第27話 最低なオンナ

 いつき君は、ピクリとも動かなくなった。


「え……?ヤベェ……コイツまじで○んだんじゃ……?」


 金髪の男は、焦慮しょうりょに駆られた様子で一目散に逃げていった。


「樹君!!」


 雫玖ワタシは、頭突きを喰らった影響で、フラフラしながら樹君に駆け寄った。


 元看護師のワタシは、ぐに理解した。


 樹君は……心肺停止状態だった。


「いやぁああああああっ!」


 ダメだ……落ち着け、泣いている場合じゃない!ワタシは彼を助けるんだ!


 一分一秒無駄には出来ない!


 胸骨圧迫、人工呼吸を始めようとした時……恐るるべきモノが、ワタシの目に飛び込んできた。


 はだけたシャツから見える鎖骨さこつの下に、およそ5cm程の手術痕と皮膚の膨らみ……!!


 樹君には……ペースメーカーが植え込まれている!!


 ワタシの頭の中に、樹君との出会いから現在いままでが、走馬灯のように駆け巡った。




〖ハァハァと息を切らせて彼が追ってくる……〗


何故なぜ上半身を隠す?普通下でしょ?……〗



〖大袈裟な程カラダをビクつかせ、真っ青な顔で……〗



〖スマホを持ち、肘を伸ばして自分から遠ざけた……〗



〖なかなか執拗しつこいしゃっくりのようだ……〗



〖走り幅跳びのようにジャンプして、セキュリティゲートを飛び越えた……〗




 全ては……


 電波の影響を、ける為……


 心臓が弱い為……


 ペースメーカーを入れていることをワタシに隠す為……




 そしてワタシは、広瀬樹ひろせいつき君を……思い出した。



 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


 コンッコンッコンッ


「あれれ?何をしているのかなぁ?キミは……」


「あっ、ヤベっ……雫玖さん!」


「ヤベっ……じゃないっ!ベッドはトランポリンじゃ無いぞ!


 ワタシは、受け持ちの小児病棟に朝の巡回でやって来た。


 広瀬樹君、十歳……

 先天性心疾患を持ち、ペースメーカー植込み手術を控えている。


「はい、じゃあお熱と脈拍測ろうね」


 ワタシは、彼をいっ君と呼んでいた。

 当時は坊主頭でヤンチャな子供だった。とても明るく、笑顔絶やさぬ彼だったが、長く学校へ通えない日々が彼の心を酷く痛めていた。


 ワタシは、そんな彼から毎日プロポーズを受けていた。


「ねぇ、雫玖さん。ボクが大人になったら結婚しようよ、大切にするからさ」


「……あのねぇ、いっ君が大人になったらワタシはもうオバサンだよ」


 ワタシは、いつもこんな感じで苦笑いしていた。しかし、いっ君の気持ちは固く、決して諦めなかった。


「雫玖さん二十一歳でしょ?ボクが十八歳になっても、二十九歳じゃん!全然!」


 いっ君は、力強く拳を掲げた。


「こら、動かないで!脈拍上がっちゃうでしょ!しかもって……何?」


 大体いつも測り直し。動くし、興奮するし……。


「もういいっ!結婚してくれないなら、手術受けないもん!」


 いっ君は鼻息を荒くして、そっぽを向いた。


「ええっ!それは困ったなぁ……。それにワタシ一応彼氏いるし〜」


 はっ!しまった!ワタシって……バカだ。こんな事言ったら手術受けてくれないじゃん、どうしよう……?


 けど、いっ君はそんな言葉にくじけ無かった。


「彼氏いるの?!えーショック。うーん、うーん……」


 いっ君は首を傾げ、頭を悩ませてた。


 なんだろう……?


「よし、決めた!手術受けるよ!そして元気になってイケメンになる!だから、雫玖さんが……


 三十歳30になっても独りだったら、結婚しよう……」



 ワタシはドキッとした。たった十歳の子供が言うセリフでは無い……よ。


 でも、その時のいっ君の笑顔は、ワタシの心を確実に射抜いた。十一も歳が離れた男の子にキュンとさせられたのだ。


 

 暫くして、いっ君のペースメーカー植込み手術は無事に成功した。

 頑張ったいっ君は、とても誇らしい顔をしていた。きっと、ワタシとの結婚が少しだけ近づいたと思ったに違いない。


 けど、ワタシはそんな純粋ないっ君を裏切るコトとなる……。

 その頃だった。先生カレシが、暴走した……いや、本性を現したのは。


 ワタシは、いっ君のコトも考えられなくなる程、あの男に追い詰められた。



 そして、逃げた……。



 看護師を辞め、いっ君の存在も頭の片隅に自ら封じ込めたのかもしれない。



 ワタシは……最低な女だ。


 ワタシは……最低な女だ。


 ワタシは……最低な女だ。

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