第28話 お願い、戻って来て

 お願い……いつき君、!!


 雫玖ワタシは、懸命に心肺蘇生を行った。


 救命処置は、時間との勝負……1分以内で95%救命。それ以降、徐々に救命率は下がっていく。5分を過ぎたら25%……脳に障害が残る可能性もある。そして、8分を過ぎたら……


 元看護師がゆえに、数字で思考する事が不安と焦りを募らせていく。


 早く救急車も呼ばないと。けど、スマホが無い……。恐らく、玄関で金髪男に殴られた時に落としたのだろう。


 ダメだ、玄関へ行く時間も惜しい。ましてや玄関に落ちているとも限らない。

 救命処置を続けるか、スマホを探すか……どっちだ?……どうする?


 樹君の顔は、何度も殴られて酷く腫れ上がり、顔色は段々と青くなっていく……。



 嫌だ……生きて!樹君!!


 ワタシは、救命処置を続ける事を選んだ。


 絶対にワタシが助けてみせる!


 それから2分程経過した。それは、まるで2時間にも思えた。激しく胸骨圧迫を続けていると、金髪男に頭突きをされた影響で、ワタシの頭はクラクラと眩暈めまいを起こした。


 意識が飛びそうだ。けど、樹君の心臓が動き出すまでは絶対に倒れることは許されない。


 ワタシはどうなってもいい!


 樹君だけは、絶対に助ける!!




 トクンッ……



「あ!」


 動いた、樹君の心臓が動き出した!!


 救える、樹君は戻ってくる!!


 ワタシは、血生臭ちなまぐさい口で、人工呼吸をした。

 感染症の恐れもあるが、今は出来る事は何でもやろうと決めていた。


 樹君が、無事に帰って来る事を祈るコトしか出来ない。


 

「くはっ……」



 樹君が……樹君が呼吸をしてくれた!

 助かる!絶対に助かる!!


 その時……真っ暗な外から回転灯の赤いランプがビルに反射し、窓を照らした。

 けたたましく響くサイレンは、マンションの前で止まった。


 間もなくして、救急隊員達がワタシの部屋に入って来た。


 え?どうして……?


 ワタシは、ホッとしてカラダの力が抜けた。救急隊員は、血だらけのワタシに声を掛けた。


「酷い怪我だ。ぐに処置しますから!」


「ワタシはいいですから、早く彼を!」


 思わぬワタシの大きな声に、救急隊員はビクッとカラダが動いた。


「えっと、貴女あなたは彼の……お姉……」


です!ワタシは、彼の婚約者です!」



 ワタシはら樹君に連れ添い救急車に乗り込んだ。


 救急車が再びサイレンを鳴らし走り出すと、近所の野次馬達がわざわざパジャマの上にジャンバーを羽織り外に出て来た。


 心配されたのか、はたまた只の興味かは分からないが、ワタシ達は野次馬達に見送られ病院へと向かった。



 のちに知らされた事実はこうだ。


 ワタシと通話していた伽椰子が、突然スマホが落下した音を聴き、咄嗟とっさの判断で救急車を呼んでくれたのだ。


 ワタシは、また伽椰子に救われた。


 金髪男もぐに逮捕された。



 そして……岩田美紅みくちゃんは、最寄りの警察署に出頭したとの事だった。


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