034:最悪な繋がり
そして、その日の夕方――暁月達は4時ぐらいに不知火本家へと戻ってきた。
好き勝手に事を済ませた媛乃と助手が風呂上がりですと言わんばかりの緩い格好で、彼らを出迎えた。媛乃は思ったより4人が早く帰ってきたもので、「あら」と意外そうな顔をしていた。
「あら、早かったわね。5時ぐらいまで散策してるものかと思ってたわ」
「んなこと言われても、明日は東京に戻るけぇ。温存出来る時に温存しておかんと、響くじゃろ。婆ちゃんと助手はアレか、風呂上がりか」
「そうね。明日に備えてさっさと飯食って寝るつもりよ」
「明日に備えるんじゃ!」
そして、いつも通りである。
この二人の事なので、二人きりならそりゃそうだろう、と、他の面々は突っ込みを入れる事はなく、さっさと家の中へと上がっていった。巫実は皇樹の件もあり、助手をチラリと見るとそそくさと目線を逸らして、そのまま勇と部屋に戻っていった。
巫実のその行動を受けて、夢の中のことは微塵も覚えていない助手が、「?」と頭の上にクエスチョマークを浮かべて首を傾げる中、暁月が媛乃に話しかけた。
「媛乃」
「兄さん」
媛乃と助手は暁月へと目を向ける。
暁月は二人と視線を合わせるなり、小さく笑みを浮かべて、言った。
「明日の東京行き、わしもついて行くけぇ。だから、そのつもりでいてくれんか」
「……えっ? 良いの?」「本当か!」
暁月のその言葉を聞いて、媛乃と助手は思わず吃驚してしまった。目覚めたばかりで出来るだけあちこち動きたいタイミングだと言うのに、決断が思ったよりも早かった。少なくとも、自分達がここに泊まっている期間中には決まらないだろうと思っていたのだが。
暁月は二人の驚きを目の前に「ああ」と、笑みを浮かべて頷いた。
「お前があの子らを守って欲しいってわざわざ言うぐらいじゃからの〜。そりゃ、乗るしかないけぇ」
と、
「あの子らにはあの子なりの未来があって、それは他から侵害されてはならん。本来なら、それはあの子達自身で何とかすべき事じゃが――その範疇を越えてきておるんじゃろう? わしは政治家でも権力者でも何でも無いし、やれることは限られるじゃろうが、自分の力であの子を守れるのなら、それに越したことはないけぇ。任せんさい」
「……貴方なら、そう言ってくれると思ってたわ、暁月兄さん」
媛乃はクスッと笑みを浮かべて、頷いた。
「兄さんに関しては荷物は特に無い……というか、向こうで揃えれば良いし、その身一つで大丈夫よ。不安なら着替えとか少し持っていけば良いけど」
「ん、まー、そうか。当時使ってた服はもう使えんしなぁ」
「暁月もこれから一緒じゃ! 良かったのう、ママ」
二人が話す傍ら、助手は嬉しそうに媛乃に抱き着いた。助手は媛乃がずっと暁月の事を気にかけて、心配そうにしていたのを知っていたのと、本人も暁月の事が気掛かりで、出来れば目覚めて欲しいと思っていた為、今、この二人が話しているのを見て、喜ばしく思うのだろう。
暁月は助手のその言葉を聞くなり、小さく笑みを浮かべて、頷いた。
「そうじゃよ、わしもこれから一緒じゃ。でも、そっちはそっちで別に住まいを構えておるんじゃったか」
「そうね。ただ、大学から近いから、遅くなった日は不知火邸に泊まる事が多いけど」
「お屋敷の方が広くて好きじゃ〜。マンションはママと二人でいいけど、狭っ苦しいのう」
「あの豪邸に比べたら、そりゃそうじゃうな〜。わしは不知火邸の方にいる事になるし、何かあったらいつでも呼んでくれな」
「ああ、分かったぞ!」
助手はニコニコと笑みを浮かべて頷いた。
媛乃は2人がそうやって会話をしているのを見て、助手の為にも暁月が復活を遂げてくれて良かったと思えた。自分以外には悪態をつきがちな助手が、暁月に対しては珍しく気を許しているのだが、きっと暁月が媛乃の双子の兄故に安心出来る部分があるのだろうと思う。皇樹のままだったら暁月は彼の義兄にもなっていただろうし、素直なのも当たり前なのかもしれない。
暁月は「ところで」と、媛乃に話しかけた。
「そういえば、わしが目覚めたことは焔の家族には言ったんか? 彼らは普段ここに居るんじゃろ?」
「そう、ね……一応クソったれには言っておいたわよ」
媛乃はそれを聞かれるなり、少し浮かない顔になり、答えた。
「だから、そのうちアイツ経由で伝わるんじゃないかしらね。じゃ、私は晩飯でも用意してくるから」
「手伝うぞー!」
しかし、媛乃はすぐいつもの調子に戻り、そのまま厨房へと向かった。
暁月は媛乃の表情と妙な間が気になったものの、今はまだそこに言及すべきではない、と、察し、自分の部屋に戻って行った。
(媛乃のあの様子、灯悟の奴と何かあったのか……?)
*
東京都・千代田区、霞ヶ関周辺のどこかのビル。
不知火灯悟は素材がしっかりとした政治家らしい高いスーツを身に纏い、部屋の中のソファーに座り込んで、誰かが来るのを待っていた。秘書らしき人物に緑茶と羊羹を出され、それらを口に入れて咀嚼し、待っていると、扉の向こう側から音がした。
「!」
(来たか)
灯悟はその音を聞くなり、食事していた手を止めて、姿勢を正し、彼が部屋の中へと入るのを待った。
それから数秒して、部屋の扉がガチャリと開き、彼は姿を現した。
「灯悟、こんにちは。忙しい中、よく来てくれたものだ」
深い藍色の濃藍色のサラリとした髪の毛に、切れ長の鈍い青い色をした
灯悟はそんな彼を見ると、小さく会釈をして、挨拶した。
「どうも。そっちだって忙しいのに、こちらの我儘を聞いてもらってすまんな、
「小学生からずっと連んできた友人の頼みだ、時間ぐらい作るさ」
そう言って、男性・輝之は灯悟と向かい合うように座った。
灯悟は輝之が座り、こちらと向かい合うと、とっとと本題へと入った。
「まさか一端の地方議員が、本当にいきなり魔法省の大臣になれるとはのう。お前が優秀なのは知っていたが、ここまで手を回せるとは思わんかったぞ」
「他の政治家を潰すのは私の十八番だからな。それは灯悟だって、よく理解しているだろう?」
「それはそうじゃの。じゃなきゃ、お前もここまで登り詰めておらんな」
「その通り」
と、輝之は上機嫌そうに笑みを浮かべ、続ける。
「まぁ、今回は潰したというよりも、魔法省の元の大臣の隙を突いた結果だ。前任の大臣は元から何かと良くない癒着が激しくて、そっちでやらかしていたのでね。私が向こうのそれらを明かさない代わりに、お前を大臣にするという条件で手を引いてもらったのさ」
「つまり、ワシはバーターとして大臣になったわけか。相当強引な手じゃが、そのぐらい都合が悪い事を向こうはしていたんか?」
「ああ、政治家としてはかなり都合悪い事をしていたよ」
と、
「魔法省の予算をくすねて、他の国に媚びる為に使った、と言えば、誰にでも伝わりやすいだろうね。例えば……とある北方の大きな国に献金していたりね」
「……なるほど。そりゃ大臣どころか、政治家生命そのものが危うい案件じゃ」
「魔法省の大臣は大体腐ってる政治家がなるものだからね。そいつらに比べたら、私らなんて本当ちっぽけな腐り具合さ」
そう言って、輝之は秘書が持ってきたお茶を一口、啜った。
「あと、私が一つ手を下したお陰で、今回の都知事も近いうちに降りる事になるだろう。来月あたりにはギブアップの声をあげる筈だよ」
「……まさか、都知事までも?」
魔法省の元大臣を潰しているのはこちらが計画していた事なので言及するまでもないが、それと同時進行で東京都知事まで潰していた、と、輝之はここで告白したのである。その事については何も聞かされておらず、輝之も言及していなかったので、灯悟はその場で目を丸くして驚いて、彼を見た。
輝之は「フッ」と小さく笑い、続けた。
「火のないところに煙は立たぬ、とは言うが、政治家というのは大体その通りでね。今回は自衛魔法隊のトップだった人間で、少し手強かったが――何とか潰せそうだ」
「あの爺さん、主に何したんじゃ?」
「魔法省に対しての業務妨害を突いたのさ」
と、
「幾ら都知事と言えども、国の根幹の部署に逆らう事になれば、それはもうただでは済まさない。今回、魔法省はあの爺さんのせいで好きに動けなかった上に、最近は防衛省の方が魔法周りについて動き回っていたからな。主導権を戻してもらったまでさ」
「そうか……都知事は日本の県庁所在地のトップ。いわば、日本のちょっとした顔。そのトップが魔法省に反抗的であれば、こちらも動き回ることがしにくい、ということか」
「そういうことだ。もし、来月に辞任が発表される場合、再来月に急遽都知事選が開かれる事になるだろうが」
輝之はコトン、と、テーブルの上に自分の湯呑みを置き、続けた。
「その都知事選に、私も出るつもりだ。総理大臣という立場になるには、まずは世代交代を待たなければいけないが、都知事ならばそれを待たずとも、都民からの票を得ればなれる。ま、私ぐらいの知名度があれば、次期都知事も夢物語では無いだろう」
「現職が辞任する以上はそいつは選挙に出れず、ある意味候補者は全員平等。その中で戦うつもりなのか」
「勿論。少なくとも、与党の支援は得られるわけで、そうなったら、私の一人勝ちにしかならない。他の奴らには決して譲れんのさ」
輝之は自身あり気に、そう言い放った。
実際、都知事選は政治家や芸能人といった国民的知名度の高い人物から、インターネット上で数字を稼いでいる人間、そして、そこら辺にいる一般人まで立候補が可能であり、その中で輝之のような政治家が立候補すれば、票は相当集めやすくなるだろう。毎度毎度魑魅魍魎が跋扈する都知事選だ、与党に所属している政治家が立候補というだけでも期待値は相当高い。
また、こういったトップは政治家が役立たずで支持率が落ちるというレームダック化現象も結構深刻であり、現に現職の都知事も支持率が当初よりも落ち込んでいる。この調子であれば輝之が手を加えなくとも、次の都知事選を待てば任期満了ということで下ろすことも不可能では無い。しかし、その時期は早めた方が、こちらが動く分にはかなり有利になる。
灯悟は「相変わらず妙に用意周到な奴だ」と、お茶を啜って、投げかけた。
「しかし、輝之。なんでお前はワシに協力するんじゃ。お前が魔法使えなくて、コンプレックスを抱えてるというのなら分かる。が、実際は甲ランクじゃろ。日本の魔法が衰退したら、困るのはお前もじゃないんか」
そう、灯悟も魔法を使えるが、輝之はそれ以上に魔法が使える人物の一人であった。灯悟は自分が不知火の出身なのに丙ランク止まりなのをコンプレックスに抱えた結果の、日本国内に於ける魔法学の衰退を狙っているが、輝之に関してはそうではない。
輝之は返した。
「魔法を大々的に使えるのは私一人でいいのさ。この力は確かに便利だが、人々を支配するにも十分暴力的で、非常に強力的だ。何なら、世界を滅ぼすのも造作もない」
と、
「私が狙っているのは、魔法国としての日本の崩壊だ。魔法という概念お陰で、この国は必要以上に強大になりすぎた。それを修正する為にも、この国に於ける魔法を衰退させ、敗戦前、いや、第二次世界大戦以前の状態に戻す必要がある。魔法の研究者達は好きにやりすぎたのさ」
「輝之……お前……」
「……おっと、すまんね。そろそろ時間らしい」
灯悟が何か言おうとした途端、輝之の方の時間が押しているようで、秘書に話し掛けられていた。少しの間、秘書と確認した後、腰掛けていたソファーから立ち上がって、改めて灯悟を見た。
秘書が輝之達の為に扉を開こうと先に歩いている中で、輝之は小さく笑みを浮かべながら言い放った。
「お互いの息子達はどうやら仲が悪いらしい、が――私達は仲良くやっていこう。政治家というのは孤独では息切れするが、横の繋がりさえあれば、乗り切ることが出来るのだから」
「分かっておる。お互い健闘を祈るぞ」
「ああ」
息子同士――不知火灯悟の息子は不知火焔。そして、輝之の息子はあの水無月宏夜。
そう。この輝之の苗字は水無月であり、フルネームでは水無月輝之。つまり、最悪な事に、焔の父親はライバルである水無月宏夜の父親と手を組み、魔法学の衰退を政府内部から試みているのである。
灯悟は輝之と共に開かれた扉へと歩き出し、これから自分がやらねばならない仕事に思いを馳せた。
(どう考えても、輝之との繋がりを優先した方が今後の為だ。目覚めたばかりの暁月さんにも悪いが――ここで潰れてもらうぞ、我が一族よ)
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