【KAC20248】絵空事

人生

彼がメロスなら、そこには人質があり、犠牲を伴うだろう。しかし――




 定時――国営小説投稿サイト『ヨムシカ』に新作が投稿される。

 そうなると、担当者の男には三分以内にやらなければならないことがあった。


 それは投稿された小説に対する、読者の反応の確認である。


 小説が投稿されると、その作品ないし作家をフォローしている読者ユーザーに通知が届く。こうした「固定読者」の確認はまた別の担当者の仕事で、男の職務はこれとは別、「新作が投稿されました」という通知に反応し、新たにその作品を確認したユーザー「新規読者」のチェックである。


 それはさながら全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れ、あるいは砂漠の地に繁栄をもたらすナイルの氾濫のように、新作が投稿されると、無数の読者が現れ、爆発的にPVが膨れ上がる。男はそうした自然の脅威にも近しいネット社会の一大イベントの管理者の一人といえよう。


 通知に即座に反応する人間というのは概ね二種類に分けられる。

 常時ネットにかじりついていた者か、たまたまスマホなどの端末を手にしていた者だ。前者には社会的価値がある者もいれば、ない者もいる。後者はそもそも投稿時間が人々の「手の空いている時間」を狙ってのものなので、可能性が高い。


 男の仕事は、作品をチェックしたうえで何かしらのリアクション――たとえばそれは、作品に対するコメント、評価、SNS上でのつぶやき――を示した者たちの身辺調査である。

 その登録ユーザーもしくは非登録ユーザーのIPアドレスを特定し、関連アカウントの調査を行う。その人物はどのような人格か、どのような思想を持っているか。そうしたことを確認していくのだ。まるで住宅の内見のような作業である。彼らのプライベートを逐一確認し、安全性を確かめる。

 もちろん、全てではない。ある程度目星をつけ、何人かに絞って集中して行う。ここで危険分子を見逃すようなヘマをしていれば、次の日には担当者が別人になっていることだろう。


 なぜそのようなことをするのか。それは『ヨムシカ』について説明する必要があるだろう。


 そも、この『ヨムシカ』というサイトは、政府が運営する、国民に娯楽エンタメを提供する媒体の一つだ。『箱舟計画ネクストプラン』によって選ばれた少数精鋭の作家たちによって成り立っている。

 元は民営の投稿サイトで活躍していた素人も同然の作家たち。彼らの中から才能があり、実益を生みそうな人材を国がスカウト、彼らの生活の援助などを行い、創作活動に専念させる……それが『箱舟計画』の概要である。遠からず衰退する文芸業界から、才能あるものを次代に運ぶ箱舟だ。


 彼ら専業作家は政府の指定したお題に基づき作品を描き、政府の検閲をうけた上でその作品は投稿される。これらの作品には、現在の政府が国民を「このように導きたい」といったような意図が隠されている。


 たとえば、現在の政治家のあり方を非難するような内容だったとしよう。政府はそうした作品も試験的に投稿させる。

 これに対し、「そうだそうだ」と賛成する者、しない者が現れる。読者は何かしらの反応を示すものだ。そして、賛成者の中には時に、現政権に対して強い不満を持つ「危険分子」が潜んでいる場合がある。それは国にとってのささくれ、放っておけば何が起こるか分からない。彼らはドクを持つ者であり、それは周囲の人々に感染する。それがささくれというものだ。男はそうした、心のささくれだった危険人物を見つけ出すのだ。

 男はそれを「上」に報告するが、その後「報告された人物」がどうなったかは考えないようにしている。その人物のSNSアカウントなどは凍結ないし削除されているので、確認のしようもないが、考えるだけで、憂鬱になる。深淵を覗くものはなんとやら、というやつだ。男の心もささくれだってしまう。


 そうした悪質な存在を排除するのも立派な仕事だが、贅沢を言わせてもらえば、優良読者――周囲に良い影響を与える、いわゆるインフルエンサー的な読者の発掘などに従事したいところだ。影響力がある、いわばレアリティの高い読者を調査することは、危険分子の監視と違って人間の持つ善性に触れるものだからだ。


「ふう……」


 とりあえず、あとでチェックすべき人物を一通りピックアップした。なるべく三分以内に取り掛からなければならないのは、何かしらの反応を示した直後、そのリアクションを取り消す可能性があるからだ。


「……取り消すというか、隠されているのだろうな」


 政府に反抗する、何かしらの組織に。


 男の勤めるこの『新世界構想局』――それは政府にかかわる秘密機関だ。その存在を知っているものはほとんどいない。男は家族にも自分がただの公務員だと名乗っている。はなさないでいるというのはなかなかにストレスだが、これもその家族を守るためだと自分に言い聞かせている。


 しかし、ネットの情報を追っている中、この『新世界構想局』という名を騙り、活動している組織のようなものがいる……そのような陰謀論ないし都市伝説らしきものをたまに目にする。


 彼らは本来の『新世界構想局』が運営する『ヨムシカ』のマスコットキャラクターである鹿の『ヨムシカくん』に対抗してか、そこから「鹿の角」をとった、トリのようなキャラクターをシンボルに掲げているらしい。


 その意図は分からないが、恐らくはこちらの名声を利用し、それを上書きするようなかたちで世の中に対して何らかの変化を起こそうというのだろう。いわく、「読むだけ」ではなく、「書く自由」を訴えているらしい。現在、政府がもっとも危険視している組織だ。こちらと名称が被るため、便宜上『KAC』あるいは『書読かくよむ』と呼ばれている。


「さて……」


 男は席を立ち、休憩をとろうとオフィスを出た。


 政府施設なだけあって、世間一般で「給湯室」と呼ばれるようなエリアさえ、それなりに寛げる広さがある。


 そこには先客がいた。

 男は思わず敬礼にも近い直立不動の姿勢をとる。


「おツトメ、ごくろう」


 それは幼女のような見た目をしている。外国人なのか、銀に近い色の長髪。この施設にいるのが明らかに場違いにもかかわらず、彼女の首には男と同じ身分証が下がっている。いや、同じではない。男よりも位が高い。まさに「上」の人間だ。


「トリあえず、座ったら?」


「……はい。休憩させていただきます」


 色めき立つ心を抑え、なんとか平静を保つ。


(見た目でヒトを判断する人間を刈り取る……。物事の本質を見抜ける人間を選別する、上層部の刺客か)


 見た目が幼女だからと、色眼鏡で見てはいけない。こんな時代だ、見た目なんて服を着替えるように変えられる。特に上層部、国の支配者層であれば。


「シゴトは最近、どうカナ? 色々、タイヘンじゃないカナ?」


「はい。特に問題はなく……。ただ、最近我々の名を騙る……構想局の名を世に広めようとするかのような動きが見られます」


「ウン、正直でよろしい」


 この国を、いやこの世界を牛耳っているのは今や彼女たち支配者層だ。政府だの政治家だの、そんなものは彼女たちにとっては都合の良い、要らなくなったらいつでも切り捨てられるお人形に過ぎない。


(この世界を真に動かしているのは、新世界構想局……物語エンタメの力だ)


 政治家も、国家元首も、物語の登場人物に過ぎない。

 そも、政府が力を持っている(と錯覚している)のも、「そういう物語」上の配役だからだ。


 ……彼女たちがその気になれば――


(今の世界に飽きれば。簡単に、この世界を終わらせることが出来る)


 それはさながら、人気のなくなった連載作品を打ち切るように。

 世界を編集する、神のような存在だ。


(故に、我々『新世界構想局KAC』は、神を討たねばならない)


 ――人の時代を取り戻すために。


 そのために、男はこの政府組織に潜入したのだ。


「キミ、」


「……なんでしょう」


 男は内心、動揺していた。今の心の内を読まれたのではないか。表情を隠すように、片手を持ち上げ、指先で眼鏡を押し上げる。手のひらで口元を、レンズで視線を遮った。


「昇進、したくないカナ?」


「……と、言いますと?」


「真面目に働き、立派な成果を上げている。努力には、報いなければネ」


「……おめがねに適ったのあれば、光栄です」


 これは、上層部に近付くチャンスだ。

 そうすれば当然、彼女たちの「力」の秘密……この世界を操るすべを知ることが出来る。


「キミの調査能力を見込んでネ、厄介な連中の存在、その痕跡を捉えてほしいんだヨネ」


「……と、言いますと?」


「時間遡行者――外部改変者だヨ。この世界の外から来た、神様化け物みたいな連中サ。そして"そうなりうる"内部の芽も見つけて、摘んでほしい」


 男は呆気にとられていた。まるで、物語フィクションの中のような話に思えたからだ。


「物語の中の登場人物が勝手に動き出す、なんて……あっちゃあイケないんだヨ。平和な世界のために、"読み書きする自由カクヨム"なんていらないんダ。物語世界を紡ぐのは、私だけでいい」


「…………」


 男は決意した。

 かならずやこの邪知暴虐の神を討たねばならない、と――



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