【KAC20248】幼馴染同士でくっついたら照れくさかった話

眞柴りつ夏

1

 朝起きて、顔を洗う。着替えのために部屋に戻って、キッチンへ。軽く朝ごはんを準備して、ドアをノックする。


「あおいー、ごはーん」


 ん、に被せるようにしてドアが開き、まだ眠たそうな顔が目の前に現れた。


「おはよ」

「ん、おはよ」

「顔洗ってきな。ご飯できてる」

「やった、ありがと」


 嬉しそうに言って、部屋へ引っ込んだ。

 その間に風呂場へ移動して、洗濯物を選別、洗濯機に突っ込む。使うのは先日一緒に選んだ洗剤と柔軟剤だ。

 自分じゃ選ばない甘い香りに微笑んで、キッチンへと向かう。

 先に椅子に座っていたあおいの額の髪の毛を指でつまんだ。


「濡れてる」

「もう、お母さんじゃないんだから」

「お母さんみたいなもんですよ?先に起きて、ごはん準備して、昨日の濡れたシーツ洗濯し」

「あーーーー!!!!!!」


 真っ赤になって口を塞いでくる姿に笑って、その手を掴んだ。


「俺の彼女さんは朝までぐっすり寝ていて可愛いですよ?」

「ううう」

「お母さんじゃなくて、彼氏さん、ね」


 ちゅっとほっぺたにキスをして、向かいの席に座った。


「……ダメだ、慣れない」


 テーブルに突っ伏したあおいが言った。


「何に?」

「甘々ないつきくんに!」


 幼馴染の二人が付き合うようになるまで、20年以上かかった。

 ようやく、なのだ。


「そりゃあ甘やかしますとも。今まで距離取られてたんだから」

「うー」

「さっきから『うう』ばっかり」

「笑わないでよ」


 腕から少しだけ顔を起こしながら言ったあおいが、あれ、っと声を上げた。


「眼鏡?」

「うん」


 珍しそうな顔をする。

 キッチンに来た時からしていたのに、いま気づいたのか。


「ずっとコンタクトだと思ってた」

「眼鏡も持ってんのよ」

「似合うね」

「お、そう?」


 褒められて悪い気はしない。


「小さい頃さ、かけてたじゃん?いつきくん」

「あーね、あの分厚いやつ」


 思い出して苦い顔になる。

 当時まだ薄型レンズなんて高くて買ってもらえず、かなり分厚いのを使っていた。

 案の定、いじめの対象になって。


「いい思い出ないから、高校入ってすぐにバイトしてお金貯めてコンタクトにしたんだけど。ここんとこ目が疲れてて、度が合ってなかったみたいで新調したんだ」


 細身のフレームが顔の形に合ってますよ、とお店で勧められた。


「今日もなんかコンタクト入れるには目が疲れて……あおい?」


 話の途中から口を妙に歪めていたあおいは、ゆっくりとテーブルに顔を戻してしまった。


「どうした?あ、昨日無茶しすぎたか」

「ちが……っも、どうしてそう照れさすの!」


 がばっと起きた顔がまた赤くなっていて、それに声をあげて笑った。


「好きだから」

「っ、追い討ち禁止!やめて、消えたくなる!」

「はいはい、ごめん。消えないで」


 手を伸ばして頬に触ると、ううっとまた唸った。


「で?大丈夫?なんか耐えてる顔してたけど」

「あー……ん。いい思い出ない、って言ってたからあれなんだけど」

「ん?」

「その、眼鏡」


 あおいがじっと見つめてきた。


「小さい頃、私はうらやましいって思ってたんだよ」


 うらやましい。その言葉が理解できず、思わず固まった。


「なん、で?揶揄われてたよ、俺」

「それは知ってる、けど。私、眼鏡憧れだったの。私以外の家族がみんな眼鏡でね。休日に『じゃあ今日はみんなで新調しよう』みたいな時があって。付いて行かざるを得ないんだけど、買ってもらえないから本当につまらなくて。悔しくて。や、目がいいことはいいことなんだけど」


 そう言って苦笑した。


「いつきくん、あの頃言ってくれたんだよ。『あおいちゃんの目はきれいだから、こんなレンズで隠したらもったいないよ』って」

「……」

「あ、覚えてないなぁ?」


 あおいが声をあげて笑った。


「そんなキザなこと言ったの?俺」

「分厚いレンズの向こうの目が優しく笑っててね。私はその時に好きになってしまって」

「え?」

「……あ」


 しまった、と思っているのが良く分かる表情をして固まった。

 にやけるのが止められず、ゆっくりと立ち上がる。


「や、ちょっと、来ないで」

「行くでしょ」


 横に進むと、こっちを向かないあおいの顔を覗き込んだ。


「そんな昔から俺のこと好きでいてくれたの?」

「ひ……」

「ごめんね、忘れてて」


 今までより更に顔が赤くなって、でもようやくこっちを見た可愛い彼女に微笑んだ。


「俺にとって眼鏡は嫌な記憶だったけど、今のでチャラだ」

「そ……それはよかったです……」

「さっきから思ってたんだけど、あおい、この眼鏡好き?」

「え?」


 なんでわかったの?というのが言葉にせずとも伝わってくる顔に、さっきより一歩近づく。


「眼鏡の話し始めた時から、ずっと口元、ニヤけてるよ?」

「嘘!?」


 慌てて押さえてももう遅い。


「似合ってる?この眼鏡」

「……はい」

「ふ、なんで目を逸らすの」

「だって!……似合いすぎててニヤけちゃうんだもん」


 ——なんだその可愛いの。


「今のはあおいが悪い」

「え?……え、ちょ、まって!朝ごはんは!?」

「その前にいただかなきゃいけないものができたので」


 手を引いて立ち上がらせると、これ以上赤くはなれないだろうなと思うほどのほっぺたが目の前にあった。その頬に優しくキスをして、歩き出す。

 寝室のドアを開けて振り向くと、少しだけほっぺたを膨らませた可愛い顔があった。


「せっかくの休みなのに」

「休みだから、いいんじゃない?」

「朝から?」

「朝から」

「昨日もしたの、んん……っ」


 ぐずぐず言う口を塞ぐと、一回だけ肩を叩いて、その手が首元に回った。

 ようやく。ようやく一緒にいられるようになったその柔らかい唇を堪能していると、小さくあおいが笑った。


「なに?」

「条件つけていい?」

「いいよ」


 笑いながら言って見つめると、彼女はいたずらっ子のような顔をしていた。


「その眼鏡、したまま、して?」


 言われた言葉が脳に到達して、片頬が上がるまで一瞬だった。


「えっち」

「うるっさいな、好きなんだもん、眼鏡」

「あ、眼鏡が好きなんだやっぱり。あおい、眼鏡フェチだったか」

「眼鏡かけてるいつきくんも、好き」


 そう言って背伸びしてキスをされ、ううん、と唸る。


「も、って言ったもんな今」

「あーも、するの?しないの?」


 腰に手を当てて偉そうに言うその感じが、子供の頃のあおいを彷彿とさせる。あの頃から好きだったのは、理由はどうあれ、お互いに同じらしい。


「する一択でしょ。もちろん、オプションで眼鏡、つけますよ」



—END—

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