メガネと一日

倉沢トモエ

メガネと一日

 忘れ物は路線の終点で受け取るか着払いの郵送。

 休みなので終点まで行くことにした。


「買ったばかりのメガネを電車に忘れるなんて」


 通勤に使っている電車は毎日路線の一部の区間を往復しているだけだ。最寄りの三日月駅と満月駅と。


「こっちこっち」


 電車好きな息子も行きたいと言う。私もいつもと違う車窓の風景が見たい。


「南の終点に行くんだね」


 二時間かかるようだ。

 妻は終点でおみやげ買ってきて。あそこの駅前に市場があるから。コロッケ屋さんもおいしいよ。と、やけに詳しく言ってパートに行った。

 発車時刻がきて、電車が動き出す。

 アパートや学校や商店が並んでいる町内の風景から、田園地帯や工業団地の風景が車窓を流れていく。それだけでなんだか楽しくなってくる。


「無人駅あるよね」


 何ヵ所かある。十六夜駅とか、朧駅とか。写真は窓から撮れるだろうか。


「見て」


 息子は切符を集めている。たった二駅でも駅員さんに乗車済みの印をもらい、ファイルにためているのだ。


「今日も増えるね」


 家族旅行や、帰省、友だちとの冒険の思い出が、一枚の切符になってそこには並んでいる。


「火星?」


 そんな駅、あったかな。

 息子はにこにこしている。


「これ、小さいね」


 やけに小さい切符がある。

 ポケットにあった虫メガネで見ると、きちんと小さい乗車記念スタンプが押されている。


「大蟻国?」

「それは見ちゃだめ」

「え、じゃ、この切符は?」


〈竪琴座〉


 これにもきちんと竪琴の図案の乗車記念スタンプが押されている。


「それも秘密」


 息子はいつの間にかいろんな電車に乗っていたようだ。

 しかし、秘密の切符をうっかり普通にファイルに収めているあたりが、まだまだ子供なのだなあ。


「お父さん」


 指をさす方を見ると、銀河のトンネルに入ったようだ。

 星の海を一瞬で抜けると、観光バスの営業所があって大型バスが並んでいた。


「トンネル、初めて見られてよかった」


 郵便配達の赤いバイクが、線路沿いを電車と並んで走っていた。

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メガネと一日 倉沢トモエ @kisaragi_01

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