡いといつむぐとともにコンビニの中に入った市木守灯しきもりあかりは、レジに立つバイトの女性に声をかけた。


「す、すいません。あの…聞きたいことがありまして。」


「はい…?」


バイトの女性はまだ10代のように見える。金髪に染めている様子から、いかにも大学か専門学校に通っている学生に見えた。


「最近…ここらへんで万引きが多いそうですね?このコンビニでは被害とかありました?」


「なんで…そんなこと…」


「え…あ…と…」


灯と糸井の服装を見たバイトの女性は、公安局の具現化想像物対策課の者だと疑っているように見えた。


「あ、えと…ワタクシ…新人でして…噂を聞いたので…個人的に気になって…」


「新人…?捜査官の?大変ですね…」


怯えられるかと思っていた灯は、憐れむ表情に驚いて固まってしまった。まるで死人を前にしているような顔をされた。灯はその顔を複雑な気分で受け止めて、笑顔を見せる。


「え、ええ…まぁ。で、どうですか?ここではなにか盗られたりしました?」


「ええっと…あ、ちょうどそこの。」


女性は灯の背後にある商品棚を指差した。灯と糸井が振り返って見る。


「その…最近人気になってるアニメのカード入りお菓子。」


「え、これ?」


「はい。それが商品棚にある分だけ全部盗られました。」


「これが…。」


灯はまじまじと商品を見つめる。横にいる糸井に尋ねてみた。


「これ、知ってます?」


「はい、もちろん。え、逆に知らないんですか?」


「はい…恥ずかしながら。大学生の時は勉強ばっかりで…。」


「へぇ…」


灯は苦笑いしながら答えた。糸井は重たい前髪のせいで表情が見えないが、声色で関心しているとなんとなくわかる。ここに鉛屋翠なまりやすいがいたら、「人生上手いこといってて良いわね。」と皮肉を言われていただろう。


「あの…これだけだったんですか?」


「はい。うちのコンビニは。」


女性はうなづいた。しかし、続けてこう言った。


「あっ、でも…。違う店舗で働いてる友人は、商品棚のポテチを全部盗られたとか言ってた。あと、近所のスーパーは野菜が全部無くなったとか。」


「そうなんですか…。」


灯は女性の言葉に驚いた。想像以上に不思議な万引き事件だ。


「その情報はどこで?ニュースでもやってないですよね?」


「あ〜…それは…同じ会社の系列の店の話だから知ってるんです。あくまでも、このコンビニの系列の店の話しか知らないですよ?」


「なるほど。」


灯は納得してうなづく。糸井が心配そうに顔を覗き込んでいるが、今は無視して話を続けた。


「他に…変な話とかありません?たとえば…お化けの話…とか…都市伝説とか。」


「え?それ…いまの話と関係あります?」


「いやぁ…ないですけど。」


灯は目を泳がせながら頭をかく。灯の言う「お化け」は具現化想像物のことだ。想像物と知らずに見たら、ほとんどの人が「化け物」に見えると思うからそう言った。


「お化け…は最近ないなぁ…。あ、でも都市伝説なら!」


「え?!あるんですか?!」


灯の横で驚いたのは糸井だった。灯もまさか答えてもらえるとは思ってなかったが、糸井のほうが強く思っていたらしい。

女性は糸井に驚いて一歩後ろに下がりながら口を開いた。


「これも、違う店舗で働く友人から聞いたんですけど…。小さいブラックホールの話。」


「ブラックホール?」


「はい。街中に現れて、色々なものを吸い込む…って。」


「それだけ…?」


糸井が思わずそうつぶやくと、女性は首を横に振る。


「都市伝説だと、人間も吸い込むのではないかって。実際に吸い込まれた人がいるかは…わからないですけど。」


「なるほど、ありがとうございました。」


灯は感謝の言葉を言って頭を下げる。女性は目を丸くして、反射的に頭を下げていた。


「紡くん、行こうか。」


「ええ…あ、はい…。」


コンビニを出て、糸井はすぐに灯に声をかけた。


「あの、あんな感じで良かったんですか?」


「あんな感じ…?」


「今ので情報は充分でしょうか?」


灯はその質問に思わず立ち止まる。そして仁王立ちして腕を組み、唸って考え込んだ。


「わかりません!」


迷って出た答えはそれだけだった。公安局の具現化想像物対策課ぐげんかそうぞうぶつたいさくかの捜査官になって、今日はその初日。この国の国民として、この職業は知っているものの、その立場に立ったことはない。仕事の内容も今日知ったのだから、どう働けばいいのかなんてわからない。


「私も不安ですけど…」


灯の喋りかけの言葉を遮って、糸井が尋ねる。


共感把握能力きょうかんはあくのうりょくは使わなかったんですか?」


「あ…あぁ…。使ってません…。」


灯は言いづらく思いながら答えた。糸井はその返事を聞いて、首をかしげてからオドオドと言葉を続けた。


「共感把握能力を使えば、そもそも聞き込みはいりませんよね?」


「そんな簡単ではないと思いますけど…。そもそも、私はレベル3の弱い能力者なので。」


灯は困った顔で言う。


「私の共感把握能力は、相手の方の考えていることが聞こえる程度です。時折無意識に聞こえる、または集中して見つめるとわかる…くらいです。」


「そうなんですか…。じゃあ…嘘か本当かくらいしか…」


糸井は言いかけて止まった。灯はため息を吐いてうなづく。


「本当に、その程度です。」


「僕の知ってる情報と違う…。」


「なにがです?」


再び歩き始めて会話をする。糸井は灯の方に顔を向けて灯のポカンとした顔に答えた。


「僕も…常識の範囲内で共感把握能力は知っていますが…。共感することで情報を把握して、場合によっては過去や未来も把握するって…聞いたんですけど…。」


「あ〜それは…可能らしいですが、私はそこまでの強い共感はできません…。」


「そうですか…。」


糸井がボソリと返事をした声を聞いてから、今度は灯が尋ねる。


「あの…捜査官の中には能力者の方もいますよね?その方たちは…みんな記憶すら把握できるんですか?」


灯の質問に、糸井は唸りながら言いづらそうに答えた。


「すいません…。実は、僕は灯さんと鍵里かぎさと特等捜査官とくとうそうさかん以外に能力者の捜査官に会ったことがありません。」


鍵里かぎさとかける特等捜査官…ですか?3係の係長で、最強の捜査官って…呼ばれてる…?」


「はい。」


うなづく糸井を見つめて、灯は驚いた。


「鍵里特等は…能力者なんですか?」


「そうですよ。聞いたことないですか?国内最強の能力者。」


「え…」


「おそらく、鍵里特等かぎさととくとう以上の能力者は国内にいないと言われています。共感把握をさせたら、右に出る者はいないとか。」


糸井はそう言いながら、風に吹かれて顔が見えないように、前髪を左手で必死に押さえていた。灯は彼の言葉に、幼少期に能力のレベルを測るために訪れた研究所で、ふと聞こえた噂話を思い出した。


『国内最強の能力者は捜査官の中にいる』


「最強の捜査官の強さの秘密は…能力…。」


「けして、それだけではないと思いますけどね。」


灯の呟きに、糸井は答えた。


「そうですよね…。でも…国を滅ぼせるほどの能力ってことですか…。」


「はい。でも僕は…ほぼ素手ですべてを解決。そして鍵里特等と蜜波みつなみ美花みはな特等の師匠である…白銀しろがね雪花せつか特等の方が怖いです。」


糸井は若干震える声で言った。灯はポカンとして首を傾げる。


「会ったことあるんですか?」


「え、ええ…まぁ…。」


「そんなに怖かったんですか?」


「あの人は、想像主でも能力者でもない常人のはずなのに、敵わないと一目見て思いました。」


糸井は俯いて答えた。想像主でも、共感把握能力者でもない一般人を通常の人という意味で常人と呼ぶ人もいる。


「常人最強は間違いなく、白銀特等です。」


糸井は力強く話した。彼がそこまで力強く言う常人に興味が湧いてきた時に、背後から「おい」と声が聞こえた。振り向くと、竹林がいた。


「聞き込みは終わったか。」


歩きながらそう言う竹林の横に、捜査官助手の鉛屋もいる。彼女は遠くから見ると、似合わない黒いスーツを無理矢理着せられている子供のようだった。


「あ、はい。今ちょうど出たところで…。」


「そうか。で、何かわかったか?」


「えっと…ほんのちょっとだけ…。というか、まだ1時間も経ってないですよ?」


「いや、いい。」


竹林はそう言った。灯は不思議に思った。しかし今考えると、具現化想像物対策課の制服、通称喪服を着ていて、なおかつ刀を携えている竹林が、怖がられないはずがない。灯はそれを察して、思わず笑った。


「なに笑ってる?」


「あ、すいません。」


竹林のしかめっ面を見たあとで、灯は聞いたことを説明する。


「警察からの情報でもあったと思いますが、このコンビニで盗まれたものは、アニメのカード入りのお菓子。」


「そうだったな。たしか、商品棚にあった箱から全て盗まれた。」


竹林はうなづく。灯もうなづいて続けた。


「それで、店員さんによると…このコンビニの系列の店では、ポテチが棚にあるもの全て…だったり、野菜だったり…。」


「系列の店…」


「あ、はい…あくまでも同じ系列の店の情報しか手に入りませんでした。」


考え込んでいる竹林を前に、灯は話をつづける。


「あと…想像物の情報もないかと、都市伝説とかありますかと尋ねたところ、ブラックホールの都市伝説があると聞きました。」


「ブラックホールぅー?」


灯の言葉を馬鹿にしたように、鉛屋が口を開いた。灯は「うっ…」と声を漏らしながら目を閉じる。竹林は気にせずに続きを促した。


「ブラックホール…?それはどんな噂だ。」


「えっと、街中に現れて様々なものを吸い込む…噂では人も吸い込めるのではないかと。」


「様々なもの…。」


竹林は聞くだけ聞くと一人で考えている。灯はなんだかむず痒いような気分に落ち着かなくなり、ついに尋ねた。


「あ、あの…そちらは何かわかりましたか?」


「ん?あー…お前ほど情報は得られていないな。」


竹林はそう言った。灯は呆れてしまうが、なんとか顔に出ないように気をつけた。


「ただ、やはり…このコンビニの大本の会社系列の店でしか、万引きは行われていないと考えられるな。」


「え…?」


竹林が続けて呟いた言葉に驚く。


「どういうことですか?」


「それはおかしいよ、竹林さん。警察の情報だと、このコンビニの前はアニメグッズの店で起きてるでしょ?万引き。」


そう言ったのは鉛屋だ。灯はアニメグッズという単語が妙に引っかかったが、竹林の返事を待った。


「ああ。そうだが…なぜかその一件だけ。同一犯だと思われる万引きはな。」


「それって、そのアニメグッズの店でも棚の商品すべて万引きしたということですか?」


「そうだ。」


竹林はうなづく。それに対して、次に口を開いたのは糸井だった。


「なんだか…オタクみたいですね。」


糸井以外の3人の視線が1点に集中した。糸井は驚いて慌てて口を動かす。


「だ、だって…!オタクは一つじゃ満足できないこととかあるじゃないですか!ランダムの商品だと箱買いするし!映画の特典でランダムだったら、毎週行ったりしますよ!」


慌てて口早に話した糸井を、竹林は冷静な目で見つめる。灯はなんとなくフォローするように声をかけた。


「紡くん、私もそう思った。」


「そ、そうですか?」


糸井の安心した表情が見えたとき、鉛屋はボソリと「紡くん…?」と言っていたが、灯は気が付かないふりをして続ける。


「年齢は若い人…でしょうか?」


「そうとは限らないな。」


竹林はそう答える。鉛屋もそれに同意した。


「例えば若くてオタクだったとして、じゃあ野菜はなんなの?ポテチは?」


「カモフラージュとか…?」


「意味のない万引きってこと?」


鉛屋が灯の言葉に顔を歪めると、竹林はすぐに話に入り込んだ。


「意味のない万引きはよくあることだ。万引きをすることが癖になり、その行為を目的とする人間はいる。」


「じゃあ、この事件の犯人も…?」


「可能性としてはあり得る。ポテチに野菜…これらは鉛屋の言う、意味のない万引きの一つだろうな。だから同じ系列の店を狙うのも頷ける。しかし、アニメグッズに関しては趣味かもな。」


竹林は灯の言葉にうなづいた。灯はそれでも、犯人がよくわからなかった。


「同じ系列の店を狙っていたら、店側も犯人探しをするでしょうし、だから警察に被害届を出しているわけですよね?」


「そうだな。」


「それでも、怪しい人物は見つかっていない…。こんなに犯人としては危ない方法で万引きをしているのに。」


灯も竹林同様に腕を組んで考え込んだ。その様子を見た鉛屋がフッと鼻で笑って口を開く。


「ブラックホールは関係ないけどね。」


「そう…そのブラックホール…このコンビニの違う店舗で働く人から噂で聞いたって、店員さんが。」


糸井が鉛屋にそう話す。


「え?違う店舗の人…?聞いたことない都市伝説だと思ったら、身内の中だけで噂されてるってこと?」


鉛屋は呆れた顔をしてため息を吐く。糸井は首を傾げて返す。


「聞いたことはなかったけど、僕らはずっと常人の人たちとは違う生活だったから…知らないだけかもしれないけどね。」


灯は二人の会話に、少しだけ思った。「小さいブラックホールの話」店員はそう言った。よく考えたら変だと思ったのだ。灯が違和感を感じていると、竹林が灯の顔を覗き見た。


「おい、どうした?」


声をかけられてハッとする。竹林を見ると、灯の違和感を感じ取っているように見えた。灯は恐る恐る話す。


「あの…都市伝説のブラックホールのことなんですけど、噂に違和感があって。」


「違和感?」


「はい。店員さんは話し出す時に、小さいブラックホールと言ったんです。」


「それの何がおかしいの?」


そう尋ねたのは鉛屋だった。灯は彼女にも視線を向けて話す。


「ブラックホールといえば…何でも吸い込んでしまい、吸い込まれたものはどうなるのかわからない…宇宙にあるとても穴のことですよね?」


灯の言葉に、鉛屋は瞳を大きくした。灯は続けて、もう一度竹林に視線を向けて続ける。


「一般的に考えるならば、遭遇したら危険なブラックホールのサイズ感なんて、わからないと思うんです。」


「じゃあ、なんで小さいって…。もしかして、このコンビニの店員が…カクレ?」


鉛屋がそう言うと、糸井は首を横に振る。


「いやいや。申告した人ならまだわかるけど、カクレなら自分からブラックホールの話はしないでしょう?」


「そうだよね…。」


「それに、ブラックホールが想像物の人がこの国にいたら、たぶん真っ先にこの事件の犯人に疑われてるよ。」


「糸井の言うとおりだ。」


竹林が口を開いた。


「おそらく、見たことのある人物がいるから小さいブラックホールの噂ができたんだ。」


「え、じゃあ…」


「この事件の犯人は抜きにして、ブラックホールの具現化想像物がこの国にある…ということだ。しかしそれは申告されていない。」


灯を見て、竹林はそう言った。


「盗む様子は監視カメラでも映っていない…そして、基本的に同じ系列の店だけで犯行を行う…。」


「おそらく、アニメグッズの店ではどうしてもそれが欲しかったんだろうな。」


「そうだとして…やはり盗む量やサイズ的に…ブラックホールの具現化想像物を操る想像主が犯人…。」


灯がブツブツと話していると、竹林がハッキリとした口調で言った。


「だいたい、誰かわかってきたぞ。」


「え?」


灯だけでなく、糸井と鉛屋も驚いた。


「おそらく、アニメグッズの店で犯行が映らなかったのは偶然。他の店での犯行に関しては、カメラをチェックできる立場であれば大丈夫だ。」


竹林はそう言って、捜査官に支給される腕時計に触れた。その時計は国民も見ることのできる情報システムの一部を見ることができる。竹林は情報システムを開いた。ある人物の情報がホログラムで映し出される。


「おそらく、こいつがカクレだ。」

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公安局 具現化想像物対策課 春紫苑(別名、貧乏草) @binbougusa

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