才の視界
空峯千代
君に同じ景色を見てほしいから
「こちらの眼鏡、見え方の確認をお願いします」
日曜日の昼下がり。
俺と才は近所の眼鏡屋さんを訪ねて、新しい眼鏡を新調した。
もちろん、俺ではなく才の。
まず掛けてみてくださいね、と店員さんに言われて、才は眼鏡を手に取る。
普段は裸眼で過ごしている彼の眼鏡を掛けている姿は新鮮だ。
顔立ちが幼いからか、勉強中の大学生に見えなくもない。
「見え方に違和感ないですか?」
「大丈夫、です」
才はたどたどしく答える。
健康診断の結果、才の近視は相当進んでいた。
聞けば、眼鏡が壊れてからはずっと裸眼で生活していたらしい。
「うーん…」
大丈夫だと答えたものの、才はどことなく不安そうにうなっている。
「本当に大丈夫? 見え方強くない?」
「うん。ちょっと慣れないかも」
それもそのはずだ。
才の視力は、裸眼だと生活が難しい。
それなのに眼鏡を掛けずに暮らしているから、その分近視も進んでいる。
彼はまだぎこちなく周りを見回している。
その動きが生まれたての赤ちゃんみたいで、なんだか和んでしまった。
「しばらく掛けてみて慣れていけばいいよ」
そういうもんか、と。
腑に落ちていなさそうな声がぽつりとこぼれる。
「これで、大丈夫です」
才は店員さんに申し訳なさそうな表情で声を掛けた。
店員さんは「かしこまりました」と頷いて、ケースを用意してくれる。
「今はこんなに見えるのに、また数年で見えなくなるのかな」
眼鏡屋さんには、腰の曲がったおばあさんのお客さんもいた。
あの年齢になっても、やっぱり眼鏡が必要なんだろう。
「まあ、そうなったらまた一緒に買いにくればいいよ」
俺はなるべくなんでもなさそうに話した。
「人は一生かけて目が悪くなるのに?」
「うん。近くが見えなくなったら老眼鏡も買いにこよう」
一緒に。
俺がそう言うと、才は「人生は長いな」と言って笑った。
眼鏡を掛けていないと、やっぱり少年のようにあどけない。
「よく見えるようになった分、いろんなもの見に行こうよ」
「例えば?」
「動物園とか?」
「…水族館も」
「どっちも行けばいいよ」
視力の良い俺は知っている。
この世界の景色はなかなかに美しいこと。
年を取るのも、意外と悪くないと思えること。
才の視界 空峯千代 @niconico_chiyo1125
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