【KAC20248】いつもいっしょ

下東 良雄

いつもいっしょ

 小学生の時、初めてめがねをかけた。

 可愛いクリアピンクの近眼用めがね。

 これまでぼんやりとしていた私の視界が一気に鮮明に。

 学校でも私は注目の的になった。

 ほんの数時間だけだったけどね。


「めがねの子って、あんまり好きじゃないんだよね」

 好きな男の子の何気ない一言が耳に飛び込んだ。

 告白も何もしていないのに、勝手に振られた。

 高校からの帰り道、めがねをしているのに視界がぼやけていく。

 傷心の涙は、めがねでもどうにもできなかった。


 大学に進学して、初めて彼氏ができた。

 彼もめがねをかけている。

 付き合い始めて一ヶ月、公園で良い雰囲気になった。

 コツンとめがね同士がぶつかる。

 彼氏とふたりで苦笑いしながらのファーストキスだった。


 変な病気が流行しだす。

 世の中から殺菌や消毒と名前に付くものが消えた。

 マスクをしていないと、周囲から白い目で見られる。

 どんな時もマスクは必須な空気。

 私のめがねと同じように、みんなの心も曇っていった。


 結婚して子どもを産んだら、体形が崩れてしまった。

 こればかりは仕方がないが、ちょっとショック。

 夫に夜のウォーキングに誘われた。

 ダイエットになるし、夫との時間も増える。

 スポーツ用のめがねをかけて、夫婦ふたりの時間を楽しんだ。


 私の不倫が家族にバレた。

 みんなやってることだから。バレなきゃ不倫じゃない。

 あまりに身勝手な理由。

 周囲を裏切り、夫と子どもたちの心を殺した私。

 実父に本気で殴られ、めがねが壊れて、ようやく目が覚めた。


 ひとりきりの寂しい日々が続く。

 夫や子どもたちと別れ、長い償いも終わった。

 でも、私の心には後悔しか残っていない。

 荷物の奥から出てきたクリアピンクのめがね。

 あの頃に戻りたいと、ひとり涙した。


 近くのものが見えなくなってきた。

 私も老いたものだ。

 久々に眼鏡屋さんに行った。

 今は可愛いデザインのものもある。

 私は人生をやり直す気持ちで、クリアピンクの老眼鏡を作った。


 めがねくん、いつもいっしょだよ。



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