女神候補生とヤバい相棒7(KAC2024)

ファスナー

女神候補生とヤバい相棒7


[シナリオ(哀れなる生贄)を回避しました。

システムによるシナリオの再構築が行われます。]

無機質な機械音声のアナウンスが響き渡った。


『な、なんとぉ~。姫柊ゆかり候補生の相棒、フィルシード=ストームの転生体であるアルセトン=テンペスト。わずか10歳にして盗賊を討伐ぅ。

 しかも圧倒的に数的不利な状況をひっくり返しての大逆転劇。

 ついには死亡フラグをへし折ってシナリオを改変してしまったぞぉぉ。』

そのメッセージにいち早く反応したのは、今回のイベントの司会者だった。



「「「「うぉぉぉおっ」」」」

それに呼応するように観客が歓声をあげ、会場は大盛り上がりとなっていた。


この野外ドームでは女神候補生の中から女神を選定する女神選考会が公開開催されている。

会場には巨大モニタが設置され、ステージ上に居る女神候補生達と異世界転生をはたした彼女ら女神候補生の相棒の現地映像が映し出されている。


今、女神候補生の1人姫柊ゆかりの相棒であるフィルシード=ストーム(転生名:アルセトン=テンペスト)死亡フラグの付いたイベントで圧倒的振りな状況から劇的勝利を起こすというドラマチックな展開に観客たちのボルテージがヒートアップしていた。



『いやー、素晴らしい。見ごたえのあるシーンでした。

 ドラマチックな展開に会場のテンションは高まる一方ですね。

 今の見てどうでした?解説のダッドリーさん。』

興奮冷めやらぬという感情で話しかけるのは実況担当のアナウンサー。


『いやー、参った。圧倒されっぱなしでしたね。

 先ほどの戦い、中々興味深いんですね。

 劇的勝利をしたアルセトン=テンペスト少年も凄いんですけど、私が注目したいのはこの戦いの最初なんですよ。』


『へー、最初というと少年が盗賊のリーダーと口論を繰り広げたところですか?』


『いえいえ。そこじゃないんです。

 事の起こり、つまり盗賊団を発見した護衛のジェイク氏ですね。』


『なんと。護衛のジェイクさんですか?』


『ええ、なにせ彼が盗賊団を早期発見したことが今回のドラマチックな展開の始まりですからね。

 本来のシナリオでは戦闘場所はもっと手前の地点だったようなんですが、思わぬ早期発見により戦闘場所が変わったんですね。

 実は先ほど選考会事務局から補足資料を頂いたのですが、本来の戦闘場所は盗賊がよくに使う場所らしく、罠が張り巡らされてるらしいんですね。その罠に嵌れば抵抗もできずデッドエンドになるという恐ろしいもの。

 そんな未来を変えたのが護衛のジェイク氏だったんですが、実は彼、あまり索敵能力が高くないため、本来ならあの時点で気づくことができないはずだったんですよ。

 では、なぜそんな未来が変わったのか。

 それは姫柊候補生が彼、ジェイク氏にバフを掛けて一時的に全能力を数倍に引き上げたからなんです。

 つまり、姫柊候補生のアシストがあったからこそ相棒フィルシード=ストームの逆転劇が成ったという訳なんです。』

解説者が語った通り、姫柊ゆかりは護衛のステータス向上のバフを掛けていた。


この最終審査会でのルールはエントリー相手相棒を直接サポートすることは禁じられている。

しかし逆に言えば、それ以外に対してならサポートすることは禁止されていないのである。

だから、姫柊ゆかりは相棒以外のメンバーに対してバフを掛けることで備えたのだ。


(あら、あの解説ったらちゃんと分かってるじゃない。)

解説に褒められた姫柊ゆかりはまんざらでもなく笑っていた。


『なるほど。解説者らしい玄人な視点ですね。

 私なんかはあの覚醒の瞬間にテンションが上がりましたね。

 異世界転生ものの小説に出てくる前世の記憶を思い出しての覚醒ってやつですよ。

 ほんと、ドラマチックなタイミングにうぉーって声上げちゃいましたもん。

 観客の歓声もすごかったですよね。』

実況は興奮冷めやらぬといった様子。


『はは、確かにそこは私も手に汗握りましたね。

 狙ったかのようなタイミングでしたからね。』


(フフ、もちろん狙いましたとも。

 おいて正解だったわね。

 この程度の嫌がらせに後れを取る姫柊ゆかり様じゃなくってよ。)


姫柊ゆかりはかけている眼鏡のヨロイ(眼鏡の角の部分)をトントンと2回叩いた。


■■■


side:乱堂ミオ


【私よ、ミオ聞こえてる?】

【うん、聞こえてるよ、ゆかり。】


乱堂ミオの頭に直接聞こえてきたのは姫柊ゆかりの声。

彼女たちは今、互いに装着した眼鏡を通して念話(喋らずに頭の中で念じた言葉を相手に伝えること)を行っている。


念話というのは本来、同じ世界に居る相手にしか通信することができない。

そこで登場するのが念話眼鏡という悪魔の世界で流通しているアイテム。(ちなみに、神界では流通していないどころか存在自体が知られていない。)


このアイテムは対になる2つの眼鏡を装着した相手と念話ができるというもので、世界をまたいでの通信手段が無いかと相談を受けた乱堂ミオがその1つをを姫柊ゆかりに渡している。


このアイテムの優れているところは世界を超えて通信ができるという点とクローズド回線での通信になるため誰かに傍受されることがないという点。


この特性を利用して、フィルシード=ストーム相棒の転生した世界にいる乱堂ミオと神界にいる姫柊ゆかりは世界を超えて通信している。


【やっぱり睨んだ通り、死亡フラグのシナリオだったわ。

 流石は噂に名高い選考会よね。貴女を仕込んどいて良かったわ。】

そういってクスクスと笑う乱堂ミオの友人姫柊ゆかり


姫柊ゆかりが参加している女神選考会は、表向きは公平公正な選考会を謳う裏では候補生や権力者たちの暗躍が行われていると言われていたからだ。


最終選考までは妨害らしい妨害は無かったものの、最終選考のエントリー時には相棒を奪われるという被害にあっていた。

しかしそれにもめげず、姫柊ゆかりは相棒を再設定してエントリーしたのだ。


その際、彼女は選考会で妨害が起きる可能性の1つに、転生した後の相棒に死亡フラグシナリオが充てられる事だと予想していた。


「君が参加してるのって女神を決める選考会だよね?

 悪魔を決める選考会の間違いなんじゃない?」

思わずそう尋ねた乱堂ミオの問いに姫柊ゆかりは事も無げにこう答えた。


「神のポジションは清濁併せのむ必要があるのだから仕方ないわ」

そう、姫柊ゆかりにとって忖度や妨害など当たり前にあるものだと思っていたのだ。


【でも、ゆかりは流石だね。

 フィルシード=ストーム相棒の覚醒タイミングを調整して死亡フラグのシナリオにぶつけることでドラマチックな演出にしちゃうなんてね。

 わざわざ僕を彼の教育係にねじ込んでまでやるとは恐れ入ったよ。】


乱堂ミオは姫柊ゆかりがその提案をしてきた時の事を思い出してクスクスと笑った。

実は姫柊ゆかりは相棒の転生に合わせて、転生先の世界に乱堂ミオを派遣していたのだった。

乱堂ミオの役割はフィルシード=ストーム相棒の転生体アルセトン=テンペストの教育と彼の調


そう、実は彼の覚醒は本来、盗賊の戦いではない。

だが、乱堂ミオの力を使って、あのタイミングで覚醒するように調整したのだ。


乱堂ミオはアルセトン家で働く女中メイドのマリア、侍女メイドのヨアンナ、執事バトラーのキースの3人に変身してアルセトン=テンペストに教育を施した。

そして、師匠と弟子という不自然にならない関係で近づいた彼女は、教育する傍ら、前世の記憶が下手なタイミングで覚醒しないように封印を掛けて、覚醒のタイミングを待った。その時というのが盗賊との戦いだったわけだ。


【当然でしょ。利用できるものは何でも使うわよ。

 でも意外だったのは彼をあそこまで鍛え上げてくれたことよ。

 こういうの面倒くさがる貴女が珍しいじゃない。】


【あれ?ゆかりなら僕の性格分かってると思ったんだけどなぁ。

 僕は面白いと思ったら全力を尽くすタイプだよ。

 彼って教えれば教えるだけ伸びるからちょっとやり過ぎた感はあるけどね。】


【そうね。私も見て焦ったわよ。

 瞬歩なんてスキルも持たない普通の人間ができる技術じゃないからね。

 でも、お陰で死亡フラグも折れたし感謝するわ。】


【いいよいいよ。僕としても面白いものが見れて楽しいからね。】


悪魔見習いの乱堂ミオは今、女中メイドのメイリンに扮してアルセトン=テンペストを見守っている。


(悪いね、ゆかり。僕は彼を君の思い通りの駒に育てるつもりはないよ。

 アルセトン=テンペストを育てることは僕の楽しみの1つだからね。

 前世を思い出した君はどんな風に育つかな?

 皆を救う英雄か、それともすべてを壊す破壊者か。

 ああ、楽しみでたまらないよ。)


乱堂ミオはアルセトン=テンペストを見ながら静かに嗤う。

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