第2話
「銃を持つことは許可されている。」
竹林がそう言って、灯に拳銃を差し出した。灯は驚いて受け取れない。
「え、ええ?!担当地区の見回りみたいなものですよね?!」
「じゃあお前は街角で突然に想像物に出会って対処できるのか。」
「い、いいえ。」
「だったら安全のために持っておけ。」
そう言う竹林に「はい」と返事をしながら、拳銃を受け取った。
「鉛屋の想像物は銃だが、それを使うことはできない。想像物の使用許可が出てないからな。」
「使用許可って、すぐには出ないんですよね。」
「上等もしくは、特等捜査官がいれば、その権限で出せる。」
「そうなんですか。」
竹林と灯は話しながらビルを出た。後ろには捜査官助手の鉛屋と糸井がいる。
「お前、特等捜査官がどんな人物かわかっているか?」
「え…えっと…今日が初出勤ですので…。」
灯の言葉に、竹林は呆れた顔で言葉を続けた。
「特等捜査官とは、自力で国家を滅ぼすことができるほどの人だ。」
「え…ええ?!蜜波係長は…一般人ですよね?!」
灯は驚きで懐にしまおうとしていた拳銃を落としそうになりながら顔を上げた。
「そうだ。しかし、その頭脳と身体能力で国家転覆ができると、政府のお偉いさんが判断したんだ。」
「やば…」
「そうだ。特等捜査官はやばい連中だ。それに対して、上等捜査官とは捜査官の代表ともなれる人物のことだ。」
竹林はそう言うとビルの外に足を踏み出した。
「俺は上等捜査官を目指す。唯一、特等に意見できるのは上等だけだ。」
灯はそう言った竹林の強い意志の宿った瞳を目に焼き付けるように見つめた。
「私たち捜査官助手には階級みたいなものないのよね〜。基本的に想像主としてのレベルだけ。」
「え、そうなんですか?」
灯が思わず話しかけると、鉛屋はチッと舌打ちをしてから返事をする。
「想像主に階級なんてつけて、公安局で働かせるくらいなら、収容所で危なくないように監視するでしょ。」
「そ、そうですかね…」
灯は苦笑いを浮かべて頷いた。糸井は鉛屋の態度を横で見て、オロオロしている。その様子が余計に気まずい。灯は話を逸らそうとして、口を開いた。
「あの、竹林二等…」
「二等はいらない。」
「えっ…えっと〜…竹林さん。」
「あぁ。」
うまくいかないことに、少しだけ焦りを感じながら、灯は本題を話す。
「特等が…国を滅ぼすほどの方々なのだとしたら…そんなに人数はいませんよね。全国に何人いらっしゃるんですか?」
「お前、捜査官になるなら多少の情報は頭に入れてこい。」
竹林は灯の質問にため息をついた。もう一度、心底呆れた顔をしている。
「すいません。」
「特等は五人しかいない。現在、前線で活躍しているのはたった三人。一人は、我が一係の係長である、
竹林は指を一本立てる。そしてもう一本立てて口を開く。
「もう一人は三係の係長で、わずか一ヶ月で特等捜査官になった、最強の捜査官と呼ばれている…
「一ヶ月?!」
灯が驚きに声を上げる中、竹林は最後の一人を言う。
「最後は、二係の係長で二人の師匠のような存在…フィジカルでは誰にも負けない、
「三人のうち、二人が女性ですか!」
「そうだ。だが…前線にいない残り二人は男だ。」
竹林はそう言って、信号が青に変わるのを待つ。灯は竹林を見て質問を続ける。
「前線にいないということは…何をしていらっしゃるんですか?」
「組織をまとめる役を担っている。月に一回ほど開かれる特等会議や、上等を含めた捜査官会議を仕切っている。」
「なるほど…。」
「お前は本当に何も知らないんだな。」
竹林はまるで「使えない」とでも言いたげに、大きく息を吐く。灯は苦笑いを浮かべて、頭を掻いた。
「すいません…。たしかに、勉強不足ですね…。でも、逆に竹林さんはどこで知識を?」
「捜査官になる時に手帳を貰っただろ?それを読めばわかるはずだ。」
「え…」
灯は竹林の言葉を受けて、すぐさま捜査官手帳を出す。たしかにそこに今まで受けた説明の全てが書いてあった。
「馬鹿じゃない?私たち捜査官助手の手帳にも書いてあるわ。」
鉛屋がフンと鼻を鳴らして手帳を見せる。灯は恥ずかしく思いながら、手帳をジャケットのポケットにしまった。その時、糸井が口を開く。
「でも、竹林さんはそれだけじゃないですよね。」
「え?」
糸井の言葉に、灯は首を傾げて竹林を見た。糸井は続けてこう言う。
「竹林さんの亡くなったお母さん…上等捜査官だし…。お祖父さんは元特等捜査官でしょう?」
「ええ?!そうなんですか?ご家族で捜査官?」
灯が驚くと、竹林は顔色一つ変えずに灯を見てうなづく。
「まぁな。うちは、剣道の流派の家元で…それを活かして捜査官をやる者も出た。」
「すごいですね…。」
灯はそう言ったあとで、竹林の腰にある刀を見る。竹林が刀を武器に想像物を相手にすると言っていたことが、なんだか納得できた。
「だから…刀。じゃあ、生まれたときから捜査官については知っていたのですね。」
「ああ。上等捜査官だった母がカクレに殺されて…その時に捜査官という職を思い知ったよ。」
竹林は青に変わった信号を見て歩き出す。灯は竹林の手の甲にある傷痕に、なぜか注目してしまう。
「俺の家は…流派のその強さを、世界に認めさせるために捜査官を代々輩出してきた。」
竹林は歩きながら話す。灯は竹林の足の速さに必死に追いつきながら耳を傾ける。
「流派を守るために竹林の名を持つ子供たちを厳しく仕込んだ。」
「え…」
もしかして、手の甲の傷痕は…。灯は考えて黙ってしまう。
「俺には歳の離れた弟がいる。」
「え、そうなんですか。」
「お前よりも歳下だ。弟には捜査官になることも流派を継ぐことも勧めない。それ以外の道に目を向けられるよう、この歴史は俺で最後にする。」
灯はその時、竹林を見つめていると自然と心の声が聞こえた。
「国家転覆の可能な特等になり…竹林流の強さを魅せるのではなく、上等になり…正しい国を作る。」
共感把握能力は人の心を読み、共感することでその人物を把握する。灯は竹林の心を聞いてしまった。共感することができるのだ。
「竹林さんはきっと、上等に向いています。」
「は…?」
「あ、すいません!偉そうに…。でも、その…竹林さんのような正義が…正しいと思います。」
灯は口早に言った。竹林は一瞬立ち止まって、灯をじっと見つめると、怒りはせずに顔をしかめた。
「共感把握したな?」
「あ〜すいません…たまに無意識にできちゃうんです。」
「それが普通だろう。共感しやすい人物相手だったらな。」
竹林の言うとおり、共感しやすい人物には能力を使いやすい。
「お前が俺に共感しやすいなら、仕事の考え方も近いのだろう。同僚としては良いことだ。」
竹林はそう言ってフッと微笑んだ。灯の背後にいた鉛屋と糸井が密かに驚く中、灯は呆然とした。
「意外に怖くない人なのかも…。」
灯はそう思いながら、竹林の後を追った。
首都である東京の街を歩きながら、竹林は言葉を続ける。
「
「え、えっと…首都の中心から一区と二区…と続いてますよね。たしか、一区から二区が一係の担当地区です。」
「あっている。では、三区から四区は?」
「二係…。」
「そうだ。一つの係に二つの区が割り当てられている。」
竹林がうなづいて言う。この情報は国民であれば誰もが知っていることだ。
皇居や都庁などのある一区を囲むように、二区、三区と続く。円になって広がっている地区は外の円に行くほど、数字が大きい。中心地ほど数字が小さい。
それぞれの地区にある電柱などに、『公安局 具現化想像物対策課 一係担当地区』などと書いてあり、子供の頃から自然と目にしている。
「さすがに、子供の頃から見てるのでわかります。」
灯は笑って言った。すると、灯と竹林の話に割って入るように、鉛屋が口を開く。
「でも、区の境界線とかでは、担当は曖昧ですよね。」
「そうだよね。合同捜査もあるし…担当地区が隣にあると、一緒になることが多い。」
糸井も口を開いてそう言った。竹林は二人を見ると、うなづいて答えた。
「一区から六区までは、ほとんど協力しあって捜査している。」
竹林の返事を聞いてから、灯は捜査官助手の二人に声をかける。
「さすが、お二人はよく知ってるんですね。」
「あたりまえでしょ。」
鉛屋がそう答えた。未だ、仲間や同僚としては認めてもらえないようだ。
「しかしだ。普段のカクレ容疑者の監視は、その地区の担当の係が行う。」
竹林はため息をついていた灯に言った。灯は背筋をシャンと戻して話を聞く。
「たとえ区をまたいだ事件となっても、担当地区で発生した事件の指揮は、担当の係が行う。」
「なるほど。」
「お前な、ここまで知らないようじゃ話にならん。明日は手帳を読んでこい。」
「は、はい…。申し訳ありません…。」
灯は自分の情けなさに落ち込みながらも、しっかりとした声で返事をした。鉛屋はフンと鼻を鳴らして笑い、糸井はオロオロしている。灯は心の中で、この先を不安に思っていた。
そんな灯に、竹林は続けて尋ねた。
「お前、資料には目を通したな?」
「資料…」
「カクレ容疑者の資料だ。」
「あ、ああ…さっきの…。はい。」
ぼんやりとしか覚えていないので、答え方もぼんやりとしている。そんな灯を見て、竹林は不安そうに目を細める。灯からしたら、私も同じ目をしたいところだ。
「資料は頭に入れとけ。当然、覚えていて損はないからな。」
「はい。でも…多すぎませんか…。」
先程見たファイルの厚さを思い出して、弱音を吐く。竹林はこの言葉には嫌な顔をしなかった。
「そりゃあ仕方ないだろ。捜査官なんて疑う仕事だ。」
「そうですか…?」
「安心しろ。捜査官に支給される時計がある。それを使えば、情報システムにアクセスすることができる。」
灯はこの言葉に、具現化想像物対策課のビルを教えてくれた受付の女性を思い出す。
「もらってないです…けど…。」
「そのうち貰える。」
「へぇ…」
「公安局の人間なら皆もってるんだが、あくまでも情報システムの範囲のデータしか出ない。そこは注意すべきだな。」
竹林はそう言った。灯は少し考え込んでから口を開いた。
「それって、つまり…けっきょくは覚えていないといけませんよね…。」
「あたりまえだ。」
竹林の言葉に、灯は再び肩を落とした。そんな様子を呆れた顔で見つめながらも、後輩を勇気づけるように付け足して言う。
「まぁ、嫌でも覚える。この職についたのだから最低限の努力はしろ。俺はお前を見てるぞ。」
その言葉は、灯を勇気づけた。努力を誰かが見てくれている。灯にはそのことが嬉しかった。
「それで…今はどこに向かってるんですっけ…?」
「話長すぎて…忘れちゃったわ。」
捜査官助手の二人がそう言った。灯も首をかしげて、「なんだっけ?」とつぶやいてしまう。竹林はもう10回以上は吐いているため息をもらした。
「捜査官と捜査官助手の基本的な業務、パトロールだよ。」
「そうそう!それだ!」
鉛屋が思い出したようにはしゃぐ。かと思えば、つまらなそうな顔に変わる。
「最近は大きな事件もなく…パトロールばかりね。」
「いいことだよ。」
「そうだけど…糸井さん、私たちは想像物を使ってこその助手よ?これじゃあ飼い殺しよ。」
「そんなこと言わないの…。」
糸井は苦笑いを浮かべてを鉛屋をなだめる。灯は不思議な関係性の2人を、目を丸くして見つめる。
「糸井さんのことは…さん付けで呼ぶんだ…。」と心の中で思ったことは内緒だ。
「まぁ…ただ街を歩くだけじゃなく、カクレの情報集めもする。」
竹林が歩きながら言う。その目線はまっすぐ前を見つめている。
「えっと…それって…どうやって?」
灯は竹林を見上げて尋ねた。すると、鉛屋が再び口を開くとため息をつく。
「いつもどおりじゃん…。」
「まぁまぁ。
糸井が再びなだめている。灯は気まずく思う一方で、糸井は鉛屋の機嫌をとるのが上手いのだなとも思う。
「情報をどうやって仕入れるか、なんて人それぞれだ。まぁ…大事なことがあるとすれば、コミュニケーション能力くらいだな。」
「コミュニケーションですか…。私は苦手です。なにを話せばいいのか…わからなくなります。」
竹林の言葉にそう返事をすると、竹林は歩きながら後ろを見る。
「情報を仕入れるのが上手いのは…この中にいないな。」
「ええ…?!いないんですか。今、誰が上手か話す流れでしたよね?」
灯は困惑して3人の顔を見る。鉛屋は珍しく無言でなにも反論しない。竹林は一度立ち止まって助手の二人を見た。
「糸井は…見た目の通りコミュニケーションが苦手だ。」
「僕…いじめられっ子ですので…。」
糸井はうつむいて言う。
「鉛屋は…まぁ、助手ですと言ったところで子供だからな。なめられやすい。」
鉛屋は竹林が言う言葉に、なにも返さなかった。
「じゃあ、竹林さんは?」
「俺は…」
灯の質問に黙ってしまった竹林。その様子で灯は察した。竹林はコミュニケーションが苦手なタイプらしい。
「市木守捜査官は期待の星です。」
糸井が言った。灯が驚くと、竹林はうなづいて続けた。
「そのとおりだ。ということで、聞き込みしてこい。」
「ええ〜?!一人でですか?!」
「あたりまえだ。喪服を着た捜査官が何人もいたら、怖がられるだろ。」
捜査官と捜査官助手の着ている真っ黒なスーツとネクタイは、通称「喪服」。公安局の
「そうかもしれないですけど…。なんでここ?」
灯は周りを見渡した。たどり着いた場所は目の前にコンビニのある普通の街だ。
「近頃、同一犯と思われる万引きが多発している。」
「万引き?」
「ああ。」
「それって、警察の出番では?」
灯は首をかしげた。鉛屋が手帳を見せて言う。
「警察と公安局の具現化想像物対策課は常に情報提供をお互いにし合う。」
「え…そうなんですか…。」
「切っても切れない、家族みたいなものよ。」
鉛屋はそう言って手帳に書いてある説明文を指差す。
『警察と具現化想像物対策課は情報提供をしあい、協力体制を崩してはならない。』
竹林は手帳を見ずに読み上げた。暗記しているようだ。
「これは、捜査官の心得だ。」
「それは理解しました。でも…万引きとカクレって…」
「大いに関係ある。小さな犯罪も、想像物が関わればさらに複雑になるからな。」
竹林はそう言った。灯はそれでもよくわからない。
「万引きに想像物が関わることってあります?」
首をかしげた灯に、珍しく鉛屋がうなづく。
「それは…私も思うけどな〜。」
「僕も。捜査官の勘ですか?」
糸井が竹林に尋ねた。
「万引きって…そもそもバレなければ、誰がなにを盗んでいるかもわかりませんよね?」
「複数人が同じ店でバラバラの時間に万引きなんかしたら、余計にね。」
「防犯カメラとかがあれば…すぐに捕まるし。」
鉛屋と糸井が口々にそう言った。灯はうなづいて賛同する。冷静に聞いていた竹林は、時計に指を触れて答える。
「最近多発している万引きの内容を知れば、少しは疑問に思うだろう。」
「え…?」
3人が声を出すと、竹林は時計を指差す。
「お前らの言うように、時間はバラバラだ。それに、店もバラバラ。」
「え、じゃあ誰か特定できないですよね?」
灯はそう言った。竹林はうなづく。
「そのとおりだ。」
「監視カメラは…?映っていれば…」
「それでも捕まってないんでしょう?」
鉛屋が遮るように言った。竹林はそれにもうなづいて答える。
「そうだ。だが…捕まってない理由は、誰も監視カメラに映っていいないからだ。」
「え…?」
「万引きをしている人間はカメラに一人も映っていなかった。」
竹林の言葉に、3人は声を出すことも忘れた。
「しかし、万引きされた商品の数は数百点に及ぶ。それに、商品の大きさと一度に盗む数は到底、レジ袋やカバンにも入らないものだ。」
「ええっと…理解が…」
灯は頭が混乱した。鉛屋と糸井もポカンとしている。
「まってください…。それって…想像物で万引きしてるってことですか?」
「俺は、そう考える。」
「カメラに映らない、具現化想像物…?そんなのあるんですか。」
「わからない。しかし、想像物はあくまでも想像主の頭の中で作り出すものだ。」
灯の質問に、竹林はそう答える。
「鉛屋の銃は世界各国、最古のものから最新のものまで。鉛屋自身が構造も性能も理解しているものならなんでも具現化できる。」
「え!すごい…!」
灯の声に、鉛屋は少しだけ照れて頬を赤くする。竹林は続けた。
「しかし、鉛屋の想像はあくまでも本物の銃。つまり、物質であることが前提。見えるわけだ。」
「え…ええっと?」
「糸井の想像物はどこまでも伸び、どこまでも細くなることが可能な糸。強度も自由だ。しかし、物質であることを前提としてはいない。」
「どういう…?」
灯がパンクしそうになると、糸井が口を開いた。
「僕の糸は…他人に見えないことを前提に想像したものも具現化できます。」
「え?それって…具現化って言います?」
「あー、えっと…たとえば誰かの傷を縫うとき、糸はある程度の時間が経ったら消える。さすがに僕も永遠に想像はできないですよね。しかし、傷は開きません。傷を塞ぐ糸はそこに残り続ける。」
「え…ええ?」
灯はさらに頭がパンクしそうになった。情報を頭で処理しきれない。すると、竹林はため息をついた。
「今のではわからないな。」
「す、すいません…。」
糸井が頭を下げると、竹林は補足説明をし始めた。
「具現化とは、考えや理想などを実際のものや、かたちにして実現することだ。」
「はい…。」
「傷を塞ぐことを想像した場合。それが目的なわけで、糸は理想の達成に必要最低限のものだ。この場合の具現化想像物は、治った傷だ。」
「え…ええっと?!」
灯は頭がごちゃごちゃになりそうだった。
「俺たちの世界にある具現化想像物は、理想の完成形だ。想像主は理想を具現化するわけだが、その過程にあるものは…具現化されていないはずだ。見たことないだろう?」
「た、たしかに…。」
灯はハッとした。具現化された想像物ができるまでの過程のものは見たことがない。
「言ってしまえば…見えないものを具現化させることはできる、ということだ。」
竹林がそう言うと、糸井はそう言いたかったと思っているのか、肩の力が抜けたようだった。
「まぁ、あくまでも…僕は自分の想像物の糸が関わるものでないと…いけませんけど…。」
「それでも…すごいですね。けっこう柔軟に扱えるんですね。」
糸井の力に、灯は感動していた。
「でも、想像主の想像力次第よね。」
「そのとおりだ。想像主が人間離れしていると思われる理由は、想像が具現化するからだ。小学生ぽく言えば、想像力は戦闘力と言ってもいい。」
鉛屋の言葉に、竹林は大きくうなづいてから言った。
「頭が柔らかいやつほど、突拍子もない想像物を作り出す…。具現化しても他人に見えない想像物…出会ったことはないが…。」
「僕の糸のように、ごく小さいもの…とか?」
「たしかに、お前の想像物のように柔軟に想像できるものなら、可能かもしれないな。」
竹林は糸井の言葉に考えながら答える。鉛屋も考え込んで発言する。
「それでいくと…想像主としてはレベルは高めですかね?」
「さぁな。」
竹林はわからないと態度で示す。灯がポカンとしていると、竹林は灯に視線を向けた。
「今…俺たちの目の前にあるコンビニが、最近被害に遭ったコンビニだ。」
「ここが…?!」
驚いた灯だけでなく、鉛屋と糸井もコンビニに目を向けた。いたって一般的なコンビニだ。
「とりあえず、市木守はコンビニの店員に話を聞いてこい。」
「え!一人でですか?!」
「話を聞くのは一人で十分だろ?もちろん、捜査官なのだから、捜査官助手の監視もやってもらわないといけないがな。」
竹林はそう言って、糸井の背を押した。
「市木守、お前が監視するのは
「は、はい。」
灯が返事すると、糸井は頭を下げた。灯も反射的に頭を下げる。
「俺は
「了解です。」
今度は灯と糸井だけでなく、鉛屋も返事をした。
「では、ここからはペアで動く。それぞれ聞き込みをする。2時間後に再び合流だ。」
竹林はそう言って、背を向けて歩き出した。
「あの…よろしくお願いします。」
ぼーっと竹林の後ろ姿を見ていた灯に、糸井が声をかけてきた。灯はハッとして糸井を見る。
「あ、す、すいません!えーっと…聞き込み…ですよね?頑張りましょう!」
「はー…はい。えっと…市木守捜査官…僕に対して敬語である必要はないのでは?」
「え?そうですか?」
オドオドとした様子で話す糸井に、灯は首をかしげた。
「でも…1係の仲間としても…捜査官としても、私は新人ですから。」
「いや…それでも、捜査官助手は捜査官の指示のもと動く身分ですので。」
「その上下関係…あまり好みません…。私は糸井さんを尊敬しているので、敬語で話しているんです。」
糸井の言葉に、灯はモヤっとした。捜査官のほうが上だという認識はどこから来たのだろうかと、少し疑問に思う。それでも、糸井はオドオドと言葉を続けた。
「え…いや、でも…市木守捜査官は23歳でしょう?僕は19歳ですし…」
灯は23歳、竹林は26歳、糸井は19歳、鉛屋は15歳。具現化想像物対策課は若い人が多い。
「そんなこと言ったら…鉛屋さんは15歳なのでしょう?鉛屋さんは私をどう考えても下に見てますし…関係ないのでは?」
灯は言いづらく思いながら苦笑いを浮かべて言った。糸井は困ったように固まる。灯は今だとばかりに続けた。
「鉛屋さんはわかりやすいです。竹林さんと糸井さんを尊敬してるから、敬語を頑張って使っているように見えました。新人の私のことはまだ未熟だと思っているから、敬語ではないのでしょう。それなら、それでいいです。糸井さんも、それでいいと思います。」
「え…いや…僕は…」
「それに、」
糸井の言葉を遮って、灯は言葉を続ける。
「私はまだ慣れていないので、敬語がいいです。ちょっと砕けた話し方になる時もあるとは思いますけど…。」
灯が笑うと、糸井はやっと肩の力を抜いて声を出した。
「敬語で助手に話しかける人…初めてかもです。」
「そうなんですか?だからそんなに…」
「でも…そう言ってもらえると…敬語じゃないといけないって…変に力が入らず、楽かもしれないです。」
目元の見えない重たい前髪から、チラリと見える目が笑っていた。灯も思わず微笑む。灯は調子に乗って、こんなお願いをした。
「あの…市木守捜査官って呼ぶの、やめてもらえます?捜査官って呼ばれるの…慣れてないので。」
「え…じゃあなんて呼べばいいんですか?」
「ええ…?そうですねぇ…気持ち的には下の名前でも、いいくらいなんですけど…。」
灯の言葉に、糸井は困った顔をする。前髪で隠れていても、困っているという感情は読み取れた。
「ぼ、僕は…友達がいたことがないので…誰かを下の名前で呼んだこと…あまりないです。ましてや歳上なんて…。」
「じゃあ、よけいにいいじゃないですか。私も紡くんって呼びますよ。それならば、おあいこでしょ?」
灯は笑顔でそう言った。糸井は灯の言葉に、困惑してビクビクとしながら答えた。
「わ…わかりました…。あ、あ、、あああ、あ、灯…さん。」
「よろしくお願いします。紡くん。」
灯はそう言いながら、糸井とともにコンビニへ入った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます