私はメガネに恋をする

細蟹姫

1話

「婚約おめでとう!!」


 かねてよりお付き合いしていた彼からプロポーズを受けた翌日。

 何かと飲み理由を探しては集まる学生時代からの悪友達が、「じゃぁ、お祝いしなきゃね!!」と、飲み屋に集まった。


 夜景の見えるレストランで一挙一動に不安を持ちながら高級フレンチを食べるより、気の置けない友人と囲む焼き鳥は最高に美味しい。


「で、どんな人なの?」

「あれでしょ、会社の…上司だっけ?」

「前にめっちゃイケメンって言ってた人だよね!? 今日こそ写真見せてよね!!」


 あぁ、この尋問さえなければ本当に最高なんだけどなぁ…。


 ビール片手に頬張った焼き鳥を、ワザとらしく噛んで時間を稼ぐ。

 生まれてこの方30年、恋愛の【れ】の字も無い私の婚約話がそんなに気になるかといえば、多分そうではないはずで、大体、人を楽しませるような話なんて微塵も無い。

 飲みの口実なのだから、ノラリクラリとしていればそのうち飽きるだろう。

 そう思っていたのだけれど…

『最高の冷やかし案件ツマミを逃してなるか!』という圧が強すぎて、諦めそれを飲み込んだ。


「分かった。話すよ。彼は会社の後輩で、とってもいい人だよ。写真…顔写ってるのあるかなぁ?」

「あるかなぁって、この間旅行行ったって言ってたじゃない。あるでしょ!」

「もう、良いから早く見せなさいって!!」


 私の手から、操作中のスマホがスルっと取られてしまった。


「どれどれ…? って、えー、あんたの彼氏、ホントに顔が写ってないじゃない。」


 そうなのだ。

 彼はデート中いつもサングラスを付けてくれている。


「んー、目元見えないとイケメン判定難しいなぁ。」

「ホント。っていうかサングラスとか、芸能人気取りかよっ。ウケる―。」

「こらこら、紫外線に弱いとか理由があるのかも知れないでしょ。ね? 保奈美ほなみ。」


 自分が言ったわけでも無いのに、「ごめんね」と手を合わせる彼女には首を振り、私はスマホを取り返した。


「病気とかじゃないから安心して。両目とも視力2.0以上の健康体。」

「じゃぁ、何でサングラス?」


 何故? 何故ってそれは…


 ――― 俺、今日からメガネ男子になりますから、先輩が毎日コーディネートしてくださいよ! 


 顔を真っ赤にしながら、変わった告白をしてきた後輩を思い出すとふっと笑いが込み上げて来る。


「これが愛、なのかな?」


 言った瞬間、その場の全員が凍り付く様に固まった。

 冷やかしたい人間には、何だかんだ素直なのろけが一番効くのかもしれない。



 ***


 任されていた大きな案件が片付いたその日。

 30年やって来なかった私の春は、突然やって来た。


「先輩、実は俺、先輩の事好きなんです。」

「可愛い事言ってくれるじゃない。そんなキミには先輩が奢ってあげよう!」


 唐突な告白には一瞬ドキッっとしたけれど、勘違いしてはいけない。

 恋愛話に疎い私の耳にも入るくらい、後輩はモテる。

 イケメンで高身長、仕事に対する姿勢は意欲的で覚えも早い後輩君は、いつも女性社員の噂の中心なのだ。


 今回の案件では、後輩君のフォローも頑張ったし、憧れの先輩枠に入っていても可笑しくは無い。

 きっと、この好きはそういう好きなのだろう。


「いえ、そういう意味では無く…」

「じゃ、罰ゲームかなんか? 私、中学の時それやられたよー。」

「そうじゃなくて!」


 声を荒げる後輩君に、思わず怯む。


「その、恋愛的な意味で、先輩を好きなんです。先輩、恋人いないって言ってましたよね? 付き合ってもらえませんか?」


 ・・・詐欺?

 でも、後輩君はどうやら真剣な様子だった。

 なら、こちらも真剣に応えなくてはね。


「じゃぁ、今から家に来てもらってもいいかな?」

「は、はひ!?」


 驚く後輩君。

 そりゃ、そうだろう。

 とんだビッチと思われたかもしれない。けれど、そういう意味は全くない。

 ただ、見せたいものがあるだけである。


「汚い所は目を瞑ってね。」


 普段来客などほとんどない部屋だから、かなり散らかっているが、それは無視して彼を部屋へあげる。

 そして、クローゼットの中を開いて見せた。

 そこには、私が長年集めたメガネコレクションがずらりと並び飾ってある。

 その総数は100弱。


「私もね、気になってたんだよキミの事。だって、その骨格、コレが似合いそうだなぁって!!」


 手に取ったヴィンテージサングラスを後輩君にかけてみる。

 うん、やっぱり似合う。

 日本人は骨格の問題でサングラスが似合う人ってなかなかいない。

 だから、後輩君を始めて見た時、この顔だ!ってピンと来て、この瞬間を妄想しまくった。


「良い! 想像の数倍良い。」


 整っているけれど、派手すぎない後輩君の顔は、洗礼された丸みあるサングラスのデザインを邪魔しないどころか、映えさせてくれている。


 サングラスさん、活き活きしてるわ!


「…あ、の、先輩、これは?」

「んー、私の恋人たち。私ね、男の人を見ても、どんなメガネが似合うかな? しか思わないんだよね。今までずーっと。だから、これからも恋とかはしなくて、メガネファーストで生きていくと思う。だから、ごめんね。」


 こんな理由で断るのは、ふざけていると思うだろうか?

 でも、それが事実なのだから仕方ないよね。

 小さい頃からずっと、私は何故かメガネにしか興味が無いのだ。


「いえ。」

「ん?」

「今のはちょっと驚いただけです。この程度で先輩を諦める理由にはなりません。先輩、俺、今日からメガネ男子になりますから、先輩が毎日コーディネートしてくださいよ! 」

「は? だって、キミ目良いんじゃないの?」

「両目裸眼で2以上です。でも、先輩に本気だって伝えたいので。俺に似合うメガネ、見繕ってください! メガネファーストだっていうなら、俺はメガネの付属品でもいいんでお願いします。付き合ってください!!!」

「あ…はい。分かりました。」


 あまりの勢いに負け、気づけば頷いていた。

 そして、彼は宣言通りメガネ男子になった。

 普段はカジュアルめの伊達メガネを、休日デートではサングラスを身に着け、次第にメガネにもくわしくなっていった。


 元々整っているお顔には、どんなメガネも最高に映え、私はメガネとのデートを楽しむことができて、幸せだった。

 後輩君も、それなりに幸せだったらしい。


「結婚してもらえませんか?」


 と、ずっと欲しかったプレミア物のヴィンテージメガネを差し出され、二つ返事でOKをした。


 私とメガネの結婚生活がどんなものになるかはまだ分からないけれど、きっと幸せな家庭が築けるのではないかと、何故かそんな風に思っている。

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