公安局 具現化想像物対策課
春紫苑(別名、貧乏草)
一章
第1話
1989年。ある男はこう言った。
「お前たちには見えない友人がいる。」
男の言葉に、人々はイマジナリーフレンドがいるのだと考えた。当時の男は30代。人々は子供っぽいとあざ笑った。
しかし…またある日、男はこう言った。
「友人は具現化できる。私の言う事ならなんでも聞いてくれる。」
人々はまた馬鹿にした。
「何を言っている。できるものならやってみろ。ただの想像ではないか。」
そう言った人々に、男は笑顔で答えた。
「そうかそうか。そう思うか。しかし、君たちの背後に友人はいるぞ。」
2000年。この国で初めての具現化想像物の事件が起きた。巨大なヒト型のそれは、男を馬鹿にした人々を食い尽くした。男のイマジナリーフレンドは巨人だったのだ。
2xxx年。
「具現化した想像物の対策及び、犯罪解決のために作られたのが、公安局…具現化想像物対策課。」
公安局の捜査官だという証明となる手帳。黒革の手帳を手にして、新米捜査官の
「私はその中でも首都を中心に動く1係に配属…。」
緊張で今にも吐き出しそうだ。首都の公安局のビルに向かうバスに乗り込んで、席に座った。
具現化想像物という、過去にはイマジナリーフレンドと呼ばれていた想像の友人が自由自在に具現化できるようになって、50年近くが経つ。今では、この国に生きる約半分の人々が、想像したものを具現化できると言われている。故にそれを使った犯罪や騒動が多くなった。
想像したものを具現化した人、またはそれを可能とする人を
「私が…捜査官…。」
灯は想像主ではない。しかし、代わりに能力者である。
能力者とは、正式には
共感把握能力とは、人の思考、身体の情報、過去から複数の分岐のある未来、それら全てに共感することで把握する能力だ。具現化想像物が世に出て数年後に発見された能力であり、これも政府に申告しなければならない存在である。
「共感把握能力者だからって…レベルはそんなに高くないし…捜査官できるかなぁ…。」
灯はうなだれてつぶやいた。今日が初めての出勤の日。大学を卒業してすぐなので、まだ気分は学生だ。
現在、想像主と共感把握能力者は申告することが義務だが、それぞれレベルをつけられる。数字で4段階に分けられ、小さいほどレベルが高いとされる。灯は3レベルの能力者だ。
新品の黒革の手帳には、顔写真と名前、そして捜査官としては一番下の四等であることと、能力者のレベルが3であることが書いてあった。
バスは公安局の本拠地であるビルに着いた。灯は降り立った瞬間に緊張が走り、思わずスーツを直す。ビルの周りにはAIの搭載されたロボットがたくさん動き回っている。
「ストレス値検知ロボットがいっぱい…。首都の中心だからか…。」
申告していない想像主を隠れた犯罪者予備軍として考え、カクレと呼ぶ。ロボットたちはカクレを見つけようと、四六時中作動している。
では、ロボットたちがどうやって見つけるのか。
脳波やストレス値を検知して見つけているのだ。ストレス値や脳波に異常が見られれば、犯罪者予備軍のカクレとして逮捕される。捜査官たちは国中にいるロボットたちが記録するストレス値を元に捜査をする。ロボットたちには国民すべてのあらゆるデータが記録されており、ストレス値の変化もすべて、随時更新、記録、データ化される仕組みだ。
『
灯に近づいたロボットは女性のような高い声でそう言った。ロボットのデザインはすべて公安局のオリジナルデザイン。可愛らしい平和をテーマにデザインされたキャラクターだ。
このキャラクターの瞳が青であればストレス値がカクレと認定される100以下であると示している。100を超えると赤色に輝き、公安局に通報される。
「よかった〜…いつも緊張する。」
灯はロボットから離れて横を通過し、ため息をついた。そしてそのまま、ビルに入る。
ビルの中もロボットでいっぱいだ。どんな施設でも1台はいるが、公安局本部のビルは何十台もいた。
「人のほうが少ない…。」
灯は初めて来た公安局の本部に圧倒されながらも、フロントのカウンターに近づいた。カウンターには女性二人がいる。ロボットではなく、人間だ。
「すいません。具現化想像物対策課には…」
「失礼ですが、どなたか調べさせていただきます。」
女性はにこやかに答えた。灯は驚いて固まってしまい、じっと女性を見つめてしまった。女性は時計のスイッチを押して光を出すと、その光を灯の顔をまんべんなく照らすように操作する。そしてもう一度スイッチを押すと、女性の目の前に画面が現れた。
「
女性は画面を読み上げた。公安局にある灯の情報データの一部を読んでいるのだ。フロントの女性たちは基本的に国民全員が読める情報だけは調べることができる。
女性は読んだあとで、申し訳なさそうな顔をした。
「残念ですが…具現化想像物対策課…本部のビルにはありません。別のビルになります。」
「え?でも、他の課は…」
「具現化想像物対策課は公安局の中でも、特別な組織となっています。人数も多く、特殊な業務を行いますので、別にビルを持っているのです。」
女性はそう言って、手で外を示す。
「本部のビルの目の前の交差点を渡って行けば、すぐそこにあります。」
「そうですか。教えていただいて…ありがとうございます。」
灯が頭を下げると、女性は笑顔で頭を下げた。
灯はすぐに本部のビルを出た。すると交差点を挟んで目の前にはもう一つビルが立っている。
「あれか…」
蔦に覆われたビルは少し不気味に見えた。
国に様々な情報を申告する必要のある国民は、その情報を元に作られた職業適性や学校適性、または占いを信じている。人々の多くはそれで人生を決めているのだ。
灯は大学も職業も適性検査で決めた。適性検査で公安局の具現化想像物対策課が1位だった灯は、とても珍しい。具現化想像物対策課は職業として人気がなく、志す人は少ない。
「私の…適性検査は具現化想像物対策課の首都を守る1係が1位だった…。」
灯は信号に従い、交差点を渡りながらつぶやいた。
具現化想像物対策課は死ぬことも、カクレを殺すこともあることから、最も危険な職業だと言われている。彼らの制服は真っ黒なスーツであることから通称は喪服だ。
「怖いな…。」
灯は緊張しながら、ビルに入った。ビルに入った瞬間驚く。待っていたように、ロビーに女性がいた。長い黒髪を一つにまとめた女性。服装は喪服のようなスーツ。捜査官だとわかる。
「やっと来たね。」
抑揚のない声で女性が言った。淡々とした声の女性は無表情で、まるで氷のようだ。
「はじめまして。
「あ、あの…?」
「わからない?察しが悪いね。」
表情を変えない、白い肌の女性。想像主でも、能力者でもない1係の係長。
「み、
「そうだよ?わからなかった?」
「す、すいません!失礼をしました!」
灯は慌てて敬礼をした。蜜波は顔色一つ変えずに口を開く。
「まぁ、今日から捜査官になったんだから、知らないよね。」
「は、はぁ…その…場所もわからず…遅くなりました。」
「送ってないもんね、場所のわかるものは。」
「そ、それで…とりあえず本部に行けばわかるかと…。」
灯は苦笑いを浮かべてそう言った。すると、蜜波は顔の筋肉を最低限だけ動かして話す。
「共感把握能力は使わなかったの?試したつもりだったんだけどな。」
「試す?」
「君がどれだけの能力者か。」
蜜波の言葉に、灯はやっと気がつく。
「手帳と、1係に配属となったという書類と…それ以外はいつどこに行けばいいのか、わからなかったのって…試していたと?」
唖然とした灯の言葉に、蜜波はうなづく。
「そう。能力者なら、すべてがわかるのでしょう?」
「だからって…乱暴すぎやしませんか?それに、私は3レベルの能力者です。」
「知ってる。一応は1係の係長だし、部下の情報はそれなりに頭に入れてる。」
「じゃあ、無茶だってわかるでしょう?」
灯の困惑した声に、蜜波は抑揚のない美しい凛とした声で答えた。
「たいしたことない能力者はたくさんいる。面白くない奴は私の班に要らない。」
「そ、それは…私は、要らないということですか。」
「いいや…数少ない情報で、よく来れたよ。能力者だという他に、君には多少の知能があるようだね。」
灯は蜜波の言葉を聞いて、馬鹿にされているようにも感じた。しかし、蜜波はそれ以上に大物だと感じる。強者を前にして、それでも歯向かおうとは思わなかった。まだ、相手を知らないのだから。
「不満げな顔だねぇ。」
「そう…ですか。」
「まぁ、ようこそ。今の会話は、ちょっとした試験だと思ってくれればいいよ。」
「試した…ということもですか。」
「うん。」
蜜波は穏やかに歩き出す。灯は美しく隙のない彼女に、着いていくことしかできなかった。
「具現化想像物対策課は公安局の中で最も、死者が多い。隠れた想像主…カクレ、そして犯罪者。それらを相手にすると共に、想像物も相手にするから。」
蜜波は歩きながら話し始めた。
「どう?怖いかな?」
「ええ…まぁ…緊張してます。」
灯は答えた。蜜波はクスリとも笑わずに続ける。
「そっか。じゃあ…具現化想像物対策課の捜査官については知ってるかな。」
「はい。4段階に分かれて評価される…」
「そう。四等が一番低く、大抵は1年経てば三等になる。その上に二等と一等がある。」
蜜波は淡々と話した。灯はそこで疑問に思ったことを口にする。
「あの…4段階にって言ってますけど…上等と特等がありますよね?その上に。」
「そうだよ。上等、特等になれば私のように地区を任される。特等には、1ヶ月に一回の特等会議がある。」
蜜波は一度も振り向かずに、背後の灯に話し続けた。コツコツという革靴の音が廊下に響く。エレベーターに乗って、6階のボタンを押して立ち止まると、蜜波はじっと灯を見つめた。
「その捜査官と別に…捜査官助手を知ってるかな。」
「え…?し、知りません。」
美しい蜜波に、思わず見惚れながら答えた。すると、蜜波は視線を目の前に戻して再び口を開く。
「だろうね。一般人として生きていれば知らないはずだから。」
「え…?」
知らないはずのことを聞いたのかと、少しムカつきながら、蜜波の説明を待つ。
「助手は想像主。」
「え…え?想像主が…対策課にいるんですか?」
灯は驚いた。普通なら、想像主は政府に監視され、毎年の検査を受けて、想像物の情報と想像主自身の情報を政府に申告しなければならない。常に危険な人物ではないかと監視され、職業も学校も自由に選べない。まず、公安局や警察官などにはなれないだろう。だって、想像主という時点で犯罪者予備軍なのだから。
「それって…目には目を、歯には歯を…ということで、想像主には想像主を、ということですか?」
「そう。想像主にも4段階のレベルがあるよね。3レベル以上の素質のある想像主はスカウトされて公安局に入ることができる。」
蜜波はそう言った。素質とは、おそらく職業適性検査のことだろうと灯は考えた。
「適性検査を受けて…素質があるか調べるんですか?」
「君の言う適性検査は職業適性検査のことかな。それらをまとめて、なんて言うか知ってる?」
灯は質問を質問で返されて驚く。
「え…い、いいえ?」
「情報システムだよ。この国の情報という情報をまとめてそう言う。もちろん、ストレス値なんかもシステムの情報に入る。」
「これは…公安局のみの知識でしょうか。知らないことばかりです…一応は大学を卒業したのですが。」
灯の質問に、蜜波は相変わらずの無表情で答える。
「もちろん、私たちだけの知識だね。」
つまり、国民では知らないことを、公安局は知っているのだ。
「話を戻そう。情報システムで適性アリと判断された想像主は国のために働くと誓った者のみ、捜査官助手となる。場合によっては…公安局が許可書を出せば、捜査で想像物を具現化させても良いとなる。」
「特例ですか…。」
「そうだね。けれど、彼らには私たち捜査官という監視がいなくてはならない。常時国に監視されることが条件で働くんだよ。」
蜜波はそう言って、止まったエレベーターから降りた。灯はそれに着いていく。
「それは、つまり…私も1人監視をするということですか?」
「そう。1人の助手につき、1人の捜査官。これがルールだ。」
蜜波はそう言って、エレベーター目の前の廊下を進んだ。
「私と君以外に、捜査官はあともう一人。助手は二人いる。」
「合計5人?え…え?!それだけですか、1係って…!」
「うん。毎年毎年…新人が死んでいくからね。」
灯は自分のことを言われているようで、少しゾクリと寒気がする。蜜波はそのまま一つの部屋に入る。そのオフィスの入り口には1係という文字がある。
「まぁ、ようこそ。1係へ。」
蜜波が振り返って言った。灯は息をのんで周りを見渡した。パソコンや印刷機など、一般的なオフィスと変わらない一室。しかし、壁紙は木製の見た目をしており、床も柔らかい木目模様をしている。観葉植物もあり、目に優しい。
「ここが…1係のオフィスですか。」
「ええ。」
蜜波はうなづく。すると、蜜波の背後から同じく喪服のようなスーツを着ている男女が出てきた。
「蜜波特等…彼女が
そう言ったのは、腰に刀を携えた男性だった。蜜波は頷いて答える。
「そうだよ。君には彼女の指導をお願いしたい。いいかな。」
「いいですが…。」
「では頼んだよ。
蜜波はそう言って部屋を歩くと、一番中央にある席に座った。革のイスに、パソコンや資料の並んだデスク。スッキリした見た目のデスクに向き合って座る蜜波には、隙のない美しさがある。灯が見惚れていると、竹林が眉を八の字にして口を開いた。
「なにを惚けている。」
「あ、し、失礼しました!本日から1係に配属になりました。
「知ってるよ。俺は竹林凛。二等捜査官だ。お前、
「はい。」
敬礼したまま頷いた灯に、竹林はじっと見つめてため息をつく。
「お前、敬礼やめろ。俺達にそういうのはいらない。」
「え…」
「死ななければいい。とりあえず、1年間は。」
灯はムッとした。
「なめないでください!私だって、捜査官になると決めた時に、それなりの覚悟はしてます!」
思わず言ってから口をふさいだ。竹林は灯をじっと見つめて動かない。
「馬鹿か、お前。1年生き残るだけでも、それなりの実力が必要なんだ。だから、公安局は1年生き残った者とそうでない者を分けて考える。」
「それって…生き残ったら三等に昇進する、あれですか。」
「そうだ。」
灯の言葉に、竹林は頷く。よく見たら、刀を持つ彼の手の甲には傷痕があった。何があったのだろうかと、想像してしまう。
「俺は想像主でも、能力者でもない一般的な人間だ。」
竹林が再び口を開く。話しながら、自席なのか、あるデスクに体を向けてイスに座る。そして隣の何も置いていないデスクを指差して言葉を続けた。
「基本的に体術も、銃の腕も磨いているが、具現化想像物には刀で対応している。」
「あの…噂では係長も…そうだと聞きました。」
灯は竹林の指の指示に従い、デスクにカバンを置いて、イスに座る。灯の言葉に、資料を読みながら蜜波が答えた。
「そうだよ。私は能力者ではないし、想像主でもない。けど…私は刀じゃなくて銃を使うかな。」
「蜜波係長は、特等捜査官だ。捜査の腕は誰にも負けない。お前、それよりも座れなんて言ってない。デスクに荷物を置けって言ってるんだ。何ぼーっと座ってる。」
竹林は顔を険しくして言った。灯は慌てて立ち上がって答える。
「す、すいません!今日は何も持ってきてなくて…。」
「来るだけで精一杯か?お前の能力者としての力はそんなに弱っちいのか。」
「い…いや…情報がなくて…来ることに精一杯で…。」
灯がそう答えたとき、コーヒーを淹れたカップを手にして、二人の男女が蜜波と竹林の横に立つ。
「新人さん…係長に試されたんですね。」
男性の方がそう声を出すと、女性の方はため息まじりに言う。
「私、こんな人のパートナーは嫌だよ。」
「え…」
初対面にして、嫌われているとわかる言葉に、少しだけムカつきそうだ。
「
「はい。」
竹林が灯を見て尋ねてきた。灯は頷いて答えたが、竹林は女性からコーヒーを受け取りながら続ける。
「二人は捜査官助手だ。蜜波係長にコーヒーを渡してる奴は
竹林がそう言うと、長い前髪で目の見えない男性がペコリと頭を下げた。
「よ、よろしく…お願いします。」
オドオドとした喋り方の糸井は、寝癖の激しい髪が特徴的で、スーツの裾が長いのか、腕まくりをしていた。
「よろしくお願いします…。」
灯が不思議な彼に頭を下げると、竹林が補足を言う。
「お前より歳下だからな。」
「え?!私、23歳ですけど…」
「あいつは19だ。」
「ええ?!」
灯は思わず大きな声を出した。すると、男性からコーヒーを受け取った蜜波が、再び抑揚のない冷静な美しい声で言う。
「助手は基本的に適性があれば、中学生から働けるんだよ。私たち捜査官は高校卒業くらいから、だけどね。」
「え、高校卒業からって…19からはいけるんですか。」
「うん。君が、大学卒業なだけで…竹林二等は高校卒業から働いているよ。」
「え?じゃあ…」
灯は歳上だと思っていたので、思わず顔をしかめて竹林を見た。すると、竹林は舌打ちをして答える。
「俺は26歳だ。歳下なわけあるか。」
「で、ですよね…。」
灯は苦笑いを浮かべた。すると、竹林は続けて言った。
「この中で最年少は助手の
紹介されて女性を見ると、見た目は高校生にも満たなそうな少女だった。灯は驚いて、恐る恐る尋ねた。
「あ、あの…鉛屋さん。歳は?」
「はぁ?歳上でお偉い捜査官が、助手に敬語?ハッ…弱そ。」
「うっ…」
灯は声まで幼い彼女の言葉に、思わずうめき声を出す。彼女の代わりに、蜜波が答えた。
「彼女はまだ15歳だよ。」
蜜波が答えると、鉛屋は少しだけ怯えた顔をした。灯はその表情に疑問を持ったが、何も言わずにいた。親しくないのに、聞いても答えてくれないと、頭の底で考えたからだ。
「1係の助手はみんな2レベルの想像主。国に怖がられてるんだよ。」
蜜波はコーヒーを飲んで、黒い水面を見ながら言った。やがて顔を上げるとはじめて微笑んでいた。灯は思わずゾッと寒気を感じた。
「だから、監視してね。
「あ、はい。よろしくお願いします。」
灯は糸井に頭を下げた。糸井も慌てて頭を下げると、オドオドした口調で言う。
「よ、よろしく…お願いします。」
蜜波は続けて、竹林に言った。
「捜査官が増えたし、鉛屋助手は君に任せるよ。」
「はい。では係長は。」
「私は会議も毎月あるし…。パートナーは要らない。足手まといだからね。」
隙のない彼女の笑み。底知れない彼女の闇を感じる。何を考えているのかわからない。灯は本能的に、蜜波には逆らうことができないと感じた。
「竹林二等。あとの指導は任せたよ。」
蜜波はそう言ってから、部屋を出た。灯はその様子を目で追ってポカンとする。竹林は呆れ声で言った。
「おい、アホ面してんな。」
「え…あ、あの…蜜波特等は…一緒に捜査をしないんですか?」
「あの人は暇じゃないんだよ。」
竹林はぶっきらぼうに答える。未だに仕事内容を詳しく知らない灯は困惑していた。
「さっそく、カクレの可能性のある容疑者について説明する。」
竹林がそう言いながら、机のファイルを手にした。
「俺達の基本的な仕事は…カクレを捜索すること、捕まえること。そして…場合によっては処刑すること。」
「処刑って…許可が降りた場合のみですよね?」
灯は声を震わせて尋ねる。竹林はファイルを開きながら頷いた。
「もちろんそうだ。基本は動きを封じて捕まえるのみ。だが、日常的な仕事は、想像主の可能性のある人間を監視すること。乱暴なことはしない。」
開いたファイルを竹林は灯の前に置いた。
「カクレは、想像主として申告していない隠れた犯罪者予備軍のこと。カクレではないかと通報があれば、ターゲットのデータをまとめて監視する。」
「これが…そのカクレ容疑のある人たち。」
「そうだ。」
竹林がうなづく。灯はファイルを凝視した。ファイルに載ったカクレ容疑のある者たち。世代は様々で、人相が悪いわけでもない至って普通の人たち。
「想像主として決定的なポイント、わかるか。」
竹林が突然尋ねてきた。灯は必死に考える。
「え…えっと…想像物があること?でしょうか。」
「そうだ。」
頷いた竹林は説明を続けた。
「しかし、大人数の場で想像物が現れた場合、誰が想像主かは判断しづらい。その時はストレス値で判断する。お前みたいな能力者の力も同じように使われる。」
「そっか…共感把握能力でターゲットの思考を把握すれば、一発でわかりますね。」
「そうだ。」
灯の言葉に、竹林はもう一度うなづいて同意する。
「具現化想像物は基本的に、想像主の想像なわけだから、想像主が操るはずだ。しかし、操ると言っても、想像物の動きもすべて想像しなくてはならない。それなりの集中力が必要だ。」
「はい。その時の脳波などで、ロボットが検知できるんですよね?」
「それなりに勉強してるな。そのとおりだ。」
竹林はそう言ってから、もう一度灯に質問した。
「なら、想像物が一番力を発揮する状況はわかるか。」
「えっと…想像主の視界に入っているとき、でしょうか。見ながらのほうが想像しやすい。」
「そのとおりだ。つまり、想像物が現れたとき、カクレ…想像主も近くにいるはずだ。だから、このカクレ容疑者たちの周辺に想像物が現れるか監視するんだ。」
灯はそう聞いてから、少しだけ怖く思った。
「けど…バレやすいですよね。近くにいつも、私たちがいたら…。本当にこの人たちが申告していない『カクレ』だった場合、捕まりたくないですもん。私たちを殺しに来るかも。」
灯の言葉に、竹林は呆れたように乾いた笑いを見せた。
「だから…1年生き残ったら昇進なんだろ?」
灯は竹林の返事に、息をのんだ。
「そ、そっか…。」
灯は震えた声を漏らした。そして深呼吸してから話を続ける。
「捕まえたカクレたちは…どうなるんですか?」
「基本的に表向きは刑務所行きだ。実態は想像主の収容所だがな。レベルが低い場合は収容所を出ることができる。しかし、過去の犯罪データに名前が載る。」
「レベルが…高かったら…?」
「収容所での生活が待ってる。」
竹林は落ち着いた声で話していた。灯はうつむいて考えた。
「なぜ…申告しないんでしょう。」
「政府の監視が待ってるからだろう。申告したら最後、政府が安全な想像主かどうかを、常に監視する。なぜなら、想像物を具現化できるというのは、普通の人間じゃないからだ。」
竹林が答えた。
「危険な人間を排除したい、それが政府の考えだ。想像主になれば、人間扱いはされない。」
「けれど、自分で想像物を制御できる想像主であり、政府に尽くすと誓ったらある程度の自由がもらえる。」
鉛屋が口を開いた。
「だから私は助手になることを決めた。」
「僕も。」
糸井もうなづいて話した。思わず二人のことを忘れていた灯は驚いた。鉛屋は吊り上げた目をして腕を組む。
「私たちは自由を求めてる。」
「想像主だって元は人間なのに…ちょっと厳しい扱いだと思う。」
「糸井さん馬鹿だよ、ちょっとどころじゃない。」
「そうかな。」
糸井は鉛屋の横でボソリとつぶやく。灯は二人の様子を見て、なんだか不思議な気分になった。想像主は危険だという印象しかない。今まで生きてきて、町中では捕まる想像主を、ニュースでは犯罪を犯した想像主を見てきた。普通に想像主が横に立つ。そんなこと、ありえなかった。
「意外に…普通の方なんですね、想像主って。」
「あんた、想像主を動物かなんかだと思ってるの?」
鉛屋が灯のつぶやいた言葉に怒りの表情を見せた。
「まぁ、想像主じゃない奴からしたら、化け物なんだろうけど。」
「化け物…とは言いませんが…」
「でも…想像しただけよ?小さい頃から大好きな銃を…。そしたら、具現化できるようになった。それだけなのよ。」
鉛屋はうつむいて、寂しげに言った。
「糸井さんだって、いじめられてた時に具現化したんでしょ?虐待されてたから、遊ぶものが糸しかなかった。だから、想像物が糸だって、いってたじゃん。」
「う、うん…。」
糸井は答えづらそうにうなづく。鉛屋はその返事をろくに聞かずに、灯を睨む。
「好きで化け物なんじゃないのよ。」
「す、すいません…。想像主の方と出会う機会がなかったので…その…慣れてなくて…。」
灯は気まずく思いながら、また嫌われていると感じた。
「想像主は政府に監視される。例えば学校や会社でも、想像主が進学、就職することが許可されている場所に限る。」
竹林が口を開いた。
「まぁ、一般人として生きていて、想像主に関わる機会はめったにないだろうな。」
「嫌な意味で特別扱い。」
糸井がボソリとつぶやく。鉛屋も思ったらしく、嫌そうに顔をしかめる。そんな二人に体を向けて、灯は深呼吸後に決意を口にした。
「私は…今まで一般人として、能力者として、幸せに生きてきました。だから、甘ちゃんと呼ばれても仕方ありません。けれどこれからは、この世界としっかり向き合います。」
「いい覚悟だ。」
竹林がそう言った。灯は驚いて竹林を振り向く。竹林は灯の顔が向いてから、もう一度口を開く。
「話を戻すぞ。」
「は、はい。すいません。」
灯は頭を切り替えるために、コツンと頭を殴る。竹林はその様子を見ながら、話を続けた。
「カクレ容疑者を監視するのが日常的な仕事なわけだが…想像物で厄介なのが、自立型の想像物だ。」
「自立型?」
「そうだ。想像主から離れ、想像物だけで判断、動くことができる状態。」
灯は聞いたことのない話に驚愕した。
「そ、それってもはや暴走ですよね…。」
「その境界線は曖昧だな。しかし、時に想像主でも扱えなくなる場合がある。それは、暴走型と呼んでいる。違いは、想像物が成長してなったのか、想像主の脳が破壊されてなったのか。」
「なにが違うんですか?」
灯にはわからなかった。竹林も悩みながら話している。
「想像主が想像して成長させる。つまり、親のような立場であったなら、それは自立型だ。想像主にも反抗的であり、想像主にも対処できなくなれば暴走型。」
「うーん…なんとなくわかりました。暴走型では完全に、想像主でも扱いができないわけですね?」
「そうだ。」
竹林はうなづく。そして続けた。
「想像主を監視しても、自立型が相手では近くにいるとは限らない。だから、捜査は困難だ。組織として大きくなるのも、それが原因だな。」
「なるほど…。」
灯はうなりながら腕を組む。竹林はその様子を見て一息ついてから再度、口を開いた。
「説明はここまで。とりあえず今日の仕事をするぞ。」
「はい!」
灯は気合を入れて席を立った。
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