033:不知火灯悟
次の日、普通に目を覚ました暁月を待ち構えていたのは、学生軍団一同による市内巡りへの誘いだった。色々周辺を歩く事が出来れば、暁月のリハビリにもなるであろうし、ずっと家の中にいるよりも気が楽である事は間違い無しだった。暁月自身も家の中でジッとしているよりは外に出て運動したい性分だ、この誘いに乗らないわけには行かないであろう。
媛乃と助手は家の中で待機しているという事で、本当に中学生軍団と暁月でのお出掛けとなる。
暁月は元気に会話を交わしている焔と勇、そんな勇の横からついてきて彼の腕と自分の腕を組ませている巫実を見ながら、本当に仲が良いなぁ、なんて、ぼんやりと思う。
(この光景が媛乃が守りたいもの、かぁ……)
暁月は少々意外に思っていた。
媛乃はあの性格ゆえ、他人への関心などそう無く、それこそこんな子供達に関心なんて向けないものだと思っていたが、この180年の間に媛乃の性格や考え方がかなり変わったのだろう。自分や家族への関心はあれど、他人に近い存在はさして意識しない。それがかつての媛乃という存在だった。
暁月がぼんやりと3人の後ろ姿を眺めているところへ、勇が暁月に向かって話しかけてきた。
「暁月さん、この周辺詳しいんじゃろ? 色々教えてくれんか」
「詳しいつってもなぁ……180年も経つと流石に当時の面影が微塵も無くなってるからのう〜」
暁月はキョロキョロと辺りを見渡しながら、そんな事を言い放つ。
比較的田舎寄りの場所とは言えども、流石にそれだけの年数が経てば当時の面影も無くなっており、せいぜいどこそこにあれがあった、これがあった、ぐらいの事しか教えようがない。当時そこにスーパーがあったものの、すでに取り壊されて別の建物になっているし、当時存在していた大きな建物も、老朽化でその姿を消している。当時から残っているとしたら、ずっと場所を変える事はないであろう神社や墓地ぐらいだ。
そんな訳で、暁月は学生軍団3人と共に、180年前から様変わりした街の中を歩く次第となった。
暁月は東京の便利な生活に慣れつつあったものの、実家はあくまでもこの土地だ。街並みがガラリと変わっているのを眺めつつも、どこがどう変わったのか、とか、道筋に何処となくかつての面影があったり、感覚的にはしっかり覚えてるものだな、と、我ながら感心してしまったものだ。
途中、自分がここに住んでいた時に通っていた小学校の校舎が目に入ったが、校舎がすっかり建て替えられており、思わず「おぉ……」と声を上げてしまった。昔はもう少し古臭かった記憶があったが、とても現代的になっている。
「場所は変わってないが、建物はすっかり様変わりしておるなぁ。昔はこんなに綺麗な校舎じゃなかった気がするぞ」
「暁月さん、元々ここの生徒だったんか?」
「東京に来る前はそうじゃったよ」
と、暁月は再び3人と共に歩き出した。
「わしは中1の途中までこっちにおってなぁ。兄ちゃんが海外に飛ぶと同時に、媛乃から東京に来ないかって誘われてな。それで、向こうの方に転校してきた次第じゃ」
続けて、
「その時で誘いに乗らなければ、この土地で平穏に過ごして、わしは普通に寿命を迎えてたんじゃろうなぁ。媛乃には無駄な苦労と心労を掛けてしまったようじゃ」
「暁月さん」
「不老不死ともなれば、そりゃもう苦労することは多いじゃろう。普通の人間とは違う生き物になるわけで、わしはそんな媛乃の助けにはなれんかった」
と、
「まぁ、媛乃に限らず不知火の人間には大分迷惑を掛けてしまったのう。本当なら、水無月の魔法でゆっくりと魔力を奪われ、衰弱していくところを、勇くんと巫実ちゃんが助けてくれたわけで、勇くんも不知火の血筋なんじゃろ? 本当に感謝しておるし、申し訳なかったと思っておるよ。巫実ちゃんも、関係ないのになぁ」
「いやー、そんな事ないぞ」
「私も……大した事、してないですから……」
そう暁月の言葉に対して否定に掛かる二人の脳裏には、助手の本来の姿である氷上阪皇樹の姿があった。彼がいなければ、暁月を目覚めさせる事は出来なかっただろうし、彼の人格は差し引いても今回の件での一番の功労者とも言えるだろう。とはいえ、彼の存在を示唆してしまったら、いつ媛乃の耳に入るか分からないので、その辺は敢えて黙っておく。
「で」と、暁月は勇に続けて、
「キミは魔法使えないんじゃったな。不知火の血が流れてるのに珍しいのう。媛乃から聞いたが、微塵も魔法の適性が無いんじゃけぇ?」
「ん? ああ。今は魔法は微塵も使えないんじゃ」
勇は頷いた。
「ただ、ワシの場合、記憶喪失か何かでその辺の能力全部吹っ飛んでたりしてそうで、何とも言えんのう。ワシ自身は困らんが、もし使えるなら使えた方が良いとは思うんじゃ」
「なるほどのう」
(確かに魔力はこの子からは感じられない、が……)
暁月は疑問が湧いた。
勇には魔法の適性は確かに無い。魔法使い特有の魔力は魔法使い同士だと感じ取れるものなのだが、勇からはその特有の魔力は特に感じられず、一般人のそれと変わらない。
しかし、夢見の魔法は基礎魔力が無くても入れると言えども、魔力耐久という素質が別途必要になる。それは基礎魔力とは全く別物で、魔法の素質がなくても大抵の人間には割り振られているものである。夢見の魔法はその魔力耐久がある程度無いと耐えきれず、他人の夢の中に入る事は愚か、入れたとしてもそもそも夢の中で潰れかねない。勇はそれを自分と出会うまで耐え切った。
(……何かしらの素質自体はまぁ、あるんじゃろうな。その素質はきっと何処かで活かされる)
それがいつになるかは暁月も分からないが、これから魔法学に関わってくる中で、必要になってくるものだ。きっと、勇の今後に役に立つに違いないであろう。
それから、近所の商店街へと向かい、4人でその一帯を散策し始めた。商店街は店のラインナップ自体は結構変わっているものの、レイアウト自体は昔とそんなに変わっておらず、一部は外装だけ変えて180年前から存続している、なんてこともあった。
和菓子店、雑貨店、家電量販店――いろいろな店を見て周り、気が付けば昼時へと近付いていた。東京への土産の方は後で買うとして、まずは腹を埋めたいところだ。
焔は腕時計を見ながら、続けた。
「そろそろ昼飯でも食うけぇの。そこら辺のラーメン屋でええかのう」
「ああ、構わんぞ」
「は、はい……」
「良いぞー」
と、焔のその一声で、本日の昼食がラーメンに決まった。
*
そして、不知火本家。
媛乃と助手はそこで待機している訳だが、何もしていないわけでもなく、焔の父親・不知火灯悟とのビデオ通話になんとか漕ぎ着けており、家の中にあったノートパソコンで、彼のご本尊と見合っていた。
不知火灯悟――四十路差し掛かりの中年男性であるが、政治家としてはまだまだ若輩で、大臣任せられるには非常に若すぎる部類だ。それ故に、裏でどんな糸が引いているのか、媛乃はここで把握しておきたいのはあった。
媛乃を見るなり、第一声、灯悟はこう言った。
『これはこれは不知火教授――いや、媛乃お婆さん。その様子だと、昨日のニュースを拝見なさったようですね』
「どうもどうも。ビデオ通話なんぞしたくなかったけど、あんなニュース見てたら、色々聞きたいことはあるわよ、そりゃ」
と、媛乃は早速切り出した。
「アンタが魔法省の大臣って――何の冗談のつもりよ。しかもただの地方議員からいきなりコレって……絶対なんかあるでしょ」
『まぁ、ね。貴女……いや、「そっち側」の人間に言ったら、確実に卒倒するような内容で登り詰めたので、詳しくは話せませんが、少なくとも綺麗な手段ではありませんよ』
「なるほど、ね。正当な手段で登り詰めてないのは確かなようね。まあ、アンタみたいなクソったれを大臣に指名するなんて、ちゃんちゃらおかしい話だし、そのぐらいは想定していたけど」
『こりゃどうも。私は貴女やその兄、焔みたいに綺麗な手段だけで上に登り詰めるなんてのは、焦ったくて無理なのでね』
灯悟はケラケラと笑い、焔とよく似た笑い声を上げる。しかし、そこには焔のような爽やかさは何処にも存在しておらず、あるのは黒く淀んだものだった。媛乃から見ると、その笑みは邪悪で吐瀉物未満の汚い何かに見えたであろう。
『まぁ、しかし、これで日本内における魔法学を衰退させる準備が着々と進む事になりますよ。今回は「頼もしい味方」も私の側に居ますからね。今までのように寸止めとは行くまい』
「まさか、今までのアホな法案を全部突き通すつもり? 明らかに現実的でない法案は、違憲だと言われて弾かれていたのに」
『アホな法案とは酷い言い草ですね。日本を平和に導く為の素晴らしいものですよ』
「あっそ。まぁ、通す為に精々頑張りなさいな」
媛乃は特にその辺には興味無いような素振りを見せるものの、内心少し危機感を覚えていた。今のコイツならやりかねない、近い将来本格的に日本内の魔法学を滅ぼしかねねい――と。
しかし、媛乃は続けた。
「ま、その余裕もどこまで持つかしらね。こちとら暁月兄さんが目覚めたんだから。最低でも焔に余計な足枷を付けさせてたまるものですか」
『――不知火暁月が、目覚めた?』
ポーカーフェイスを気取っていた灯悟が激しく動揺し、声を震わせた。
媛乃はこれを良い事に、煽るように続けた。
「そうよ、目覚めたわ。ほら、アンタの妹いるでしょ。その息子と彼女が、夢の中に潜り込んで暁月兄さんを助けたのよ。思わぬ収穫だったわ」
『――あり得るかッ、そんな奇跡がッ!』
灯悟は声を大きく荒げ、叫ぶように言い放った。先程までの優雅そうな態度はそこには無く、ただ、彼の醜く黒い部分だけがパソコンのディスプレイに映し出されていた。
『そもそも、あのガキ――わざわざ記憶を消してやったのに、またこっちに寄ってきたのかッ! こんな事なら「あの時」、しっかりと仕留めておけば良かったものを……!』
「……ッ、待ちなさい、初耳よ、それ! あの子の記憶喪失にアンタが関わってんの!? 冗談はその性格だけにしておきなさいよ!」
そして、思わぬ彼の言葉に媛乃も動揺して、大きく声を出す。
「何があったか知らないけど、アンタのその行動であの子と焔がどんだけ苦しんだのか分かってんの!? ……いや、あの子はあんまり気にしてなさそうだったけど、記憶がないから困ること多かったのよ!? 焔だって、一番仲良しだった従弟が自分を忘れて――ショックだった筈なのにッ……!」
『――知った事か、そんなこと』
灯悟の冷たい声が、スピーカーから響いた。
『媛乃お婆さん、アンタも知っている通りじゃが、ワシはどんな汚い手を使ってでも、トップに登り詰める性分じゃ。この手で揉み消しなんて普通にやってやるさ。それが例え、犯罪だったとしてもな』
「ッ……」
(コイツ……!)
政治家に在るまじき外道――なのだが、政治家だからこそ、ここまで外道である、と捉えた方が正しいのかもしれない。黒い手を使ってでも上に登り詰めるその性根、良くも悪くも政治家という職業だからこそ、活かせているのかもしれない。
それから、パソコンのスピーカーから、灯悟以外の男性の声が聞こえてきた。どうやら、誰かしらに呼ばれたようだ。
灯悟は「では」と、言い放った。
『私はこれにて。これからの魔法学の衰退を、精々指を咥えて見ているように』
そう言って、灯悟は通話を切った。
媛乃は通話ソフトのデフォルト画面に戻ったディスプレイを見つめ、どうしようもない怒りを抑えようと自分の手を額に手を当てて、その場で黙り込んでいた。
「ママ……」
そして、通話を一通り聞いていた助手が、そんな媛乃の背中を撫でた。
「大丈夫か? 昼飯食えるか?」
「……そうね……食べる気分では無いかもしれないわ」
媛乃は灯悟から色々と話を聞いて、脳内がごちゃごちゃしていた。ただでさえ、彼が魔法省の大臣になったと聞かされ、頭が痛くなっていたところへ、勇の記憶喪失に関わる情報が舞い込んできた。折角、皆で広島に来ていると言うのに、気分は憂鬱だ。
媛乃は助手の方へと顔を向けた。助手は心配そうに媛乃を見つめている。
「少年……部屋、行きましょうか。少しでも快楽で逃避したいの」
「あっ……う、うん、ママ……良いぞ。気が済むまで付き合うからな」
そして、二人は立ち上がり、そのまま自分達が寝泊まりに使っている部屋へと足を運んだ。媛乃の横顔はとてもではないが、これから事に及ぶ女性の顔ではなかった。
(こんなの、快楽に溺れなきゃやってらんないわよ……)
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