三巴①
「私はおしょう油だな。」
と言うフィオに対し、
「ふっふっふ・・・まだまだ子供だなフィオ。1番ウマいのは塩だ。醤油のレベルが上がると塩になるんだぞ。」
ラビが訳の分からない自論を展開する。
「はぁ~・・・これだからお子ちゃまは困るぜ。男は黙ってソースをドバっと―」
「悪いな、私達は男ではない。」
「んじゃぁ、女も黙ってドバっと―」
落ち着いて朝食を摂りたい如月を横目に、朝から3人の間で熱戦が繰り広げられていた。お題は目玉焼きに何をかけるか。心底どうでもいい。各人、好きな調味料をかけておいしく頂けばいいではないか。個人の好みの問題であり、話し合って自分の中の順位が入れ替わることなどまずなかろう。たまに新しい発見はあるかもしれないが、その時は幸運も一緒に嚙み締めればいい。
「おい、如月よ。お前ェは何をかけて食うんだ?」
ここでクォーダから、如月の恐れていた流れ弾が飛んできた。視線を合わすことなく黙々と食事をしていた如月の努力は実らず、3人の視線が如月を貫いた。
「・・・・・・」
「お~い、如月君。」
「・・・マヨネーズ。」
小声でボソッと答えた如月の10倍の音量で反応が返ってきた。
「えー!」
「なんだそれー!」
「バカかお前ェは!」
だから言いたくなかったのだ。心から放っておいてくれと願う如月。幼い頃から味覚音痴の自覚はあったと言ったらマヨネーズに申し訳ないが、上品な舌は持ち合わせていなかった。結局この日の朝食は、目玉焼きにマヨネーズはありえないということで、3人大いに盛り上がっていた。
朝食後、身支度を整え、出発の準備をする4人。
「で。これからどこへ行くんだ?」
ラビがウェストポーチにお菓子を詰めながら如月に尋ねた。
「うん。王様の勧める通りベルクライフへ行こう。転職の館はフィオのレベルがもう少し上がってからだな。」
「だが、船は出てねぇんだろ。どうやって行くんだ。」
というクォーダの質問で、ふと如月には思い出したことがあった。
「そういえばクォーダ、ずっと気になっていたんだけれど、この大陸まではどうやって来たんだ?船は動いていないんだろう?特別船か何かで―」
「自分で漕いできた。」
「は?」
「まぁ、大陸の先端に漕ぎ着けて、そこからは徒歩だがな。」
感嘆を通り越すと人は呆れるらしい。
「な、何日くらい漕いでたんだ?」
「そんな大層な長旅じゃねぇ。せいぜい15、6時間ってとこじゃねぇか。時計なんか持ってねぇから正確には分からんが。んなぁ事はどうでもいい。こっちは海洋モンスターも出るんだろう。おチビ連れで危険じゃねぇのか?」
海洋モンスターと同等の怪物がすぐ隣にいることを再認識する如月だった。
「ベルクライフは俺がアイテムを納めていた町でもあるからな。転送魔法で移動できる。」
「なんでぇ、そう言う事なら早く言えってんだ。何も悩むことなんか無ェじゃねぇか。さっさと出発だ。」
クォーダの言うことも尤もなのだが、先に断っておかなくてはならないこともあった。
「俺がアイテムを納めていたのはちょっと前までで、直近ではルートから外れていた。何故だと思う?」
「お前ェ・・・別の運び屋に注文を盗られたな。」
違う、クォーダ。そうじゃない。
「店が無くなったか。モンスターの襲撃でも受けたのか?」
「正解だ、ラビ。俺も実際に見た訳ではないが、そういう話を訊いている。」
ラビの言う通り。そして、モンスターの襲撃は過去形ではなく現在進行形と言う。今なお、危険と隣り合わせということだ。俺は別にこいつらとカジノ三昧でも構わんぜ、などとクォーダが言い始めたので、ラビの支度が整い次第、宿を出た。如月の特技、転送陣。その目的地は、滅びの港町ベルクライフ。
勇者対魔族。この構図に当てはめることが最も容易で、短絡的な妥協だった。人間の平和を脅かすモンスターと、それらに対抗しうる力を持つ勇者とその仲間達。善と悪を明確化することによって、目的意識や共闘理由が顕著になる。皮肉にも、これが事を面倒にするのだ。真実から目を背けさせる。果たしてモンスターが人々にどれだけの危害を加えてきたのか。邪魔をしてきたのか。町や村は襲わない。戦いを挑むのは勇者一行のみ。それは勇者が魔王を討とうとするから。勇者が魔族の縄張りを荒らさんとするから。そして、この戦いを終わらせまいとしてきたのは何を隠そう人間側。ルナを回したい人間側だった。勇者同様、魔族を必要としてきたのは人間なのだ。
けれどもここに、魔族の消滅を企てる魔王が現れた。魔族のいる今の世界はやはり正常ではない、と。人間が餌とするには魔族はリスクが高すぎる。いつか手に負えなくなるだろう。だから魔王は待っていた。世界を任せるに値する強き者を。今はその為の査定機関だ。
その魔王に反旗を翻す魔族の登場。自分達が消されるかもしれないとなれば謀反も不思議ではないが。その御大および配下のモンスターの基本色が黒色ということもあり、黒魔族と呼ばれた。彼女達の目的は、これまで通りの魔族の存在を維持すること。世に君臨し、勇者を滅ぼさんとし、人間共を支配する。魔族と魔王を滅ぼすことも厭(いと)わない。勇者は言わずもがな、現在の魔族が邪魔なのだ。
バビューンとベルクライフに到着した一行。着地した町の入口からでも見て取れたその姿は噂通り。滅びの町ベルクライフ。人影の見えない空間を町と呼べるかどうかは分からないが、半壊した民家が、かつては町であったことを物語っていた。石造りの馬車道に木造りの家々、色とりどりの美しい花が躍る港町だった。ベルクライフの人々にとってだけではなく、ここを訪れた勇者達にとっても憩いの場として親しまれていた。特に強い武器が売っているわけではない。有能な防具も売っていない。珍しい道具もありはしない。ストーリー上、次の大陸へ移動する為の通過点。にも関わらず、冒険を進めてベルクライフから遠く離れても、わざわざ転送陣で舞い戻り、宿をとる勇者もいる程だった。そんな町が、煌きを失くしていた。
ただ、魔族及び黒魔族に直接襲われた、というわけではなかった。巨大海洋モンスターが、という話もない。人間族は蚊帳の外。人間族を無視して戦う魔族と黒魔族。人が居ようが居まいがお構いなし。その流れ弾を喰っている状態なのがベルクライフであった。
魔族対黒魔族。その戦いは一方的であった。実力がということではなく、黒魔族が魔族を見つけては攻撃を仕掛けていた。もちろん魔族側も反撃はするが、わざわざ魔族側から黒魔族を探し出して、ということはなかった。初めは魔族同士の偶然の衝突かとも思われていたが、やがて外野にも、魔族と黒魔族が異なる種族だということが分かった。
町内を探索する4人。首を振って色々見てはいるものの、何か楽しげなお店を探してみるものの、先の城下町の様に気持ちが昂(たかぶ)ることはなかった。会話も弾まない。誰とも擦れ違わない。
「少し前までは花のいい香りがする綺麗な街だったんだ。町の至る所に花が咲いていて、『金色の香り漂う港町』なんて呼ばれていたんだ。」
如月が運び屋時代の町の様子を口にするが、今ではその面影もない。如月の発言で会話が増えることはなく、むしろ物悲しさを増長させた。石畳は所々が破砕していて、これではおちおち馬車も走れない。港に船はなく、花も咲いていない。散った花びらすら1枚もなし。そのくせ、色のない雑草だけは点在していた。
「如月。宿の看板だぞ。」
ラビの声に、下を向いていた如月も顔を上げた。
その時だった。カンカンカンカンカン、カンカンカンカンカン―フィオ以外は何の合図か瞬時に察した。乱打されたのは警鐘。
「とりあえず宿へ。」
何一つ状況を理解できない4人だったが、如月の指示通りひとまず非難した。
「あら、いらっしゃいませ。珍しいこと、お客様だなんて。」
―カンカンカンカンカン、カンカンカンカンカン―宿の入口を開けると、避難勧告が出されているとは思えないほど、おっとりとしたおばあちゃんが迎えてくれた。
「4人なんですが、部屋は開いていますか?」
「はいはい、大丈夫ですよ。」
「それと、この鐘は?」
一応、地元民に尋ねてみる如月。
「魔族同士のけんかだよ。全く、私達にとってはいい迷惑でね~。お客様ばかりか、町の人間も皆逃げていきましたよ。」
「逃げた?どこへ?」
「船に乗ってさ。」
「船・・・ですか。」
「み~んな、海に沈んでしまったよ。」
―カンカンカン、カンカンカン―
この手の話を訊いて黙っているクォーダではなかった。
「先に部屋に入ってな。俺はちょっくら魔族の喧嘩とやらを拝見してくるが、如月。お前はどうする?」
「俺も行く。ラビとフィオは先に―」
「私も行くぞ。」
誘われていないラビまで手を挙げてしまった。ここの説得は如月の役目だ。
「ラビはここで待っているんだっ。」
「イヤだ。」
即答!
「私、見学ばかりじゃないか。次は私も戦うぞ。」
恨めしそうに如月を見上げながら駄々をこねるラビ。しかしながら、ラビの扱いに関しては一級品の腕前を持つ如月。特技の欄に書けそうである。
「なぁ、ラビ。シークレット・ウェポンって知っているか?ラビのことなんだが―」
「ん、なんだそれは?」
「とっておきの秘密兵器ってことだ。」
「ヒミツ・・・」
手応えあり。
「さらにはリーサル・ウェポン。こちらは最終兵器。」
「!!」
「一番の切り札は最後まで取っておきたいんだが、どうしてもというのなら・・・・・・」
「仕方ないな。偵察はお前達に任せる。」
「フィオを頼む。」
「わかった。」
子供騙しがいつまで通用するかは分からないが、現状は如月の方が一枚上手の様だ。
姿は見えなかったが、町を出て林を抜けた先で戦闘が行われているようだ。距離としてはそう遠くない。軽快に走りながら林の外れを目指すクォーダと如月。
「クォーダ、手は出すなよ。様子を見るだけだからな。」
「分~ってるよ。魔族同士の戦いがどんなもんか、ちらっと見るだけだよ。」
楽しみを隠しきれない子供の様に吹くクォーダを全く信じてはいない如月ではあったが、クォーダが一緒にいてくれることは心強かった。好ましくない予感と気配がすぐそこまで迫っている。音だか声だかが騒がしい。民家の集落を外れ、仮にも舗装が為された地面から泥土◯き出しのそれに変わる。町の景色は林へ、そして足音も低くなる。この林を抜けた先にモンスターがいる。
ならばお前はどんな戦いを想像していたのだ、と問われると答えに窮してしまう如月だったが、かと言ってスライム同士がぶつかり合って・・・みたいな安易な想像で戦闘を描いていたわけではない。その程度の巻き添えで町1つが駄目になり、民が故郷を捨てたりはしない。勇者達が救援を諦める事態に陥ることもなかったはずだ。心の準備はできていたはずだった。それでも如月は言葉を失った。現実を処理する為に、脳が時間を要した。黒魔族『ブラックランドタートル』。真っ黒な亀のモンスター。強いかどうか、そんなことは分からない。ただはっきりしていることは、デカい。突然、目の前に馬小屋が現れたのかと思われる程。その衝撃は熊やら何やらの比ではなかった。
旧きJRPGのルールに則って世界を救いたい魔王の物語 遥風 悠 @amedamalemon
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