最終話 ワタシ達婚約者なんでしょ?
検査の結果、暴行によって受けた怪我、心停止による後遺症、人工呼吸による感染症、そしてペースメーカーの異常も無かった。
本人は、まだ意識が
ワタシは、彼が入院している間、警察署へ行き聴取を受けたり、休みは貰っているものの、仕事場(図書館)のスタッフとのリモート会議などに追われていた。
その期間に、今後の在り方を自分なりに考えた。
なんと言っても、樹君の大切な青春時代を奪ってしまった事に胸を痛めた。
ワタシが、樹君にひと言伝えてから病院を辞めていれば、八年間もこんな女に振り回されずに済んだはず。
こんなに素敵な男性になったんだ。きっとイイ
樹君は、純粋過ぎた。
向こう側が透けて見える程、透明で
その
それなのに……道端に生えている雑草のようなワタシに水を与えようと立ち止まり、長い長い
きっと、ワタシという雑草にどんな花が咲くのか気になった……たったそれだけの事で大切な時間を棒に振ったんだ。
彼のように素敵な男性……素晴らしい
ワタシは……身を引こう。
そうすれば、何にも縛られないこれからの道のりで、きっと彼に良く似合う綺麗な花が見つかるだろう。
ワタシは、彼が眠るベッドの脇にワインレッドのキャリーバッグを置いた。
彼の幸せを思えば、ワタシは清々しい程の気持ちでこの病室を出て行ける。
……なんて、嘘。
このまま彼と居たら、ワタシは冷静じゃいられない、どうにかなってしまいそう。
けど、彼と離れてもどうにかなってしまうだろう。
だったら、彼に迷惑の掛からない後者を選ぶ。
ワタシは、決して振り返ること無く病室のドアに手を掛けた。
「また、黙って居なくなるの?」
ワタシは、カラダをビクつかせた。
彼が……樹君が気が付いた。
ワタシは、何も言い返す事が出来なかった。
「まさか、
樹君は、ワタシが去ろうとした事で、ワタシが
「ほら、だって
ワタシは、声を震わせ呟くように答えた。
「それって、ボクと並ぶと
そんな事は無い……絶対に。
けど、そんな事を口には出来ない。きっと、ボクは諦めないとか言い出すだろう。
その場の感情で、モノゴトを決めて欲しくない。
ワタシは口を
暫く沈黙が続いた、そして……
「あー、分かった!ボクみたいなカラダの弱い男の面倒をみたくないんだ。そりゃそうか……いつ死ぬか分からないしね」
ワタシは、瞬間湯沸器のように頭に血がのぼった。
「樹君!冗談でもそういう事を言……」
ワタシが、振り返ろうとした
彼は、背後からワタシをギュッと抱き締めた。
「はい、ボクは雫玖さんのマフラーです!どう?温かい?」
彼は、クスリッと笑った。
「死ぬ……なんて冗談。やっぱり騙されたかぁ……純粋だな、雫玖さんは。言ったろ?ボクはそう簡単には死なないって……」
彼は……樹君は、耳元でそう
彼の吐息が……ワタシの心の中のダムを崩壊させた。
ワタシは、滝のように涙を流した。いい歳して、まるで子どものように声を出して泣いた。
樹君は何も言わず、ワタシが泣き止むまでずっとずっと抱き締めてくれた。
樹君のカラダが、樹君の心が、ワタシを温かく包み込んでくれた。
暫くして、ワタシは泣き止み心を落ち着けた。
ワタシは、絡み付いた彼の手をそっと退かして振り返った。
そして、少しだけ背が高い彼の首に手を回した。
「ねぇ、ワタシたち婚約者なんでしょ?誓いのキスは耳たぶじゃないのよ?知らなかった?……いっ君?」
ワタシが
ワタシは、そんな可愛い彼の唇を引き寄せキスをした。
都会の
クリスマスカラーで彩られた街……
手のひらの温度で消える雪にはしゃぐ子ども達……
肩を寄せ合い、ひとつのマフラーで繋がる恋人たち……
そんな温かい風景に、ワタシたちは溶け込んだ。
【了】
見知らぬ美少年はワタシの婚約者らしいです をりあゆうすけ @wollia
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