魔法少女メガネちゃん

瘴気領域@漫画化決定!

第1話 魔法少女メガネちゃん爆誕!

「ぼくと合体して、魔法少女になってよ」


 妙に甲高い声で唐突に囁かれたのは、中学へ向かういつもの通学路でのことだった。すわ変質者かと辺りを見回すが、周辺には誰もいない。変わったことと言えば道の端に黒縁のメガネが転がっていることぐらいである。


「そうそう、そのメガネ。そのメガネがぼくだよ」


 私はメガネに話しかけられていたのか。いよいよ私の脳はイケナイ領域に突入してしまったのか。しかし、誰かのイタズラという可能性もある。


 私はメガネを拾い上げ、スピーカーなどが仕込まれていないかを確認する。うーん、だが何の仕掛けも見当たらない。立体音響の応用で何もない場所から音が出ているように錯覚させる技術もあるそうだが、そんな手の込んだイタズラをするものはそうそういないだろう。


「はじめまして! ぼくはメガネ精霊のグラスっていうんだ。ぼくと合体して魔法少女になってよ!」


 ならばこれは幻聴か。しかし、幻聴にしては生々しすぎる。真っ暗な部屋で寝ているときに、電話や玄関のチャイムが鳴ったような気がしたり、遠くから誰かに呼ばれているような気がしたことは何度もあるが、こんなはっきりした幻聴は初めてだ。


「幻聴じゃないよ! 本当にメガネが話しているんだよ!」

「マジかー」

「マジだよ!」


 しかし、魔法少女といえば小動物系のマスコットに見初められるものではないだろうか。無機物がマスコットポジの魔法少女なんて聞いたことが……あ、魔法のステッキがしゃべるやつは見たことがある気がする。


「して、魔法少女とは?」


 一旦、現実を受け入れよう。これが私の脳髄が生み出した幻聴であったとしても、それとの対話は内省に資するものになるかもしれない。無意識下で発生しているであろう心理的コンフリクトを解消すれば、この幻聴が収まる可能性もあるだろう。


「魔法少女っていうのは……あっ、大変だ! ラガンダーが現れちゃった!」

「ラガンダー?」


 通学路の先から悲鳴が聞こえてきた。高音域のソプラノ。これは女子中学生の悲鳴に違いない!


 私は三つ編みを揺らし、スカートを翻しながら走った。生脚がすーすーする。角を曲がると、ぴちっとしたラバースーツを全身に身にまとった怪人がうねうねと動きながら女子中学生に迫っていた。なんたる狼藉か。許せん。


「あれがラガンダーだよ! メガネっ娘からメガネを取り上げてしまう悪い怪人なんだ!」

「つまり、それをやっつけるのが魔法少女の役割と」

「その通り! さあ、ぼくをかけるんだ!」

「委細承知! 合体! フェイス・オンッッ!!」


 メガネをかけると、きらきらとした光の粒子が私の全身を覆った。フリフリのスカートに、白いハイソックス。やはりフリフリのブラウスへと姿が変わる。おお、いかにもな魔法少女ではないか。


「そこまでだ、ラガンダー! メガネっ娘の平和は私が守る!」

「キャーーーーッッ!?」


 女子中学生は再び悲鳴を上げた。さらに防犯ブザーをオンにしている。ビビビビビビビビビビビビとけたたましいアラームが住宅街に響き渡った。


 いかん、このままでは騒ぎになってしまう。いち早くラガンダーを倒し、この場を離れなくては。


「くらえラガンダー! メガネフラァァァッシュ!!」

「ぐわー!!」


 メガネから放ったビームによって、ラガンダーは蒸発した。女子中学生から奪ったのであろうメガネがころりと落ちる。

 私はそれを拾い上げ、腰を抜かしてへたり込んでいる女子中学生にそっと差し出し、微笑みかけた。


「メガネっ娘に涙は似合わないよ。メガネっ娘に似合うのはメガネだ」

「キャーーーーッッ!?」


 だが、どうしたことか。女子中学生はまた悲鳴を上げて逃げ去ってしまった。まあ、怖い目にあったばかりだから仕方がないだろう。渡し損ねたメガネをブラウスの胸ポケットにそっとしまう。後で改めて届けてあげよう。


「ちょっと、そこの人。何をしてるんですか?」

「えっ、魔法少女を少々」


 後ろから声をかけられ、振り返るとそこには青い制服の警察官がいた。


「ええっと、お兄さん。署までご同行願えるかなあ。前々から女装して通学路を徘徊している変質者がいるって相談があってね」

「えっ、変質者ならさっきやっつけましたけど」

「はいはい、わかったわかった。詳しい話は署で聞くからね。おらっ、いいから来いこの変態野郎!」


 私こと、目金めがね鍬男すきお(34歳・無職)の魔法少女人生は、こうして波乱万丈の幕開けを迎えたのだった。


(了)

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