喫茶店にて〜2〜
メラミ
ヨリトの眼鏡
今俺はハツと一緒に、あのいつもの喫茶店にきている。
店内に入るとヨリトとルイカは先にファミリータイプのクッションソファに座って待っていた。ヨリトとルイカが仲良く肩を並べて会話をしている。
ルイカは俺とハツの姿に気づいて手を軽く上げて視線を送っていた。
「お待たせ。待った?」
俺は窓際に座るヨリトに声をかけた。
「いや全く。あ、これから飲みもの注文するところなんだけど、なににする?」
彼と向かい合わせになる形でソファに腰掛けた。
「はっちゃん。おひさ〜」
「ルイカ、久しぶり。元気だった?」
「うん、元気だったよー。お陰様で」
「なにずーっとニコニコしてんだよ」
「ふふっ」
ハツもルイカに釣られて笑みが溢れる。
ルイカとヨリトの明るげな雰囲気を見るとヨリトの返事はうまくいったみたいだ。
「ハツ、なににする?」
「じゃあカフェラテにする。ジュンは?」
「うーんと……ブレンドコーヒーにしようかな」
「ねえヨリト君、ブルーマウンテンってどんな味?」
「え? わからん……飲んでみたら?」
「えー……じゃ、ヨリト君と同じのにする」
「じゃ、キリマンジャロな」
四人揃ってここにくるのは何年ぶりだろうか。
もちろんそこには変化があって、俺はハツとの新婚生活が始まっていて――。
ヨリトはルイカと――。
「なににするか決まった? んじゃ店員呼ぶね」
通路側に座っているルイカが店員を呼び止めると、忙しそうな店員が駆けつけてくれた。この昼時の時間帯は休日平日問わず混雑していた。昔よりはるかに知名度が上がったようにも思える。
コーヒーが運ばれてくるあいだ、ヨリトは上機嫌なルイカを横目にジュンとハツに
ルイカと付き合い始めたと説明する。
「え!? よかったね!」
「ふーん。よかったなぁ、上手くやってけよ」
「その反応なんだよジュン……。なんか予想通りって感じの反応?」
「別にそういうわけじゃ……」
俺はヨリトの恋愛下手なところを含めて今でも付き合いがあるのは悪いことではないと思う。だからといって彼の恋愛相談に軽い気持ちで乗ってしまったことを少し後悔していた。隣にいる彼女がコロコロ態度を変えるヨリトを引き留めていられるのか、遠い目で見守ることしか今はできない。
「お待たせしました。ブレンドコーヒーとキリマンジャロになります」
俺とヨリト、ルイカが頼んだコーヒーが運ばれてきた。
「ねえ、ルイカ」
「ん、なに?」
「心、掴めてよかったね。ヨリト君の!」
「ありがとうっ! はっちゃん!」
ハツはぐっと小さく握り拳をルイカにこっそり見せていた。怒っているというわけではなく「よく頑張った! これからも頑張れ!」という意味の握り拳である。
「ホットカフェオレになります。どうぞごゆっくりお召し上がりください」
伝票を裏返して去っていく店員を見送ったあと、ハツはヨリトの眼鏡をなぜかじっと眺めていた。俺は気になってハツに一言声をかけた。
「どうしたの?」
「…………おしゃれだなって」
――い、……今更!?
俺は思わず心の中で叫んだ。数年前に出会ったヨリトも長身で丸眼鏡をかけていたと思うのだが、斜め向かいにいるルイカも同じことを思っただろうか。
ルイカの顔をよく見ると微笑んでいるような、笑いを堪えているようにも見える。
きっとハツの幼馴染であるから気を使わなくていい仲なのだろう。
「はっちゃん、ヨリト君は超おしゃれで格好いいんだから……あははっ」
「え、そこ笑うところ!?」
ヨリトの軽快なツッコミがきたところで、話題はヨリトの眼鏡の話になった。
「ヨリト君はやっぱりちょっと有名人だから変装のつもりなの? その眼鏡とか」
「まぁ、この辺じゃ別に普段いるエリアだし、そんなに気にしてなくもないが……」
そう言いながら、ヨリトは金縁の丸眼鏡を外した。
俺はヨリトが眼鏡を外した姿を間近で見たのは物凄く久しぶりだ。
「この眼鏡以外もあるし、持ち歩いてる」
「持ち歩いてるの!?」
「ほかにどんな眼鏡持ってるの? 見せて見せて!」
ハツが驚くと同時に、ルイカは興味津々にヨリトに詰め寄る。
なぜかヨリトがいろんな眼鏡を持っているという話になった。
「おしゃれで持ってるのもあれば、その日のその場の気分でかけ直すし……。例えばこんな普通の黒縁で四角いのとか……」
「ねえ、今、かけてみて」
「お、おう」
ルイカに促されてヨリトは黒縁眼鏡を掛けた途端に頭のキレが良さそうなインテリジェンスに変わった。本当に元がいいやつってなにを身につけても様になるんだな。
「ねえ、ジュンもかけてみて」
「え? あ、ああ……」
ハツに言われて少しドキッとした。ヨリトからハツに渡った黒縁眼鏡を俺は受け取る。そしてゆっくりかけてみた。ハツの反応に緊張する。
「ど、どう?」
「ジュン、似合ってるよ」
「うん、私も似合ってると思う」
「あんま変わんなくね?」
「お前なぁ……」
女子たちが肯定する中、ヨリトは相変わらず否定してくる。
俺は中学時代ヨリトより成績が良かったことを今でも覚えているぞ。
そもそもおしゃれで眼鏡をかけようとは人生で一度も思ったことがない。目が悪くなったら、老眼がきたらやむを得ずかけることになるかもしれないが。
女子たちにこうも言われてもったいないだろうか。
まさか俺がヨリトをライバル視していたってことなのか?
眼鏡にムキになっている自分がいて少々不貞腐れてしまう。
「もう眼鏡はいいだろ」
「あと、こんなのもあるぞ」
「これは外ではかけづらいね」
「そーだね……」
ヨリトは透明なフレームのふちのボタンを押してフレームを虹色に光らせていた。
ヨリトは無くしたときのために何個か持ち歩いている。そしてその場でイメチェンをするらしい。行き帰りでそんなに気分が変わるものなのだろうか。
サングラスや度の入っていないオーソドックスな黒縁眼鏡。俺がさっきかけた眼鏡のほかに、今眺めているレンズの透明フレームが暗闇で光るおしゃれな眼鏡など色々持っているそうだ。
「俺もイメチェンできるならしてみたいよ」
「ジュン、別に無理してかけてって言ってるわけじゃないよ?」
「んなことはわかってるよ……」
そう言ってヨリトから借りた眼鏡を本人に返して俺は黙り込んでしまった。
イメチェンができるならしてみたいが、そこまでオシャレはそんなに得意ではないということがハツにバレてしまい、少し恥ずかしい。ハツの前では格好いいところを見せたいと密かに思っていたから余計に居た堪れない気持ちになる。
「ジュン、ごめんな調子乗っちゃって……――っ!?」
「別に謝んなくていいっての!!」
「――ッ!?…………」
「あ、コーヒー冷めちゃうね。飲も、飲も」
ジュンが突然叫んだことに驚くルイカ。
ハツは空気を変えようとジュンの熱のこもった言葉を落ち着かせようとしている。
もうみんな大人になってヨリトもルイカとちゃんと付き合い始めたっていうのに、俺はハツの前でヨリトに向かって大人気ない態度をとってしまった。彼女に言われたとおり少し頭を冷やそうと生温くなったブレンドコーヒーを喉に流し込んだ。
――ヨリトの眼鏡でこんなに重い空気になるなんて、思いもしなかったな。
「なぁなぁそれより、せっかく四人集まれたんだし、次会う機会とかまた作らね?」
「今度は夏がいいなー」
「いいね。ルイカに同意」
「言っとくけど社会人はそんなに暇じゃねえぞ」
「そりゃ役者も稽古とかで忙しいんで」
ハツもそうだけど、気持ちの切り替えが早いところがヨリトのいいところだ。
彼の眼鏡をかけた姿に色眼鏡でみる彼女を引っ張っていく姿が俺にも必要だってこと――それに気づいたときにはもうハツは俺の目の前で優しく気遣いをしてくれた。
ヨリトとルイカのふたりがお似合いなように、普段あまりおしゃれをしない俺にはお淑やかなハツが似合っているんだ。
四人でまた会う約束をしたあと喫茶店を出て解散した。
今度ヨリトに会うときは眼鏡をかけていこうかな。
喫茶店にて〜2〜 メラミ @nyk-norose-nolife
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます