035:新年度に向けて

 そして、翌日。午前中に朝食を食べ、準備を済ませた後、勇達は不知火家本家を後にして、バスに乗り、空港に向かい始めた。

 これで三泊四日の広島旅行も終わり、勇、巫実、焔はすっかり疲れていたのか、様子でバスの背もたれに寄りかかり、うとうとと今にでも眠ってしまいそうな顔だった。一方で、そもそも大移動をしていない暁月はクスクスと笑いながら、勇達3人を見ていた。


「3人とも、すっかりお疲れの様子じゃの〜。帰ったらゆっくり休みんさい」

「その前に飛行機の中で爆睡かの〜」


 と、勇は大きく口を開いてあくびをしながら、バスの天井に向かってぐいっと腕を伸ばす。

 それから、自分の目の前に立ちながら、媛乃と何やら話している暁月をちらりと見た。


(まさか、暁月さんまで東京に来るとは……)


 今朝、起きた時に暁月も何やら荷物らしきバッグを準備していたのだが、まさか自分達のように東京に住むための準備とは思いもしなかった。勇自身、暁月は広島に留まって、その後の人生をのんびり過ごすつもりなんだろうとすっかり思い込んでしまっており、今回、暁月が自分たちについてきたことに驚いている。とはいえ、暁月からしたら人生はこれから、と言わんばかりの状況の筈なので、そういう選択肢を取るのも違和感はないであろう。

 勇は「まぁ、これで楽しくなるなら」と、再び目を閉じて、空港に着くまで暫し休む事にした。その時、巫実がぴったりと彼の腕にくっついてきた。


「ぅおっ、ふ、巫実さん……」

「ん……勇、くん……」


 巫実はすりすりと勇の体に自分の頬を擦り付けながら、ふんにゃりと小さく口元を綻ばせた。


「えへへ……勇くん……」

「ふ、巫実さぁん……」

(これ、完全に寝ぼけておるなぁ……)


 巫実の白菫色の銀色の髪の毛から漂ってくる甘い匂いと、勇の劣情を煽るどこか色気のある空気――勇はバスの中だと言うのに、どこか意識してしまい、気を逸らすために目を閉じて知らんぷりするので精一杯であった。今、外な上に巫実はサラシを巻き、あの爆乳を隠している為、そこで命拾いした気持ちなっていた。これが家の中だったら自制が効かなかったかもしれない。

 暁月は巫実と勇を見て、思わず言い放った。


「お前さんら、すっごい仲良いんじゃのう。常にイチャイチャしておらんか?」

「あ……まぁ、そうじゃのー」


 と、勇は目を開いて、暁月に対してそう答えた。とりあえず巫実から気を逸らすために、暁月と話すのは丁度良いか、と、そのまま話し始めた。


「初めて出会った日にワシから求婚したら、そのまま流れで……」

「そうなんかー。ま、巫実ちゃん可愛いし、勇くんからしたら手放したくないんじゃろうねぇ」

「そりゃもう。巫実さんはすっごい可愛いぞ。ワシより年上とは思えん」

「あれ、勇くんの方が年下だったんか。てっきり同い年か巫実ちゃんの方が下なのかと」

「巫実さんの方が年上じゃよ。こう……身長は低いのに、大人の色気がムンムンというか」

「あはは、そうかそうか。わしらの目からしたら、普通の可愛い女の子にしか見えんけど、勇くんだから感じ取れるこの子の魅力ってやつがあるかもしれんなぁ」


 暁月は勇の巫実語りにケラケラと笑いながらそう返して、続けた。


「生憎、わしは恋愛とかには微塵も興味なくて、遠目で他のカップル見守ってる方が合う性分でなぁ。なんだか、傍観者でいた方が安心するんじゃよ。媛乃には『とっとと彼女作れ』って何度もせっつかれておるが」

「当たり前でしょ。兄さんほどの人材、とっとと良い女捕まえてくれないと後が怖いんだから」


 横で二人の話を聞いていた媛乃が割り込んできた。


「ま、恋愛に興味ないのも兄さんらしいっちゃらしいけどね。デカパイ女捕まえて私に紹介なさい」

「うーん、胸がデカい女には碌なのおらんからなぁ〜。なんか面倒くさそうじゃ」

「それ私だけ見て言ってるわね……というか、私、面倒くさくないわよ。寧ろ、さっぱりしてる方よ」


 なんて、媛乃はドヤ顔で胸を張って、自前の大きな胸を揺らした。

 しかし、助手周りの面倒臭さや、想い人に対しての態度など、何かしらと面倒臭そうな場面がちらほら見えるせいで、説得力が無く、より、暁月の見解を加速させている。暁月はしらーっとした顔で、適当に相槌を打った。


「そうかのう……そうじゃのう……」

「媛乃さん、自分でそう言ってる時点で、己が面倒くさい自覚あるんじゃないかの」


 そこへ、勇も参入する。

 勇自身、巫実という爆乳美少女を彼女として抱えている為、暁月の言葉に反論しようにも出来なかった。最近の巫実は安定こそしているものの、付き合ったばかりの頃は結構扱いが面倒で、何かあったらすぐにネガティブになるなど、普通の男なら降参するような場面が多かった。

 媛乃は「むぅ」と不機嫌そうに半目になり、言った。


「何よ、ガキジジイまで。良いわよ、後であの金髪デカパイも召喚して、面倒くさくないデカパイを見せつけてやるんだから。覚えておきなさい」

「それだけはやめんか。面倒くさいくさくない以前に暁月さんが困るだけじゃろ、あの副会長は」


 流石に佳奈芽を暁月にぶつけるのは良くないと、勇は制止に入る。ただでさえ、身の回りの巨乳美少女は巫実以外碌なのがいないと言うのに、その中でも一番碌でもない佳奈芽を暁月にぶつけようとするのは、ただの自爆でしかないだろう。

 媛乃と暁月と勇がそうやってわいのわいの話ている中、バスの方は着々と広島空港へと近付いていた。

 勇はチラリと車窓へ目をやった。


(あっという間じゃったのう……向こうに戻ったら新年度に向けて、色々準備するだけじゃ)


 そして、東京。

 水無月家は魔修闘習高級専門学院から徒歩10分以内の場所に構えており、不知火邸に負けない豪邸である。ただし、不知火が和の豪邸なら、水無月の方は洋の豪邸。つまり、こちらの方が今時の金持ちの一軒家、という雰囲気があるのである。

 そんな水無月家に、本日、呼ばれている女子の姿が一つあった。彼女は慣れない豪邸の廊下にキョロキョロと辺りを見渡して、その表情も何処か強張り、緊張している様子だった。


(まぁ確かに、うちは水無月の人と親戚筋だし、今度の春から学院に通う事になってるけど……家の人が直々に呼んでくるなんて、一体全体、どういう了見なの?)


 少女はいきなり自分が呼びつけられたことに、酷く動揺している様子だった。

 さて、この少女、見た目はかなり愛らしく、巫実に負けず劣らずの美少女だった。白茶色の甘く淡めの茶髪のボブカットに、琥珀色の虹彩を持っている溌剌とした目は、まつ毛が長く、くりっとしていて丸い。とはいえ、体型の方は年相応で、凹凸はまぁまぁあれど、巫実のようにはっきりとしたものではなく、成長途中の緩やかなカーブだった。淡い黄色のワンピースを着ている為、その緩やかなカーブも目立つようで目立たないのだが。


「……此処、かな?」


 少女はやっと該当の部屋の前へと辿り着き、ふぅ、と、一息ついた。

 そして、扉をコンコンと叩く。


「あの……来ました。咲良宮さくらみや萌絵もえです。入ってよろしいですか?」

「ああ、構わないよ。来てくれ」

「はい……」


 少女・萌絵は扉の向こうからきた声に従って、部屋の扉をガチャリと開いて、その中へと入っていった。

 中の方は昼間である故か、電気はついておらず、少々薄暗かった。灯りと言えば、部屋の中に差し込んでくる陽射しぐらいのものであろう。ただ、この部屋の窓はかなり大きく、光は十分部屋の中へと差し込んでいた。

 萌絵が入ってくるなり、部屋の中で待機していた水無月宏夜は立ち上がり、彼女に向かって歩いてきた。


「やぁ、君が咲良宮萌絵くんだね。オレは水無月宏夜。立ち話も難だし、とりあえず中に入って座ってくれないか」

「……分かりました」

(噂通りのイケメン。性格は悪そうだけど)


 萌絵は宏夜に案内されるがままに、部屋のソファーへと腰をかけ、テーブルを挟んで彼と向き合う形になった。

 萌絵は男の部屋に長居したくないようで、とっとと本題に入るように宏夜に急かした。


「――で、お偉い政治家さんの長男が、うちみたいな凡平な女に何か御用ですか? まさか、少女漫画みたいにうちを婚約者に、なんて事は無いでしょうし」

「お生憎様、オレは身長が高めの美女が好みなのでね。同年代の女子には興味が無い」

「ふーん、そう。ならいいけど」

(えっ? うちの事サラッとガキくさいって馬鹿にした? 馬鹿にしてたよね?)


 萌絵はさらっと受け流しつつも、実際は宏夜のその返答に反応して激怒を表に出しそうになっていた。この男、相手をサラッと馬鹿にするような言葉をこうやってお出ししてくる辺り、根底の性根は褒められたものではない。

 宏夜はそんな萌絵の反応などつゆ知らず、そのまま話を続けた。


「単刀直入に言おう。君には敵偵察をしてほしい。不知火焔側の人間達と仲良くなり、情報をこちらに流して欲しいんだ」

「……え? それって、スパイって事?」


 萌絵が目を丸くして宏夜にそう返す中、宏夜は「そうだ」と、肯定して続けた。


「オレは今、生徒会長の不知火焔と対立している関係なんだが……それ以上に、オレの親父の敵になりかねない状態らしい」


 と、


「そもそも、オレの親父は不知火焔の父・不知火灯悟と仲は良いんだが、いかんせん、その灯悟さんと焔の方が非常に仲が悪くてね。向こうには魔女で有名な不知火媛乃もいるが……そっちは焔側の人間だ」


 続けて、


「ただの子供相手に警戒しているのもおかしい話なんだが、生徒会長の座をオレが焔から奪取出来ないであろう状態の中、将来的に立場が危ういんだ。それに、思いもがけない伏兵もいてね。それが不知火焔の従弟・賀美河勇という存在だ」

「はぁ」


 まだ事を把握しきれず、しっくりきていない萌絵に対し、宏夜は説明を続ける。


「彼は魔法も使えないし、ただの喧嘩が強い子供だが、この時代を生きてない顔立ちと表情だ。こういう人間は油断していると、とんでもない精神力と爆発力を発揮して、こちらを潰してくる力を成し得る」


 それから、


「そして、君に仲良くして欲しいのが、伊和片巫実という女子だ。この子は賀美河勇の恋人であり、まぁ、見た目は可愛らしいのだが――オレの学年では劣等生のいじめられっ子で有名でね。碌な人間関係を築けていないから、友達になってほしい、と言われたら、すぐに応じると思われる」

「となると、その巫実ちゃんって子を通して、不知火側と接触を図って、情報を聞き出すってこと?」

「左様。まぁ、やりたくなければ、それで構わないよ。丁度良いところに君が学院に編入するから、ちょっとした提案をしているだけに過ぎない。どうだい?」

「……」

(スパイかぁ……気は乗らないけど、編入早々独りぼっちは解消出来るのか〜……)


 萌絵は宏夜から一通りの話聞いて、悩んでいた。

 萌絵自身は普通に周りから人気のある真っ当な美少女であり、編入したところで友達は沢山出来るだろうと思われる。とはいえ、それで話せる友人がすぐ作れるわけがなく、暫くの間は寂しい時間を学校で過ごす事にはなるであろう。

 それに、


(なんか、いじめられっ子で友達居ないってなると、ちょっとほっとけないかも……。それで彼氏が居るってことは、相当な美少女なんだろうし、何か落ち着かないな)


 巫実自身に対する興味も湧いて出てきたのである。

 あの宏夜がわざわざ彼女の見た目に言及するぐらいなので、誰もが認める美少女なのはほぼ確定で、特に成績や内面等に問題なければ普通に学園のアイドルとして成立するレベルなのだろう。

 萌絵は巫実に対する興味のきっかけが、よりにもよって宏夜からのスパイ依頼である事に納得は行かないものの、それで助かる子がいるのならば、と、首を縦に振った。


「良いよ。その頼み、引き受けてあげる」

「おや、そうか。流石に拒否されると思ったが、有り難いよ」

「その代わりと言ってはなんだけど」


 と、


「こっちのやり方には口を出さないでね。口を出されちゃうと調子狂って、それこそこっちが下手な事向こう側に漏らしちゃうから」

「分かっているさ。君はいつも通りにして、彼女と接触して、仲良くして、伝書鳩をしてくれればそれで良い」


 宏夜はそう言いながら頷き、


「さて、話は終わりだ。もう帰っても良いよ。君もこんなところに長居はしたくないだろう」

「じゃあ、お言葉に甘えて」


 萌絵は宏夜に言われると、ソファーから立ち上がり、そのまま部屋を後にした。

 そして、廊下を歩きながら、今後の己の生活を案じた。


(これ、本当に平和に過ごせるのかな、うちの学院生活……)

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落ちこぼれ魔法使いの少女巫女と田舎からやってきた少年勇者 発屋ハジメ @ptyhjm

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