032:東京行きへの誘い

「は? あのクソッタレが魔法省の大臣? 世も末になったわね、魔法省は解体よ、解体」


 媛乃は焼き鳥を咀嚼しながら、焔の父・不知火灯悟が魔法省の大臣になった事に対して、こんな強目の感想を抱いた。

 因みに、本日の晩御飯は大量の焼き鳥にポテトサラダ、刻み込んでいる玉ねぎ入りのオニオンスープに、白米と胡瓜の漬け物と言ったラインナップであった。特に焼き鳥は、食事量が膨れ上がる年頃の男子二人に加えて暁月まで復活したので、かなりの量を用意したようだ。だが、10分もしないうちに半分の量になったので、媛乃は勇達の胃が怖く感じた。

 そんな中で媛乃は続けて、


「魔法省はまぁ私が生まれた時からあったけど、そりゃもう碌な働きした事がない記憶しかないわ。防衛部隊直下の自衛魔法隊の方が、よっぽど魔法省的な動きをしている気がするわ」

「そんなに酷いんか、魔法省。インターネットだとかなり嫌われてる意見は見かけるが」

「やってる政策がね、明らかに魔法使いの事を微塵も考えてないわよ」


 媛乃は勇の疑問に対して、コクコクと首を縦に振って頷いた。それから、焼き鳥の串を皿に置いて、続けた。


「魔法使う為に免許証を年齢問わず必須にさせたり、教育のために隔離政策紛いなことを思い付いたり――そこいらの素人に任せた方がよっぽど良い政策が取れるんじゃ無いのってぐらい、中身が酷いのよ」

「箒で空を飛ぶ為の免許や整備だって、国家交通省が提案したもんじゃしのう。魔法使いにとって、為になる法案は120%ぐらいは魔法省以外の省から出てると思って良いぞ」

「そ、そんなに……」

(暁月さんまでそんな事を言うって事は、相当じゃな)


 日本は随一の魔法国になった、と言われているものの、そのトップがこの有様とは――しかも、媛乃ほどの人物があそこはダメだと言い切ってしまう訳で、部外者から見てもこの様子ならば、実態はかなり酷いと見受けられる。

 媛乃は続けた。


「で、魔法省って言うぐらいだから、その大臣も魔法使えるって思うでしょ? ところがどっこいぎっちょんちょん、大抵は魔法が使えない無能政治家が大臣になるのよね」

「えっ……それ、魔法省じゃなくても良くないか!?」

「だから、あのクソッタレが大臣になれたのワケ。で、もう解体一歩手前まで来たわねー、って感じよ。魔法が使える政治家は他にも幾らでもいるってのに、そっちは一切採用しないのよね、あの省。そのお陰で他に回されて、各方面の整備が進むのもあるんだけども」


 そう言いながら、媛乃は助手に焼き鳥を食べさせる。


「今回は不知火が魔法の名門って事で採用されたんだろうけど、あのクソッタレより有能な魔法使い兼政治家って他にもいるのよね。そっちは甲ランクぐらいの魔力があって、有権者の魔法使いからは支持されてる。そっちを起用しないなんて、どう考えてもおかしいわよ」

「まぁ、わしの時代からこんなんだから、あの辺はきな臭いって噂はあるんじゃが――ま、今回は露骨に動いたのう〜」


 暁月はケラケラ笑いつつ、その目はどこか笑っていなかった。

 そして、媛乃は続けた。


「ま、不知火の人間になるって事は、こういったきな臭いゴタゴタに巻き込まれたり、面倒くさい事をやりくりしていかないといけないって事。特に今回は政治家が不知火の家から排出されてるから、血筋であるガキジジイも結構面倒よ」

「そ、そうか……」

(他人事だと思っていたが、ワシの中にも不知火の血が流れているんじゃったな)


 勇の見た目は父親似で、不知火の血縁が微塵も感じられないので自覚が無いが、焔とは祖父母を同じにしている血縁者同士。と、なれば、灯悟経由で自分の名前がインターネットで上がるのも覚悟しなければならないし、そうなれば、自分の嫁になるであろう巫実にだって迷惑もかかるだろう。そんな状況なので、自分がこれから踏み込む領域に対して、勇は少し慄きつつあった。勇はこれまでは普通の田舎少年であったが、不知火と関係がある以上、それで留まらないかもしれない。

 そんな勇の隣に座り、焼き鳥をちまちまと食べていた巫実は、彼の不安そうな横顔を見て、思わずその頭を撫でた。ゆっくりと、癖のある髪の毛が、巫実の優しくも白い手の中に包まれていく。勇はそれを受けて顔を彼女に向け、上げた。


「巫実さん」

「……大丈夫だよ。私……勇くんとなら、大丈夫だから」

「……そう、か」


 どうやら、巫実にも自分の懸念していた部分が表情で伝わっていたらしい。けれども、巫実はニコニコと優しく笑みを浮かべて、勇を見つめている。

 媛乃はそんな二人を見るなり、少し息を吐いてから、助手の皿の上に置かれている焼き鳥の串を、自分の皿の上に片しながら、続けた。


「本当は、アンタら二人まで巻き込む事はしたくなかったんだけどね。焔はもう長男だから割り切るにしても、血縁者だからって理由で、その従兄弟まで巻き込むのは少し違うって思ってるのよ。でも、不知火の人間とこうやって深く関わった以上、把握して貰わなきゃならない」


 と、


「ハムスターも撤退するなら今のうちよ。私とガキジジイはともかくとしても、焔とこれ以上関わりを持てば、どのみち何かしらに巻き込まれる可能性が無きにしもあらず。そうなると、合わせてガキジジイも、だけど」


 そして、媛乃は改めて勇を見た。


「ガキジジイ。確かに貴方は焔達とは血が近い人間だけど、苗字は違うし、その上、婿入り予定で更に名前が変わる。と、なれば、いくらでも逃げ道はあるし、今のうちに焔との関わりを薄くするのであれば、そちらへのダメージは最小に収まる。友人関係を断つなとまではいかないけど……大々的に関わるのは良くないかもしれない」

「……」

(確かに……媛乃さんの言う通りじゃ)


 自分は不知火の家の状況についてはついさっき初めて知ったようなものであるし、焔が裏でこんな大変な事になっているのも知る由も無かった。焔は自分の周りで蠢いている大きい何かに囲まれ、そして、それを持ち前の明るさと笑みでずっと隠していた。そんな彼の一面を引き出すことが出来たのはあくまでも暁月であって、自分では無い。多分、焔は自分が居なくても大丈夫だろう、と、勇は確信している。というよりも、焔の周りを囲っている魔法使い達が強すぎる。

 ただ、その選択は、長い目で見れば焔へのダメージへと変化するのでは無いかとも、勇は推測している。ただでさえ焔は生徒会長という立場で苦労も多いし、更に水無月との対立もあり――媛乃程ではないが、何もかもをあの体に抱えている。


(そうじゃのう。こういうのは、味方が多い方が良い)


 勇は顔を上げて、


「心配ご無用じゃ。少なくともワシはその程度で焔と関わりを薄くしようなんて思わんし、自分の身は自分で守れる。巫実さんだってそうじゃろ?」

「うん……そうだね」


 そこへ巫実も続いた。


「媛乃さんの心配、よく分かります。けど……私、今、勇くんと同じ事、考えてると思うんです。生徒会長さんをなるべく近くで支えてあげたいって。多分、私はそんなことを思ってる勇くんを支える立場になる……と思うんですけど」

「アンタ達……」


 媛乃は二人の言葉に驚いて目を丸くした。

 そして、焔を見る。


「なぁ、お爺ちゃん。国会議事堂に乗り込んで暴れれば、全部なかった事になると思うんじゃが」

「いや……それ、警察のお縄になって終わるだけじゃろ。そんな事ばっか言ってると、灯悟に舐められるぞお前」

「って言ってものう……魔法省に抗議ってなると上品にはいけんじゃろ。お爺ちゃんは何か案あるんか?」

「今日目覚めて色々把握し始めてる人間に聞く事じゃないじゃろ、それ!」


 焔は焼き鳥を食べながら、暁月と一緒に何か物騒なことを企てようと考えており――勇と巫実の言葉なぞ一切耳に入っていなさそうだ。

 会話の内容に3人は呆れつつも、どのみち灯悟を何かしらの形で引き摺り下ろしたいのはここにいるメンバー全員が一致しているであろう。媛乃達の話が本当であれば、日本の魔法学は全てに於いて衰退にする事になりかねない。その衰退をここで止めなければ、あとはジリジリと日本の国家魔力が削られていくだけだ。

 勇は焼き鳥の串を巫実と一緒に片付けながら、暁月とゲラゲラ笑いながら話している焔をチラリと見た。


(巫実さんとワシが何かしらの助けになったら、それに越した事はないんじゃ)


 飯を食べた後、メンバーは順番ずつ風呂に入り、それぞれ寝入りするところへ、暁月は媛乃と助手に部屋へと案内された。この家は非常に広く、部屋も無駄にあるため、暁月の部屋を用意する事は造作でもないようだ。

 そうして、媛乃から一通りの着替えや生活用具を一式渡されて、暁月はそれを手にする。畳が広がる少し広めの和式の中、媛乃と助手は暁月用の布団を運び、適当にそれらを部屋の中に広げた。


「とりあえず、今はこの部屋を使ってもらって……まぁ、それからの事は、アイツらの家族がこっちに戻ってきてからで良いでしょ。あのクソったれも一旦こっちに戻って色々用意しなきゃだし、話し合う事は沢山あるはずよ」


 と、媛乃は布団をしっかり広げたのを確認してから、助手と共に立ち上がった。


「あとは……そうね、何か分からない事があったら私と少年の部屋に来て頂戴。ま、あとは着替えて寝るだけだし、なんもないと思うけど」

「そうじゃの〜。まぁ、なるべくならお前達の部屋には行きたくないがの」


 暁月はケラケラと笑いながらそう言い放った。軽い気持ちで言っているように見えるものの、暁月は当時の媛乃と助手の関係を知っている人間の一人だ。そういった意味で、二人の爛れ具合はよく知っているし、邪魔をして極力見たくない、と思える。

 そんな感じで、暁月は寝る準備をするか、と、媛乃から受け取った寝間着に手をかけて、自分の服のボタンを外し始めた。そこへ、何を思ったか、媛乃が話しかけた。


「ねぇ、兄さん」

「ん〜?」

「東京に来るつもりはない?」

「……」


 暁月の服を脱ぐ手が止まり、思わず媛乃へと振り向いた。媛乃は暁月から視線を浴びる中、助手の頭を撫でて、続けた。


「まぁ、こんな田舎に居たって仕方ないし、兄さんとしても東京の暮らしに慣れてるから、ってのもあるんだけど」


 と、


「それよりも、私の代わりに焔やあの子達を見守ってあげてほしいって思うのよ。私、今は大学で教授をやっててね……それで、あの子達の為に上手く時間が割けられない時もあるし、でも、他に頼れる人間も居ないから」


 続けて、


「でも、兄さんなら任せられるわ。あの子達の事。ううん、何かを守る為に自分を犠牲にするような馬鹿兄貴じゃなきゃ、任せられない。あの子達の将来の為に必死になれるの、きっと兄さんだけよ」

「媛乃……」

「直ぐに答えを出せとは言わない。けど、明日にでも答えを出してくれたのなら、明後日、一緒に東京に行って欲しいの。今の不知火邸は焔と時々私と少年って感じで住んでるし、内装とかも当時のまま。暮らすには十分よ」

「……」


 暁月は媛乃に東京行きを誘われて、暫く黙り込んでしまった。

 今、暁月は、目覚めたばっかりで、魔力の方も万全ではなく、もしかしたら焔達を守れるほどの力も無いのかもしれない。しかし、それでも、媛乃は自分にわざわざ彼らを守ってほしいと頼んできた。

 媛乃は続けて、


「どのみち、体の様子とかうちの大学で診てもらった方が都合は良いし、遅かれ早かれ東京に行く事にはなるでしょうね。総合的に見ても、とっとと東京に来た方が兄さんの為にもなるわよ」

「う……まぁ、そう言われるとそれは本当にそうなんじゃが」


 媛乃に言われて、自分の体調周りに関しては本当にそうだと苦笑しながら賛同した。

 それから、暫く媛乃は暁月と適当に会話を交わしたのち、助手と共にこの部屋を後にした。襖がトン、と、小さく音を立てて締まり、暁月はそれを見送った後、再び寝間着へと着替え始めた。


(わしがあの子達を守る、か……)


 暁月は寝間着へと着替え終えるなり、電気を消して、とっとと、布団の中へと潜った。3月も末になるとはいえ、まだまだ夜は寒い。布団の中を駆け巡る暖かさが、暁月の体に心地よく沁みた。

 そうして暫く目を閉じてじっとしていると、うとうとと眠気が暁月の体を襲いかかり、夢の中へと誘い込んでいく。


(あんなに眠っとった筈なのに、もう眠いわい。流石にもう無いとは思うが、明日の朝、ちゃんと目が覚めるように――)


 暁月は、明日、自分がしっかり起きている事を祈りながら、その意識を夢の中へと潜り込ませていった。

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