めがねよい

藤泉都理

めがねよい




 あれは忘れもしない幼き頃。

 興味本位でかけた父の眼鏡。

 襲いかかる大いなる違和感。

 少しだけ気持ち悪くなって、すぐに外して、それ以降かけた事はなかったが。

 あの酩酊状態に似た違和感は、深く、深く、私の中に刻み付けられる。


 のちに知る。

 恐らくこれは、眼鏡酔いなのだ。











 むしゃくしゃして、酒に酔いたい、というような欲求を抱いた事はないだろうか。

 私は度々あるが、酒に酔う事はできない。

 一度、とても低い度数のジュースみたいなとても飲みやすいチューハイを飲みまくったら、翌日、高熱と頭痛と倦怠感と激しい嘔吐に見舞われて、それ以降、酒は飲めなくなった。もっぱら、ノンアルコールで済ませているが、ノンアルコールであるが ゆえに、酔えない。

 あんたは酔えるよと自己暗示をかければ、何となく酔った気になれるような、なれないような、やっぱりなれない酔えない。

 なので、酒には頼れない。

 酩酊したい。安心安全に。

 酔いたい衝動に駆られるまま彷徨っていた時に出会ったのが、屋台の居眼鏡屋である。






「いらっしゃい」

「こんばんは」


 夕刻。

 中央に大きな桜の木が植えられている公園の傍らの空き地で、居眼鏡屋はひっそりと営業をしていた。


「開花予報では、ちらほらと咲いていてもいいのに、まだあそこの桜は一輪だけしか咲いてないですね」

「そうですね。まあ、こんだけ寒暖差がひどいので、桜も咲く気になれないんでしょうね」


 鼻眼鏡にタキシード姿の居眼鏡屋の店主は、今日はどういたしましょうと尋ねながら、多種多様な眼鏡が収められた棚を台の上に置いた。

 私はその日の気分によって、その棚から気に入った眼鏡を選ぶ事もあれば、店主にお任せをお願いしたり、どんな風に酔いたいのかを言って選んでもらったりする事がある。

 今日は。


「ほろ酔い気分になりたいんですけど。店主さん、選んでもらってもいいですか?」

「ええ。お任せください」


 私は店主に選んでもらった眼鏡をかけ、ほろ酔い気分を味わった。













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めがねよい 藤泉都理 @fujitori

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