過去眼鏡
棚霧書生
過去眼鏡
うちの家はお寺だったから、由緒正しい仏像とかお経とかがあった。それ以外にもなんだかよくわからない古いものがいっぱいあった。
小学五年生のとき、夏休みに倉庫の中をいじくり回りしていたら、私はそれを見つけた。
だっさい眼鏡。第一印象はそれだけ。なんか変なパワーを感じるとかはなかった。これは私の素質がなかったからかもしれないけれど。
子どもは後先を考えないことをする。昔の私もそう。今だったら絶対に考えられないけど、薄汚れたホコリまみれの、もしかしたらちょっとカビてたかもしれない、その眼鏡を試しにかけてみた。
そしたら、景色が一気に黄ばんだ。もうちょっといい感じの表現をするなら辺りが古い写真があせたような色になった。眼鏡のレンズが黄色っぽいわけでもなかったのに、なんか変だなって思った私は倉庫の外に出てみることにした。
扉を開けたらなぜか昔飼ってた犬のトミーが尻尾を振ってた。私を見てじゃなくて、トミーの視線の先にはボールを持った私の兄がいた。
このとき、この眼鏡は大変なものかもしれないと私は子どもながらに思った。だって、トミーも兄もこのときにはすでに死んでたから。私の前に現れるはずがなかった。
私が一回眼鏡を外したら、トミーと兄は見えなくなった。景色も普通。いつもどおり。それで、もう一回かけたら、またトミーと兄が目の前に現れた。
二人は眼鏡をかけた私に気づいてなくて、試しにトミーの背中を撫でてみようとしたけれど手はすり抜けた。じゃあ声はどうだろうと思って、兄に話しかけてみたけど、聞こえてないみたいだった。兄の声やトミーが吠える声もこちらには聞こえない。あくまで見えるだけらしい。
私は眼鏡を外して、じっとそれを見つめた。
どうしようかな、これ。お母さんにも見せてあげようかな。そんなことを思った。
家で寝ている母のもとに向かおうとしたけれど、私は立ち止まった。見せたからって、どうにもならなくないか?
母は私の兄、彼女からすれば息子、を失ってからすごく精神不安定になっていた。夜中に兄の名前を叫ぶし、探しにいくといって家を出ていこうとする。家族としてはわからなくもないのだけど、こっちも生活があるのだから勘弁してよって状態だった。
眼鏡があれば、兄の姿を見せてあげることはできるけれど、それで母の中でなにかが変わるだろうか、もしかしたら、兄はまだ生きているという思い込みが強くなるだけではなかろうか。当時の私はそんなことを思ったわけだ。
だから、その眼鏡の存在は自分だけの秘密にした。
眼鏡を色々、観察してたらわかったことがあった。フレームのとこがダイヤルみたいに回る。それを回して、かけてを繰り返していると段々と仕組みがわかってきた。
眼鏡は過去の出来事を映像のように見ることができるようだった。一番、右まで回すと現在になってただの眼鏡になる。左に少しでも回すと過去がたち現れる。眼鏡で数秒前の自分の姿を見たときは自分に追いかけられてるみたいでちょっとキモかった。
眼鏡の使い方がわかった私は適当にその力を使いまくった。学校で給食費の入った封筒を盗んだのは誰だったのかとか、花壇を荒らしてたのは誰かとか、そういうちょっと気になってたやつをわざわざ休みの学校に忍び込んで、過去を見てきた。好奇心から色々とプライバシーにかかわるものも見てしまったが、子どもだったから許してほしい。
眼鏡で過去を見るのは面白いけど、結構げんなりすることもあったから、一番気になっていたことを確認したら倉庫に戻そうと思った。
気になっていたのは兄の死因。事故死と聞いていた。階段から足を踏み外して頭を打って死んだのだけど、私はその現場を見たわけじゃない。だから、納得感があまりなかった。私も母と同じで本当は兄が死んだことを受け入れられてなかったのかもしれない。
家の二階にあがって、兄の死んだ時間を逆算して眼鏡のダイヤルをあわせる。
途中でやめようかなとも思った。人が、しかも兄が死ぬところってかなりショッキングだろうから。
だけど、仏壇の前で手を合わせても、兄の好物をお供えしても、なんかそのうち帰ってくるんじゃないかと思ってしまう。私の頭には母のことがあった。パニックになっている人を見ると人は冷静になるらしいけれど、私は私自身も母のようにおかしくなったらどうしようと思っていた。
ちゃんと兄が死んだことを納得しなければならない。私は頑なにそう思っていたのだ。
私は意を決して眼鏡をかけ、過去を見たら、最悪だった。
現場には兄と父と母がいた。夜中だった。父と母の言い争いを止めようと兄が間に入る。これだけでも信じられなかった。父と母は仲が良いと思っていたから。
話している内容は聞こえないのでわからない。父が母になにかを問い詰めているようで、それを兄がすごく悲しい顔をして見つめている。なんとなくだけど、母にこの言い争いの原因がありそうに見えた。
口を閉じたままの母にしびれを切らした父が彼女の腕を掴んだ。それをなだめようとした兄が、父に振り払われて……
私はそこで眼鏡を外した。床に眼鏡を叩きつけ、素足なのも忘れて強く踏む。バキッ……と音を立ててフレームが割れ、足の裏に刺さった。痛かったけれど構わず何度も踏みつけた。二度と使えないように、念入りに壊した。
私はなにも知らない、見ていない。
時間が経って大人になってから、あれは夢だったんじゃないかと思うときがある。現代の科学技術でもあんな眼鏡を作るのは不可能なのだから。幼い自分が頭の中で作り出した虚構ではないかと。
私の足の裏に今もフレームで深く切った傷痕が残ってさえいなければ、もっと過去を忘れるのも簡単だっただろうか。
終わり
過去眼鏡 棚霧書生 @katagiri_8
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