君の瞳に恋してる
宮野優
君の瞳に恋してる
向こうからフラフラ歩いてくる子がいるなーって思ったらやっぱりメガネちゃんだ。メガネちゃんってよくARを見ながら歩いてるからキョロキョロしてる子が多いんだよね。そういえばARって何の略だっけ?
おっ、このメガネちゃん、よく見ると鼻の形とか唇の形がイケじゃん。肌もきれい。全然あたしの方は見てないから遠慮なく観察しちゃうけど、目元を隠しちゃうなんてもったいない。
メガネちゃん、最近はまた増えてきたかも。あたしが子供のときはみんながマスクをしてたけど、何年も経ってやっとみんながマスクを外せるってなって、そしたら今度はメガネちゃんが増えてきたんだよね。そんなに顔を隠したい気持ち、あたしにはわかんないなあ。
大体ダサさが限界突破してるし。ただでさえARグラスってフレームが大きいダサメガネばっかなのに、目元を隠すモードにしたらもうショック死しちゃうくらいダサ。
漫画に出てくるメガネキャラそのものって最初に言った人はセンスあるよ。本当にあれそっくりだもん。メガネだけ描かれて目が描かれない漫画の表現。だからメガネちゃん。
ついつい立ち止まって目の前のメガネちゃん、というかARグラスをじろじろ見ちゃってる。外から見るとレンズの部分が、鏡みたいな、でもそれにしてはぼんやりしてるような、何とも言えない感じに見える。だからやっぱりこう言うのがなんとなくわかりやすい。漫画のメガネキャラの目が描かれてないあの感じ。あれを現実に自然に表現した感じ。
なんてことを考えてたらいつの間に目の前に来てたメガネちゃん――あたしよりずっと背が高い――がこっちに手を伸ばして、あたしの手首を掴んだ。
「へっ?」
「へあっ!?」
もちろんあたしもびっくりしたけど、手首を掴んできた本人はあたしよりずっとびくった声を上げた。何の何?
「あっ、す、すいません! ARの映像につい手を伸ばしたら当たっちゃって……」
「えっ、いや、別にいいんだけど、あたしの手のとこに何が見えてたの?」
ちょっと失礼かもって思ったけど、メガネちゃんのARグラスをひょいっと取ってかけて見た。まっ、このくらいはノリで許されるっしょ。
あたしが立ってた場所に何か見えてるのかな。三歩下がって見てみると、あーなるほどね。
「イケメンがいるじゃん」
「あの、待って。返してください」
アニメ顔のイケメンに手を伸ばしてみる。あたしの手は映像をすり抜ける。でも爽やかな微笑みの彼に触れたくなる気持ちはわかる気がした。
「ごめんごめん、返すよ」
あたしはARグラスを外して差し出した。ずっと下を向いてたメガネちゃんが顔を上げて、そこで初めてその子の目をちゃんと見た。
大きなぱっちりした目。吸い込まれそうな瞳。これを隠して歩いてるなんて、そんなの絶対ダメって思っちゃうような、そんな目をしてた。
「えっ、ウソ。めっちゃかわいい」
「えっ」
「えー、なんで? なんでメガネちゃんして目元隠しちゃってんの? せっかくおっきいきれいな目があるのに!」
「えっ、いやそれは」
「ARグラスはいいけど、目元隠すモードはもったいないって!」
「その……人に見られるのが苦手で」
「えー見られるのってめっちゃ気持ちいいと思うけどなー」
メガネちゃんはほとんど真下を向くようにしながら上目遣いであたしを見た。背が高いのに小動物みたいでキュンキュンする。
「あっ、今いかにも派手で人に見られまくってそうな女って思ったっしょ」
「い、いえそんな!」
「やーいいよいいよ事実だし。ってか制服だからあたしと同じ高校生だよね? タメ語でいいって」
「え、あ……うん……」
「あたしカオリ、よろしくね」
「あ、わたしはヒナっていいます……よろしく」
身長はたぶん一七〇センチくらい? 随分大きな雛もいたもんだ。
「ヒナっちさあ、目を隠すのはともかくさ、なんで髪とか制服の着方まで地味にしてんの?」
「えっ、いやそれは……だって見せる相手もいないし……」
あたしは返そうとしたAIグラスを覗いて、さっきのイケメンをまた見てみる。
「そりゃあこんなイケメンに見てもらうことはないけどさ、でもオシャレってさ、自分のためにやるもんじゃん? 自分を好きになるためにやるんだよ」
「自分のため?」
「そう……ねえヒナっち、今からちょっと付き合ってよ。ヒナっちがさ、自分のことをもっと好きになれるように、あたしが変身させたげるから」
「嘘……これ、わたし……?」
ヒナは驚いてたけど、あたしは驚かなかった。この子の素材の良さにはすぐ気づいたから、磨けばこのくらいは光ると思ってた。
「派手なのは苦手みたいだから、ナチュメで仕上げて、髪も緩く巻いただけ。いやー元々目が大きいからちょっと盛っただけでバチバチ決まるわー。どう? この清楚系ギャル仕上げ。いけてるっしょ?」
「清楚系、なの? なんか、けっこう遊んでそうっていうか」
「そうそう、こういうのが一番男にモテたらしいよー」
あたしは鏡の前のヒナを後ろからそっと抱きしめた。
「ねえ、本当に遊んでみる?」
「えっ」
「見られる気持ちよさ、教えてあげるよ」
着崩した制服の胸元に手を滑り込ませる。
「待って、わたし、そういうのはちょっといきなりは……」
「何? 初めてはちゃんと好きな人とって? 今時流行んないよそういうの。そんなの気にする男はもうどこにもいないんだし」
「でも……」
「あたしね、どうして今までヒナっちがメガネちゃんだったのかわかるよ」
ヒナが鏡の中のあたしから生身のあたしに視線を移したその瞬間、あざといピンクベージュのリップを塗った唇を奪う。
「あたしに見つけてもらうためだよ。あんなに素敵な目を隠して、それでも見つけてくれる誰かをヒナは心のどこかで待ってたんだよ」
「わたしが、カオリに見つけてもらうのを待ってた?」
「そうだよ。ねえ、もっと誰にも見せたことない、あたしだけに見せる顔を見せて……」
ブラジャーのホックを外すと、うおでっか!と叫びたくなるようなおっぱいが解放される。制服で目立たなかったけど、抱き心地の良さそうな身体だなーと思ってたあたしの目は正しかった。
「嫌ならあたしを突き飛ばして、うちを出て行っていいよ。ヒナの方が大きくて力も強いから、簡単に振りほどけるよ。……そうしないなら、いいってことだよね?」
ヒナを立たせてベッドの方にそっと導く。抵抗せずに横になってくれる。
ナンパしたウブな子をおうちに連れ込む悪いヤツみたいになっちゃったけど、でもしょうがないよね?
男がいなくなった世界じゃ、こうやって女の子同士で楽しむしかないんだから。
みんなが頭全体をすっぽり覆うマスクをしてたあの頃、男だけに感染するウイルスが十年もかからずに世界中の男をほとんど殺しちゃった後、華の女子高生になっても周りに一人も男がいないあたしたちには、ARで架空の男の子とデートするとか、女の子同士で慰め合ったりとか、そんなことしかできることがないんだもん。
でも今制服を脱がしながら、肌に触れる度にいい反応を見せてくれるこの子は、あたしのことを夢中にさせてくれそうな予感があった。火照る顔の、潤んだ瞳があたしの心を吸い込んで離してくれない。
その目を見つめたまま、もう一度キスをする。今日はこの子を帰さない。そう決めてあたしの手に余る大きな雛鳥を強く抱きしめた。
“Can't Take My Eyes Off You” closed.
君の瞳に恋してる 宮野優 @miyayou220810
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