第2話

「最近の研究では、ネアンデルタール人が絶滅したのは、ネアンデルタール人がホモサピエンスに恋したからだって話らしい」

「なんだよ、それ」

 数十秒の沈黙の後にメガネ男子が語りだしたトリビアを斜め前の男は冷たくあしらう。僕の心の中の呟きも『なんだよ、それ』だったので、僕の脳内ではハモったカタチだ。でも、その話はちょっと詳しく聞きたい。

「今のオレ達の……、いや、特に東アジアの人間の遺伝子にはネアンデルタール人の遺伝情報が入っているらしいんだ」

「へぇ。違う種族なのに混血できたって事?」

「うん。ネアンデルタール人とホモサピエンスは違う種類の生物だけど、混血はあったみたい。それでね。その説によると、オスのネアンデルタール人がこぞってメスのホモサピエンスに恋をしたから、純血のネアンデルタール人が絶滅したらしいよ」

「え、マジで? ってか、ネアンデルタール人のメス、立場ないな」

「だよね。ホモサピエンスの戦争の歴史を思うと、蹂躙され攻め滅ぼされた国ってのは、男が殺され、女は慰み者にされるってパターンだし、父親系の遺伝情報だけが残るような絶滅の仕方は考えにくいんだけどね」

 おぉ、面白いじゃないか、隣のメガネ男子。僕は視線こそラップトップの画面に向けているが、もう、隣で行われている話に夢中だ。仕事なんて出来やしない。


「で、それが、合コンでのオマエの悪手の話とどう関係があるんだ?」

 斜め前の男が至極真っ当な質問をぶつけた。さぁ、どう出る?隣のメガネ男子。

「繁殖における淘汰ってさ。常にオス優位って訳でもなくて、常にメス優位って訳でもないなって思ってさ」

「あぁ、ネアンデルタール人のメスは子を産めなかったって話か」

「うん。今の人類の遺伝情報を見ると、ネアンデルタール人の遺伝情報は父系のものしかないらしい。ホモサピエンスオスとネアンデルタール人メスの交雑はなかったみたいでね」

 へぇ。面白いなぁ。いや、その交わりはあったかも知れない。ただ、その組み合わせだと妊娠しなかっただけなのかも知れない。どうなんだろうな。タイムマシンが無い限り決して知り得ないそのリアルを僕は想像してしまう。


「ま、オス優位かメス優位かは、確かにどっちか分からないけど。オマエがモテない事は変わんねーし、オマエがモテないって事は、オマエの世界ではメス優位って事なんじゃねーの?」

 斜め前の男は言う。

「いや、感性とイメージで男を選ぶ女に好かれるというのは、オレにとって損失なんだよ。そんな女は願い下げだね」

 メガネ男子、負けじと反論。なんか、がんばれ、メガネ男子。

「そうは言うけど、女が数字と理性でオマエを見た時に『わぁ、ステキ!』って思う様な財産や実績って、オマエにあるのかよ」

「え、金?」

「あぁ、金だな」

「金はねーよ。金が男の値打ちじゃない」

「じゃあ、金以外のオマエの魅力は?」

「えーっと、自分ではパッと出しにくいな。何か例を出してくれよ」

「そうだな……、楽器が出来るとか、喋りが上手いとか、夢を追ってるとか」

「んー、特に、ないな」


「ないんかい!」

 思わず声に出してしまった。そして、初めて隣の男の顔を見る。斜め前の男とメガネ男子を交互に見てしまう。驚いたような表情を浮かべる二人。斜め前の男はチャラいワイルド系で、メガネ男子は思った以上に知性の感じられない顔立ちをしていた。目の端で捉えていた二人と僕は袖こそ擦り合っていないが他生の縁か。盗み聞きも他生の縁、ないか、そんな言葉。

 早回しで頭の中がぐるぐる回る。


 ―終―

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